第2話 レヴィン、小鬼の村へ行く

 レヴィンにとって久しぶりに予定のない休日となった。


 レヴィンは最近、全く狩りに行けていない。

 日課の職業クラスレベルを上げるための例の裏技は継続していたが。


 今日は誘拐事件の取り調べがないので、久々に探求者活動ができると勢い込んでアリシアの家を訪ねたレヴィンであったが、彼女には予定があったようだ。

 あっさりと断られ、その場に崩れ落ちるレヴィン。

 しかし、レヴィンは気を取り直して久々に小鬼ゴブリンの連中にでも会いに行くかと思い立ち、精霊の森に向かった。

 森の西側の奥に分け入っていく。その途中で空を飛んでいたギーを、森では鳥型の魔物ログハイネと犬のような魔物ココホリンを狩った。

 そうこうして、無事に小鬼ゴブリンたちの秘密基地に辿り着いたレヴィンであったが、生憎あいにく、中はもぬけの殻であった。


 雨が降ってきたので、レヴィンは秘密基地の中でしばらくボーッとすることにした。ずっと騒がしい日々が続いていたので、たまにはこんな静かな日もいいかな、とレヴィンは思う。雨が葉っぱにあたる音が心地良い。

 すると、入口の方でガタガタと音がした。

 レヴィンは小鬼ゴブリンたちが来たのかと思い入り口へ移動するが、そこにいたのはクマベアーであった。


 とっさに間合いをとろうとするも、機先を制されクマベアーはレヴィンに飛びかかってきた。焦るレヴィンは職業変更クラスチェンジ騎士ナイトになると、【時空防護シェルター】からミスリルソードを取り出す。

 クマベアーは毛皮と厚い脂肪と筋肉を持つのでダガーでは歯が立たないと思ったからだ。そして何とかその脇腹に剣を突き刺した。


「ナンダッ!? ドウシタ!?」


 入り口の方から小鬼のギズの声が聞こえる。

 運が悪いことにどうやらたった今、秘密基地に到着したようだ。


「グヌヌ……ナイフが通らなイゾ!」


 声を聞くに、どうやらナイフで攻撃してくれているようだが、やはりその程度の武器では刃が通らないようだ。

 しかし、クマベアーは背後から攻撃を受けたことだけは理解したようだ。

 レヴィンに覆いかぶさっていたクマベアーは二本足で立ち上がり、背後の小鬼ゴブリンに爪による攻撃を仕掛けようとした。

 そこを見逃すはずはない。レヴィンは【空破斬エアロカッター】でクマベアーの首を斬り飛ばした。頭が床に転がり、その巨体が大きな音を立てて倒れ伏す。


「ム? 襲われていたのはレヴィンだっタか!? 」


 ようやくこちらの姿を確認できたのであろう。


「おお、久しぶり! 秘密基地の中を荒らしちまったな……」


「いやこちらコソ助かっタ。レヴィンがいナかったらクマベアーなど我々でハ倒せなかったダロウ」


 クマベアーはCランクの魔物である。確かに小鬼ゴブリンにはきつい相手だろう。

 四人は協力してその巨躯きょくを外に出すと、レヴィンが解体を始めた。


「相変ワラず手際ガいいナ」


 ギズが感心した声でそう言うと、メリッサが彼の脇をツンツンと肘でつつく。


「ウん? アア、あの事カ?」


 一人納得したギズがレヴィンに言葉をかける。


「レヴィン、聞いてクレ。お前の話を粘り強ク説明しタところ、特別に村ニ連れて来テヨイと言わレたぞ!」


「本当か!? ありがとう。このクマベアーの肉を手土産にしよう。小鬼ゴブリン族は魔物の肉も食べるんだったよな?」


「おお、いいノカ? それは皆喜ブだろウ」


 レヴィンは手際よく肉を斬り分けていく。

 それを大きな葉っぱにくるんで背負っていたリュックに入れる。

 一頭の肉ともなると、かなりの量になるのでギズたちも運ぶのを手伝った。


「デハ案内しヨウ」


 レヴィンは少しわくわくしながら彼らの後を着いて行く。

 先導するギズは、更に森の奥に入っていくようだ。


「森の奥に入りすぎたと精霊エルフ族に文句を言われないのか?」


「ギ。大昔に枝分かれしタが、我々も元々は精霊の一種ナノダ。ダカラ文句など言われナい」

 

