第6話 僕の知り合い

 友達の定義とは何か。物心がついたときから永遠のテーマで、誰の心にも宿っている七不思議のうちの一つ。探求心のある人でも、一から十まで当てはめた正解を言える人はいないと思う。

 変人扱いだった僕に友達は少ない。けれど友達代わりにいたいとこの聡子の存在が大きい。同世代での友達は誰かと聞かれれば、すぐには答えられない。

 大学に無事入学して、教科書よりも先に学んだことは、世界は広いということ。

 高校生前までは変人扱い、今は腫れ物扱い。サークル勧誘員は、僕を避ける。寂しくもあり、心地よくもある。

 けれど今のままだと、僕の本当にほしかったものは手に入りそうにない。


 誰にでも優しいって、ひどく残酷だと思う。

「ねえ、よければサークルに入らない?」

 ふわっと巻いた茶色の髪を揺らし、小柄な女性は目の前に現れた。

 こんな可愛らしい女の子は今までに見たことがないというくらい、語彙力がなくなるくらいに可愛かった。

「みんなでお菓子作ったり、お茶したり。園芸サークルなんだけど、知識はいらないの。放っておいても植物は育つし」

 ざっくばらんな言い方で、それが気に入った。植物を育てるのは大変だ、と言われるよりずっといい。初心者からしたら、大変や難しいという言葉を使われると距離を置いてしまう。プロからすれば、とんでもない話であっても。

 彼女は、春野雪音と名乗った。季節を感じる女性。ちょうどピンクのワンピースが春っぽい。僕も、月森彼方だと小声で名を告げる。

「お互い、季節に関係する名前だね!」

「僕の名前が?」

「ほら、月って季節によっていろんな気持ちにさせてくれるじゃない? 冬だとテンションが上がったり、春だとやる気が沸いてきたり、秋だと切なくてお団子が食べたくなったり」

