第1章「その勇者、イケ女につき。」

その勇者、イケ女につき。①

 ボクの名前は、ヨシム=ヨシル。

 グレージア王国というところで、見習い神官として働いている。

 でも、今日は大切な儀式が行われるので大忙し。

 ……というのも、実は魔王が復活しちゃって、大変なことになってるんだ。

 歴史書には、400年前に異世界から召喚された勇者様に倒されたと記されてはいるけど。

 でも、魔王は魂だけの存在でしぶとく生きていたらしく、肉体を再生して現代によみがえっちゃったみたいなんだよね。

 それを知った世界中の国々が大慌て。

 国際会議に次ぐ会議を経て、世界は創世神教会に勇者召喚を依頼。

 禁書庫に残されたいた古い文献から勇者を呼び出すことにしたんだ。

 そして、今日がその『勇者召喚の儀』が行われる大切な日。



「おい、このマナポーションを儀式場に運んどけ」

「誰か勇者様が滞在なさる部屋のカギ知らない?」

「カギなら侍女長が――」



 ……などなど、王宮内は給仕さんや兵隊さんがてんやわんやで狂騒曲を奏でている。

 もちろん、ボクも類に漏れずに忙しい。

 夜通し交代で儀式魔方陣を作っている魔法使いのみなさんのために魔導書を運んだり、着替えや食事を運んでいる真っ最中。

 世界が救う勇者様が現れてくれるなら、これぐらい頑張らないとね。



「ヨシム君。お疲れさま」



 そんなところへ声をかけてくださったのは、キョーカ様だった。

 キョーカ=コハーシ様は、若くしてグレージア国教会の大神官の座に就いた才女だ。

 みんなが聖女様と呼ぶ優しい方でもあり、ボクにとっても見習うべき憧れだ。

 ついでに、白魔法のスペシャリストで博学でもいらっしゃることから国王様の信頼も厚い。

 中肉中背の身体にまとわれたシルクの外套がいとうは、美しい金刺繍きんししゅうが施されていて、一目で高位の僧であることがわかる。

 またウェリントン型のメガネは、「頭良さそう」の代名詞で、実際キョーカ様はとても聡明であられた。



「キョーカ様、お疲れさまです」

「そんなに沢山の荷物大変ですね。私が少し持ちましょうか?」

「い、い、いえっ! キョーカ様にそのような手を煩わせるなんてとんでもない!」

「いいのですよ。ショタのスベスベお手て……じゃなかった。幼き見習い神官の面倒を見るのも、高位に就く者の務め。どうか私にも手伝わせていただけませんか?」

「なんか不審な発言が混じっていたような……。あと、ボクはキョーカ様と同い年ですよ」

「もちろん、わかってますよ。しかし、見た目が幼のはイケナイッ!」

「気にしてること言わないでください!!」

「フフッ、冗談ですよ」

「……まったくもう、いい迷惑です。でも、ありがとうございます。ボクひとりでも平気ですから」



 と言って、僕は荷物を手に再び歩き出す。

 ところが、なぜかキョーカ様も一緒に歩き出す。確かに向かう方向は同じだけど、だからといって、僕のじっと見つめながら歩かなくても……。

 50メートルほど歩いても変わらず、さすがのボクも立ち止まって聞いちゃった。



「あ、あの!? どうして、見つめてるんです?」

「まあ、いいから♪ いいから♪」

「は、はぁ……?」



 キョーカ様はなにがしたいんだろう?

 その後も、ボクをみつめながら儀式場までついてきた。



 ※



 儀式場は、王様がお住まいの内城ないじょうから少し離れた外城がいじょうの東側にある。

 元々は、4世紀前に作られた初期バロック彫刻が立派な石造りの建物で、創世神をお祀りしている聖堂だったみたい。

 でも、今は伽藍堂。

 現在の聖堂は、正大門せいだいもんを抜けてすぐの右側にある。

 ここには、ボクも施設の修繕や清掃などの手伝いで何度か来たことあるけど、中にはホールが存在するだけで本当に何もない。

 そんな聖堂の中に入り、ボクは部屋の隅に荷物を置いた。

 ホールの中央には、儀式魔方陣が描かれていて、それを取り囲むように神官や魔導師の方々が交代で術式を唱えていた。

 ふと、気になったことをキョーカ様にたずねてみる。



「あの。どうして、勇者召喚の魔法を交代で唱えているんですか?」

「膨大な魔力を魔方陣に流し込んでいるからですよ。しかも、その魔力は魔力をたくさん持っていそうな人間を世界中から呼び寄せても足りないのです」

「なるほど。それで、交代で魔方陣に魔力を送っているんですね」

「ええ。とはいえ、魔力は送り続けなければなりませんから、交代のタイミングには慎重を要します」

「大変なんですね」

「君ももう少し修練を重ねたら、こういった儀式に参加してもらうことになるでしょう」

「そんなボクなんか……」

「謙遜する必要はありませんよ。なにせ君は……」



 とキョーカ様が言いかけた直後、誰かの悲鳴が上がる。

 当然、ボクたちはすぐに気付いた。

 何があったのかと、顔を向けて振り返り、事態を把握する。すると、背後から鋭い刃で身体を貫かれた外套を深く被った魔道士さんがそこにはいた。

 ただ……。

 ただ、鋭い刃を突き刺したのが人間などではなく、不気味な顔をした偉業の化け物『魔族』そのものだった。



「魔族! どうしてここにっ!?」



 キョーカ様が驚きの声を上げる。

 もちろん、ボクも驚いた。

 魔族が住まう暗黒域は、400年前にその地域ごと次元の狭間に封印されて往来ができなかったはず。

 にもかかわらず、警備が厳重な王都に現れたのはあまりにも不自然だ。

 魔王の復活は、暗黒域を観測する教会所属の封印観測団の報告によって知ることができる。

 けど、こんな突然現れるなんて予測できないよ。



「キョーカ様、お下がりください!」



 悪魔の強襲に儀式場は騒然。

 高位の魔導師やキョーカ様が魔方陣から遠ざけられ、代わって常駐していた騎士様や兵士のみなさんが悪魔を取り囲む。

 だけど、これじゃあ勇者召喚の儀式どころじゃない。

 せっかく魔道士さんや先輩神官のみんなが頑張って作り上げた魔方陣もムダになっちゃっう。

 そんなボクの思いを代弁するようにキョーカ様が前に出られた。



「ダメです! 勇者召喚の儀を止めてはなりません!!」

「しかし、この状況では無理です」

「そうです。後日、改めて行えば……」

「後日なんて無理なんですよっ!! こちらの世界とあちらの世界が近付くのは、皆既日食が発生する数年に一度だけ。この機会を逃せば、勇者は数年先まで現れない!」



 そう言われた兵士のみなさんの顔は一様に陰った。

 中止を進言したにもかかわらず、勇者がやってくるのが数年先になると言われれば、そうなるのも無理ない――だって、勇者はこの世界の希望だもん。

 希望があるのに、それを棄てる人なんていない。だから、兵士さんたちが顔を暗くする気持ちもよくわかる。

 それだけに、ボクもなんとかしたいと思った。




「……だったら、悪魔を倒せばいいんじゃないかな?」



 そんなとき、部屋の入り口付近から誰かの声が聞こえてくる。

 顔を向けると、ルージュ色の地に銀色の飾り細工が混じった鎧をまとった騎士様が扉から飛び出してくるのが見えた。

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