「ト、長老が言ってイタわ」

 

 そうメリッサが付け加える。

 レヴィンの体感で一時間半程が経過した頃、村のようなものが見えてくる。

 四人はようやく目的地に辿り着いたのであった。


「我々ノ村ヘようコソ。歓迎シヨウ」


 村の入り口には見張りが二人、粗悪な槍を持って立っている。

 レヴィンは武器の手入れなどはどうしているのか気になった。

 村に入ると、レヴィンはぐるりと周囲を見回した。

 村の規模はそれ程大きくはなく、周囲は柵で囲まれている。

 しかし、それもお世辞にも良い出来とは言えない。


「村には何人くらいいるんだ?」


「だいタイ八十人くらいダ」


 立ち並ぶ家々の作りは粗末で前世で言うところの竪穴式住居のような感じであった。そして中央の少し作りの良い大きな家に案内された。

 メリッサが先に中へと入っていく。


「ここに司教ビショップである、長老がイル。会ってクレるか?」


 ギズがそう言うと、レヴィンは「もちろん」とそれに答えた。


 メリッサが出てきて入るように促す。

 入り口をくぐると中は火がかれており案外明るかった。

 一番奥におそらく司教ビショップであろう長老がおり、その横に小鬼ゴブリンにしては異常に大きな個体が座っている。

 更に四人の小鬼ゴブリンが火を囲んで座っていた。

 誰も口を開こうとしないのでレヴィンは自分から挨拶する事にした。


「初めまして。今日はお招きありがとうございます。クマベアーの肉を持って来たのでお納めください」

 

 そう言うとリュックから魔物の肉を取り出して火の側に置いた。

 レヴィンは、慎重であった。

 ずっと立っていると上から見下ろしているようで悪いかと思い、膝をついて腰を落とす。


「ク、クマベアーとな? それはありがたい。感謝する。狭いところだが座ってくれ」

 

 中央の小鬼ゴブリンは流暢な言葉で感謝の言葉を述べた。

 それを聞いて腰を下ろすレヴィン。

 その後ろに、ギズ、ジェダ、メリッサが同じように座った。


「ワシは長老の一人でガンジ・ダと言う。それで、人間が村を訪れたがった訳を聞こうか」


「私は小鬼ゴブリン族が言葉を話せるとは知りませんでした。彼らと出会い、言葉を交わすことで小鬼ゴブリン族に興味を持ったのです。言葉が通じる種族同士交流するのに理由がいるでしょうか?」


「人間め! 何を企んでいるッ!」


 ガンジ・ダの隣にいた大柄な小鬼ゴブリンが怒気を含んだ声で怒鳴りつける。

 その小鬼ゴブリンを軽くたしなめると、ガンジ・ダが再び口を開く。


「それはしたり。最もなことであるな。隣の大きいのは将軍のジグド・ダだ。その他は司祭ドルイドで長老をしている者たちだ」


「私はレヴィンと言う人間です。こちらこそお聞きしたいのですが、ずっと村への立ち入り許可が降りなかったのに今回突然許可が降りたのはどのような理由からでしょうか?」


 ガンジ・ダは居住まいを正して答える。


「まだ子供であろうによく頭が回るようじゃ。こちらはお主に頼みたいことがあっての。それは後で説明するとして、お主こそ一体我々に何を望むのだ?」


「特に何も。小鬼ゴブリン族が一体どのような生活をしていて、何を思い何を考えているか知りたいという知的好奇心からここに来ました。ただ仲良くできれば良いと思っているだけです」


「ほう。何もないと申すか……。確かに人間族の文明は我らを遥かに凌駕しておる。何かを望んだとしてそれが与えらえるとは思えんなぁ。じゃから友誼ゆうぎを結ぶことはこちらとしても願ってもないことじゃ」