「そんなこと、言われたのは初めてです」

「ふふ」

 ころころとよく笑う子だ。自然と僕も笑顔になる。

「ちょっとだけ来てみない?」

「じゃあちょっとだけ」

 並んで歩くと、彼女は僕より小柄だった。瑞々しい花の香りもして、普段から花を弄っているのかもしれない。香水とはまた別の香り。

 テニスコートを抜けて奥へと進むと、建物の横にビニールハウスがある。春野さんに続いて中へ入ると、緑の匂いで満たされていた。

「たくさんありますけど、もしかしてハーブですか?」

「そうなの。日本の気候でも簡単に育てられるものばっかりなんだよ」

「詳しいんですか?」

「好きなだけ。家でも育てているから。メンバーが少ないって言われて、存続の危機なの」

 入ってみない?と念を押された。

「なんなら、お茶をしに来てくれるだけでも構わないわ」

「……それくらいなら」

「ありがとう! 今からちょっと飲んでみる?」

「いいんですか?」

「どうして敬語使うの?」

 質問に質問で返されてしまった。

「すごく知識が豊富だし、大人っぽいから。僕より年上な気がして」

「そっかあ……でも敬語は止めてほしいな」

 悲しそうに微笑むものだから、僕は「はい」と頷いた。

 彼女の入れてくれたハーブティーは繊細で、甘い香りがした。


 大学へ入学して早一週間、友達と呼べる人はいなかったが、やけに話しかけてきた人がいる。

「お前、なんで髪長くしてんの?」

 食堂でお弁当をつまんでいると、屈託のない笑顔で話しかけてきた男性がいた。

 何度か見かけたことがあると思ったのは、常に人に囲まれていたから。どうやら高校生の頃から有名人だったらしく、彼に会うために教室にやってくる生徒もいる。

「隣、いい?」

 席は空きまくっているのに、彼は返事を待つ前に僕の横に座った。

「成績一番だったんだろ? すげーなあ!」

 人を褒めることに戸惑いがなく、白い歯を遠慮なく晒す。

「俺、早見秋人。よろしく」

「よろしく。月森彼方」

「なあなあ、サークル決まった? テニスやるかサッカーやるか……それともバスケか。悩んでんだよなあ」

 髪の話はもういいらしく、サークルの話に移行した。

 彼の中ではサークルに入るのは当然で、入らない選択肢はないらしい。

「この前、テニスコートにいた?」

「いたいた。かっこよかっただろ?」

「打つところは見てないんだ。ちょっと通りかかっただけで」

「お前も来いよ。楽しいぜ」

「テニスサークルに? 僕はちょっと……。バイトもあるし、サークルは考えてないんだ」

「なんだ、そうだったのか」

 彼の口からはぽんぽんいろんな話題が飛び出す。人を寄せつけるタイプなのも肯ける。

 いったん席を立ち、彼はお盆を持ってまた僕の隣に座った。

 カレーとミニそばのセットだ。

 食べ終わる頃には、見計らっていたのか彼の友人たちが一斉に群がってきた。

 居づらくなり席を立とうとすると、

「月森、またな!」

 彼は一方的な二度目の約束を投げてきた。

 心地良くはないのに、心はほんわかした。


 アルバイトの仕事は、食器を洗ったりフロアの掃除をしたり様々だ。

 最初はなかなかお客さんが来なくてはらはらしたが、店長は特に焦ることもなくいつも通りに過ごしている。

「どうかしましたか?」

「なんでもないです」

 彼はカフェと占いで生計を立てているが、それほど儲かるのだろうか。占いというものは、どれほど稼げるのか気になるが、野暮な気がして口にできない。

「彼方さん、何か聞きたいことがあれば遠慮しなくていいのですよ。口にしないのも優しさですが、殻を破ってほしいと思います」

「殻を破る……」

「なんなりと、どうぞ」

「聞きづらいんですが……占いってそれほど儲かる仕事なのかなあ……って」

「確かに聞きづらい話題ではありますね。身近に存在しているものでも、正体がいまいち掴みづらい。目に見えない不確かなものです。ですが儲けが気になるというのは、将来の選択肢を広めるためでも必要不可欠です」

「僕からしたら謎なんです。占ってもらったときに思ったんですが、どうしてそんなに当たるのかも」

 結局、僕を雇えるだけの儲けがあるのかということより、未知の存在が気になる。

「本当に、自分を雇って良かったのかなあとか……いろいろ」

「ああ、それが聞きたかったんですね。私もなりふり構わずあなたを雇ったわけではありませんよ。公用語が話せる、差別をしない、人柄、その他諸々を考慮に入れた結果です。どうか自信を持って下さい」

 慰められてしまった。うれしい。不甲斐ない。

「今日はなんだか沈んでいますね。学校で何かあったのですか?」

「知り合いができたんですけど、僕と住む世界が違いすぎて石をいきなり頭に投げられた衝撃です」

 早見秋人君。僕が影だとすると、彼は太陽だ。住む世界が違う彼が、なぜ僕と知り合いになったのかも「また」という言葉をかけたのかも理解できない。

 僕は一連の流れを話した。アドバイスがほしかったわけではないが、話すと気持ちが軽くなった。

「小学生から中学生までは閉鎖されたような空間です。密室で狭い世界ですが、それがすべてなんです。いくら大人が世界は広いと言っても、共感なんてできるはずもない。高校生になり少し広がる世界でも、まだ小さなものです。今までいた世界はなんだったのかと、いつか思える日がきます」

「そうでしょうか……」

「はい」

「そう断言してもらえると、……どうしよう、うまい言葉が出てきません。嬉しいとしか、出ません」

「嬉しいや楽しいなど、当たり前に得たい感情を共感できる人が入ってきてくれて、私も嬉しいです」

 ちょうどドアベルが鳴り、お客さんが入ってきた。女性が二人。占いかカフェのどちらが目的か。

 アーサーさんは彼女たちを見て席へ案内した。お茶が目的だと悟る観察眼は秀でていて、これが経験の差だと驚愕した。

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