事故死して生まれ変わった俺の体は、皮肉にも妻の浮気相手になっていた

創つむじ

第一章 こんな転生先は絶対に認めたくない

第1話 さらば最愛の妻と俺の体

「さっきのお店、雰囲気も良かったし料理も美味しかったね。

 記念日に相応しい素敵な思い出になったよ」

 


 俺と妻が入籍してちょうど一年。


 今日は俺達にとって初めての結婚記念日だったので、少し奮発ふんぱつして評判の良いレストランでのディナーを堪能した。

 グルメサイトでも評価の高い人気店なので、一ヶ月以上前に予約を取り、妻と二人でこの日を楽しみにしていた……はずだった。


 しかし俺はさっき飲んだワインの香りでさえ、まるで記憶に残せてはいない。

 


「ねぇ千智ちさとくん、今日はどうしたの? 

 なんかずっと静かだし、時々顔が引きつってるよ? 職場でなんかあった?」

 


 心配そうに俺の顔を覗き込む妻の表情は、とても嘘や演技には見えない。

 いや、俺がそう思い込もうとしているだけなのだろうか。


 春はまだ遠く、突き刺さるように冷え切った夜風が、緊張で強張こわば身体からだに追い討ちをかけてくる。

 


「なんでもない……と言えば嘘になるな。

 一美ひとみ、俺に隠し事してるんじゃないか?」

 


 震えるほどの冷気に強引に背中を押され、ようやく胸に刺さる鋭いとげはしの部分だけが出てきた。

 これがここ三日間の俺の思考をずっと支配していて、仕事はおろか日常生活の全てが上の空になっている。

 


「隠し事? なんだろう。

 昨日の妊婦健診でも、まだ赤ちゃんの性別は分からなかったよー………とか?」


 

 そうか、もう三ヶ月になるがまだ判別出来なかったか。

 だけど俺が聞いているのはそういう話じゃなくてだな。

 そもそも健診の結果は隠し事でもなんでもないだろ。

 


「う・そ! 本当はね、男の子っぽいねって言われたよ!」

 


 なんでそんなに無邪気な笑顔で、いつもみたいにイタズラまで仕掛けてくるんだ?

 やっぱりあの日見た光景は何かの間違いだったのか?


 だけど過去に目撃してた知人も、一美達の雰囲気が友達って感じじゃなかったって証言したし、さすがに手を繋いで歩いていたら疑いどころか有罪だろ。

 


「三日前なにしてた? 

 俺はその日会議の後、あの店の付近を車で通ったんだけど」

 


 妻は一瞬目を見開いたが、すぐに落ち着いた表情になり、全く動揺する素振りも見せずに話し出した。

 


「そっか、見られちゃってたんだね……。

 今日言うべきか悩んだんだけど、いつまでも隠せる事でもないもんね。

 実はさ……」

 


 なんだこれ?

 結婚一周年で子どももできてる妻が、今まさに浮気を告白しようとしているのに、

 なんでこんなにも冷静で穏やかなんだ?


 そんな違和感と緊張で潰されそうになっているその時、鼓膜に打ち付ける轟音ごうおんと共に左側のガードレールが破壊され、妻の声を瞬く間にかき消していった。

 


「……っ! 危ない‼︎」

 


 俺は咄嗟に妻を建物の間に突き飛ばすように飛んだ。

 車道からは暴走する乗用車が歩道に乗り上げ、そのまま俺に向かって突っ込んでくる。

 脇腹と後頭部に物凄い衝撃が走り、ねられた勢いでビルの壁に叩き付けられた俺は、

 音が消え、視界が狭まっていく過程を感じていた。


 そのまま遠退とおのいていく意識の中、最後の視野で捉えた妻の顔は、溢れんばかりの涙でぐしゃぐしゃになり、必死で俺の名前を呼んでいるようだった。

 


「……ぶじか、……ひとみ……………」

 



 …………………………………………

 




「いてててて……。なんだこれ? 

 なんで段ボール箱パッキン?」

 


 ついさっきまで大通りの歩道を妻と並んで歩いていて、

 俺は確か………そう、突っ込んできた車に撥ねられ気を失ってたはずだ。


 というかあれだけの衝撃で俺は死ななかったのか?

 

 混乱していて目の前の状況を上手く認識出来ていなかったが、俺は見覚えのある空間でパッキンの雪崩なだれに巻き込まれていた。


 

「おーい大丈夫かぁ?

 はりきって積み上げ過ぎたかー?」

 


 顔の周りにのしかかるダンボールの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 その声の主は身動き取れずにいる俺の上から、ひとつずつ箱を退けていく。


 しかしそこでせっせと動く人物を見て、俺は自分の目を疑った。


 

「松本さん……?

 なんでここに?」

 

「なんでって、仕事以外あんのかぃ。

 それよりあんたさぁ、若くて元気があるのは良いけど、

 華奢なんだから無理しちゃダメさー」


 

 華奢?

 俺は割と体格いい方だけど……と自分の腕を見ると、どう見ても俺の腕ではない。

 細くて色白だが、多少筋肉もあるかなぁくらいのこの腕は、腕相撲でほぼ負け無しの俺のものとはまるで違う。


 そしてその下の床の色から周辺までを確認し、俺は現在地をようやく特定した。

 


「なんで大杉店のバックルームに居るんだろう……」

 

「いやだからさぁ、あんたも仕事しに来てるんだろってーの。

 大丈夫かー? 頭でも打ったかぁ? 二色にしきくーん?」

 


 理解が追い付かずフリーズしてた俺だが、目の次に今度は耳を疑う。

 今松本さんが声掛けてるのって、本当に俺だよな?


 しかしずっと残る体の違和感。

 場所の違和感。

 時間軸の違和感。

 松本さんって、俺より前に異動してたよな?


 例え信じ難い状況だとしても、とりあえず全ての違和感という違和感を拭い去りたい俺は、苦肉の策を行使する。

 


「すみません、腹痛が酷いんでトイレ行ってきます!」

 

「あいよー。

 だがオープン前でも慣れるために、ちゃんと十番って隠語使ってくれぃ」

 


 間違いない。ここはバックルーム以外も完全に大杉店だ。


 三年勤めてた場所だしトイレまでのルートも覚えているが、それにしてもこの空気感は………

 


「うぉ、どしたの二色ちゃん、そんなに慌てて」

 


 売り場に抜けようとして鉢合わせた体格の良いこの男性は、最後に会った時よりもずいぶんと若く見える。


 ただこの人がなんでまた大杉店なんかにいるのか……。

 


「新井さんこそここでなにを……?」

 

「ん、売り場チェックしてたよ。新商品入れたとこまだ過少感あるからさ、在庫あるか見に来たの。

 あとボクのことは新井『店長』ね、二色ちゃん」

 


 それを言うなら俺のことも『壱谷いちたにちゃん』だったはずなんだが、なんでになってるんだよ。

 しかも新井さんがここで店長だったのは少なくとも四年前までで………


 考えていたら寒気がしてきたし、まだ違和感の段階で確信が持てなかった俺は、新井さんに軽く会釈をして先を急いだ。

 


 トイレに行くには売り場を抜ける必要があるが、

 なるべく他のスタッフと顔を合わせたくないので、うつむきながら出来るだけ足速に移動していた。


 しかし何者かに肩をポンと叩かれ、仕方なく足を止めておそるおそる振り返る。

 


「どこ行くんだよ錬次れんじ

 探してたパッキン見付かったのか?」

 



 俺は驚愕のあまり泡を吹いてその場に倒れた。

 

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