帝国内戦劣悪譚

柊 撫子

プロローグ

空前の絶望

 創造主が六体の天使アーンギルたちに命令し、腐敗したチョウ帝国に巻き起こした内戦。人呼んで『帝国内戦黙示録』。

五つの組織が各々の理想を掲げ、ソ皇帝の悪政を撤廃させるように動き出した後、そこからチョウ帝国が国内分裂されるのを阻止する為の戦いである。

この内戦の六百九十一回目には大規模な虐殺など発生せず、罪人は厳しく罰せられ非戦闘員は闘争風景を見ることすらなかった。

まさに秩序の保たれた内戦だったと言えるだろう。

 しかし、それは六百九十回の破滅した結末から天使たちが学んだ結果に過ぎない。

逆に言えば、不要な犠牲者を限りなく減らし、天使たちそれぞれに課せられた任務を全て遂行できたのは

延々と続くかと思われていた中で起きた、奇跡のような結末だ。


 この奇跡のような数字を導きだす為、天使たちは多くの試行錯誤を重ねた。


 第一の天使である植緑バターニカ ・天使アーンギルもくせつに課せられた使命はチョウ帝国南東部で蔓延した感染症の対策及び感染者の完治。該当区域の帝国民の生存である。

 しかし、始めの百回目までは人間の脆弱さに対応できず、加減を誤って死者蘇生や異形化させてしまい、人間たちの貧弱な精神を崩壊させ該当区域に混沌を招いた。

 また、人間の知能を見誤り情報を多く語りすぎてしまったあまり、該当区域内で集団パニックを引き起こしたこともある。

一度に許容できる情報を大幅に超え、それでもなお情報を与え続けたのが原因だ。

 それらの結果から木洩は人間の脆さを学び、二百回目からは完全に管理できるようになった。

感染者やその他の病気や怪我を適切に完治させ、必要以上に情報を与えないように定型文で話す決まりを自身に課したのだ。

 それでも六百九十回も使命が失敗したのは、該当区域の責任者である『ウォーマー』の精神が人一倍繊細で、少しでも目を離せば自傷あるいは自死してしまっていたことが関係しているだろう。


 第二の天使である火焔プラーミア ・天使アーンギルせいに課せられた使命はチョウ帝国北東部で活動している『ヤキリ』と『無幻結社』に所属する研究員の研究や科学技術の保全である。

