チームミーティング

 夜のチームミーティングで監督が言った。

「残念な結果になってしまったけれど、これで終わりではなく、あと三日間、オレ達はベストを尽くさなけばならない。オレ達はスポンサードされているプロだ。切り替えなければならない」

 力強い説得力のある口調で続けた。

「明日のクイーンステージはソラかアルダで狙う。明日は前半からステージ優勝を狙う逃げが必ず出来る。総合のジャンプアップを狙って、いちかばちかの逃げに出る選手もいるかもしれない。ソラは前半から、逃げ切りも頭に入れた逃げに乗れ。援護は無しだ。自分の感覚で自由に動いていい。展開によっては前待ちも出来る。アルダはマイヨジョーヌにしっかり付いていけ。アルダの周りを皆で固めて、アルダに出来るだけ足を使わせないように。最後の坂で勝負だ。以上」


 ダイチはソラとアルダをチラチラと見ていた。ソラは俯いてどこか虚ろな目をしたまま少し上目遣いで監督の顔を見ている。

 アルダはスペイン人で山岳に強い選手だ。走りにムラがあり、コンスタントに成績を残すタイプではないが、ハマった時は本当に強い。勝気で自分が勝利出来るチャンスを常に伺っている。監督の言葉を聞いてアルダの目が輝いたのをダイチは見逃さなかった。


 その後、ダイチが事務的な連絡をしてミーティングが終了し、選手達は各々の部屋に戻っていった。

 ソラがいつまでも腰を上げようとしないので、ダイチは声を掛けた。

「ソラ、ちょっとオレの部屋に来い」



「そこに座れ」と言われた。

「出来ないのか?」と言われた。


「皆んなはそんなすぐに切り替えられるのかな?」

 ひとりごとのような声が出た。

「お前は切り替えられないのか?」と言われた。

「ずっとアシストの事しか考えてなかった。中学三年の時から、ダイチさんを見て、まずはアシストだって思ってた。そりゃ、いつかはステージ優勝とか山岳賞とか狙いたいって思ってたけど、それはずっと後の事で、一人前のアシスト選手になれてからだって。特に今回のツールは大切な役割を貰ってた。その事しか考えてなかったから」


「ステージを狙えるチャンスがこれからもあるって思うなよ」

 厳しい口調が返ってきた。

「明日の次がどうなるかなんて分からない。この先なんて、分からないのが自転車選手だ。明日あるチャンスに挑戦もしないような奴は、一生チャンスを掴む事なんて出来ないだろう」


 涙が出てきた。

「分かるよ。分かるけどさ。チャンス、チャンスって言うなよ。こんなチャンス、欲しくなかったんだ」


 厳しい口調は続く。

「お前はそれでもプロか? 世界中にツールに出たいと思って足掻いている選手はどれ程いる? オレ達は沢山の人に支えられて、スポンサードされて走ってるんだぞ。自分の都合のいい気持ちだけじゃダメなんだ。いつまでも甘ったれてるんじゃない。

 オレはソラの気持ちが痛い程よく分かってるけど、やらなきゃいけないんだ。

だけどこれは義務じゃない。出来ないなら出来る仕事を与える。アルダはやる気だ。アルダ一人で狙う道もある。アルダのそばで走るか?

 まあいい。今日はもう休め。明日の朝までに心を決めて、朝報告してくれ。オレが監督にそれを伝えるから」


 何も言えなかった。

「ありがとうございました」と言ってソラは部屋に戻った。


 ダイチはこれで良かったのだろうか? と考えていた。自分に言い聞かせるように言った言葉。ソラは走りは大胆だが、人の気持ちを分かり過ぎて、か弱く繊細な所がある。あいつは大丈夫だろうか?

 誰もいなくなった部屋で「しっかり休めよ」と声を掛けた。


 翌朝、部屋をノックしてソラが入ってきた。その姿を見たダイチは「よし、しっかりスイッチが入ったな」と思った。

「やらせて下さい」

 ソラがしっかりと目を向けてきた。

「おお、しっかり頼むぞ」

「はい、宜しくお願いします」

 それだけの会話で充分だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る