 天使たちに課せられた使命の中で、生存していなければならない人物の一人である『ヤキリ』。

彼の技術や研究が影響された物は数知れず、この世界の文明進化には欠かせない人物と言っても過言ではない。

 それほどの多くの才能を持ち合わせている彼だが、親しい人物への情が厚く強い執着心を見せることが多々ある。

顕著に現れるのは、親しい人物が死ぬ可能性が高い場面だ。

 自分が死ぬか、相手が死ぬか。

その二択を迫られた場合、迷わず彼は自分の死を選ぶ。

それに関して火晴が尋ねて得られた答えは、『僕が悲しいから』というものだ。

 彼がそんな人物であることもあり、必然的に火晴は『無幻結社関係者全員の生存』を目指さなければならなくなった。

幸いなことに、人間の心理に対して深い理解を持つ火晴はそれを苦とも思わなかった。

 六百九十一回の全てで常に警戒していたにも関わらず、ほぼ全ての世界で『ヤキリ』が重傷、又は死亡したのを鑑みれば、火晴の尽力も相当なものだったと言えるだろう。


 第三の天使である土壌ポーチヴァ ・天使アーンギルつちに課せられた使命はチョウ帝国南西部の帝国民の生存である。

 該当区域の帝国民はゴログ族と呼ばれる少数民族で、褐色の肌に筋肉質で大きな体躯が特徴的だ。

暗闇でも目が利くこともあり、鉱山での採掘から鉱石の加工まで行っている。

 彼らが住まう該当区域はソ皇帝の差別によって丈夫な外壁で囲まれており、一見して安全なように見える。

しかし、何度世界を繰り返しても彼らをいたずらに虐殺する者がいた。

レリフィック教会に所属している『サト』という名の少女だ。

 彼女は黄金の魔術を用いて、あの手この手でゴログ族を奇襲しに単独でやってくる。日付はおろか時間すらも不定期、だが必ず一度は実行されたのだ。

突発的な暴虐が一度起これば彼女が満足するまで続けられ、最終的には五百回余り繰り返された。

 彼らの全滅を何としても回避させるべく、一方的な指示や口出しをしていた土呼。

初めの百回程はそれが原因で族長『ガドン』の反感を買い、従う者がいない状況に陥る。

そこへ『サト』による奇襲が起こり、甚大な被害が出た後に非難の声を浴びせられたのだった。

それら全て自分の落ち度として受け止め、土呼は学習した。

 そこで土呼は可能な限り争いや危機は避けさせるよう、ゴログ族との会話は最低限にし他の天使と連携する方法を選んだ。

全ては使命の為、ゴログ族の生存を確立させる為である。


 第四の天使である黄金ゾーラタ ・天使アーンギルかなに課せられた使命は『オリフィア』の生存と『レリフィック教会』の敗北である。

 女神レリフィアの姿を模して創られた金陽だからこそ、女神レリフィアを信仰する団体に配属させるのが適切だ。当の本人が不服だとしても。

加えて、金陽の黄金を生成し自在に形成させる魔術。黄金を女神の象徴と考えている彼らは嬉々として行使するだろう。

たとえその先に敗北が決まっていたとしても、だ。

 そもそも、今回の内戦は帝国内での事象であり、隣国であるレリフィア王国民が多数を占める『レリフィック教会』の参加は相応しくない。

それでも参加が許されたのは女神の好奇心と創造主の慈悲からだろう。

 しかし、この内戦で勝利することは許されていない。

彼らが帝国の未来を担ってはいけないのだ。

特にレリフィア王国の王、レオバルドの落とし子である『オリフィア』は教会にとって強みであり、ゆくゆくはレリフィック教会の頂点である聖司教となることを期待されている。

 そんな人物がこの内戦に勝利し帝国の権力者となれば、可能性すらあるだろう。

国家分断を恐れて始められた内戦なだけに、これだけは阻止しなければならない。

 全ての使命が完遂されるか、金陽の裁量にかかっていると言っても過言ではないだろう。


 第五の天使である大渦バダヴァロート ・天使アーンギルみなに課せられた使命は『レジストリア』に所属した青少年らを可能な限り生存させることである。

 水雨が他の天使に比べて知能が低く、学習能力はあるものの記憶力が乏しい。その為、最も単純な使命を任された。

特定の人物の生存や勝敗、状態の管理などが任されている他の天使たちの使命に比べれば非常に単純だ。

 水雨が配属された組織は反皇帝思想の学生たちが集まってできた組織で、それ以上に特筆すべき特徴はない。特別な能力など何もない、ただの少年少女たちだ。

 それが無空の庇護下から外れ、大人と同等の扱いで内戦に参加するのはいささか無謀だとろう。

その無謀さを少しでも補うべく、組織内で連携して魔術行使が容易な水の魔術が選ばれた。

 天使たちが一時的に貸す魔術の性質上、魔術行使者本人は魔術の影響を受けないものの、その他の者や物質は例外なく影響を受けてしまう。

木・火・土・金の魔術は制御が困難かつ他者との連携がほぼ不可能。特に火と金は

攻撃性が高いこともあり、心身共に不安定な時期の彼らでは正常に扱えない属性だろう。

 その点、水の魔術は防御も攻撃も可能かつ地上にある身近な物質でもある。無から有を生み出す魔術を扱う上で、想像しやすい物質であるのは重要だ。

 この配属に問題があるとすれば、水雨の知能が『レジストリア』の青少年らより低いことだろう。


 虚無プスタター ・天使アーンギルくうに課せられた使命は提示された条件を全て完遂させるまで内戦を繰り返し、チョウ帝国で生活する非戦闘員を限りなく多数生存させつつ、犯罪者を捕縛しソ皇帝の生け捕り。並びにチョウ帝国の新統治者を設置させることである。

 五体ピャーチ ・天使アーンギルに比べ、複雑かつ大規模な使命も多く責任重大な立場にあった無空。

始めは死んでも簡単に生き返れると軽んじていた帝国民に辟易していたが、死の記憶や痛みをあえてことで対処した。

死が持つ絶対的な恐怖を人間が失わせない為には、最も有効な手段だろう。

 加えて、彼女は語るもおぞましいソ皇帝を生け捕りにしていなければいけない。

どれだけ不快であろうと殺めてはならず、自らの魔術でのも禁じられている。

そこで無空は生け捕りの概念から外れないよう、殺さない程度に適度に眠らせることにしたのだ。

 さらに無空は、それらの使命と並行してチョウ帝国の次なる統治者を見つけなければいけなかった。

 世界を繰り返して五百回目にしてようやく相応しい人物『ダリス』を見つけたが、悲運なことに補佐官から裏切られて暗殺されてしまう。

これをきっかけにして、無空は統治者を補佐する人物もまた重要なのだと学んだ。

 そうした試行錯誤をしながらも寸分違わずに六百九十回も内戦を巻き戻し、日ごとに生存者の死を漏らすことなくも精神が擦り減らないのは、無空の備わった能力だと言えるだろう。


 以上の使命がどれか一つでも欠ければ世界は巻き戻され、人々が味わっていた絶望も希望も。天使たちが地上へ舞い降りた瞬間まで戻されるのだ。

 そんな手探りを繰り返していくうちに『最低最悪の事態』が発生するのは必然と言える。

創造主からの使命は何一つ達成されず、人間たちが抱えた願望や祈りも全て叶うことなく、多くの犠牲を生み出した。

善人も悪人も、等しく苦しみ死に絶える。そんな絶望に満ちた

 これから語られるのは『帝国内戦劣悪譚』、たった五日でチョウ帝国に破滅がもたらされた時の記録だ。

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