 しかし、小鬼司教ゴブリンビショップの言葉とは裏腹に周囲に居並ぶ小鬼ゴブリンたちからはあまり良い感情が見えなかった。


「ですが、他の方々はそうしたいと思っていないのでは?」


「当たり前だッ! 卑怯で小狡こずるい人間よッ! 仲良くしたいだと!? ならばこちらの要求を聞くことだ!」


「控えろと言ったぞ! ジグド・ダ!」

 

 ガンジ・ダは再びジグド・ダを叱り飛ばす。


「それで何を聞けばいいのでしょうか?」


「うむ……。実はな……これが手前勝手な頼みとは重々理解しておるのだが……」


 ガンジ・ダの歯切れが急に悪くなる。

 レヴィンはまた厄介事かと嫌な予感を抱いた。


「我らに協力して豚人オークを滅ぼせッ!」


 ジグド・ダがすっくと立ち上がり、こちらを威嚇するように叫ぶ。


「なるほど。私に豚人オークを倒させたいと」


 レヴィンは考える。

 小鬼ゴブリン豚人オークとまともにり合って勝てるとは到底思えない。

 しかし人を馬鹿にしながらその相手に頼み事をするなど余程、頭がフットーしているのかと疑問を抱かずにはいられないレヴィンであった。


「すまぬ。実は、ここから西へ行って森を抜けた辺りに最近、豚人オーク族が集落を造り始めてな。ヤツらは森の木をり倒し、森をり開いておる」


「なんと罰当たりなッ!」


「こんな暴挙は許されまいぞッ!」


 周囲に居た司祭ズが騒ぎ始める。

 昔は精霊エルフ族の仲間だったと言う小鬼ゴブリン族なら木を伐採することに怒るのは当然なのかも知れない。

 

「ヤツらは我々に奴隷を要求し、さらに村のおなごを差し出せと言ってきおったのじゃ。ヤツらは誰彼かまわず種を撒いては子を生すからのう……」


 流石の豚畜生である。


「それで村を助けることで私が得る物はなんでしょうか?」


『なッ!?』


 将軍と司祭ズの声がハモる。

 レヴィンは呆れて物も言えなかった。

 一体何を驚いているのか。

 対価を要求するのは当然のことである。


「それこそ、我らがお主と仲良くすることでお主の知的欲求とやらが満たされるというところかの……」


 流石に長老のガンジ・ダは他の者たちとは違っていた。


「相手の人口や、村の造りや規模、兵力や装備は分かっているんですか?」


「密偵を放ったのだが、詳しいことは不明じゃ……。恐らく人口は我らより多い。そして村は頑丈な柵で囲まれておる。武器だがヤツらは冶金やきん技術を持っておる。少なくとも我ら以上の武装はしているのは間違いないじゃろう」


 レヴィンはまたまた思考を巡らせる。

 小鬼ゴブリンのままでは豚人オーク相手に全く歯が立たないのは確実である。

 しかし、小鬼ゴブリンに魔物使いの【種族進化しゅぞくしんか】の能力を使うとどうなるのか。

 これは未知数である上、レヴィンはまだ習得していないので、魔物使いの職業クラスレベル上げる必要がある。

 と言うか、そもそも人間の子供一人にどれだけの戦力を期待しているのだろう。

 恐らくはギズたちと魔物を狩った時のことを彼らから聞いているのだろうが。


「それで、いつまでが返答期限なんですか?」


「ユーニの月の三十日まで……。後、六日じゃな」


 それを聞いてレヴィンは【種族進化しゅぞくしんか】の習得を諦める。どう考えても時間が足りないからだ。

 そしてどうすれば良いか考え始めた。

 滅ぼさなくても痛撃を与えれば豚人オークも引いてくれるかも知れない。

 レヴィンはそう思ったが希望的観測は駄目だと直ちに自身の考えを打ち消した。


 取り敢えず、レヴィンは村をもっと堅固にするように提案した。

 しかし、ガンジ・ダによって間髪入れずにその案は却下される。

 理由は森の木々を伐採することに抵抗を持つ者が多いからだそうだ。

 更に、聞けば技術的な面でも無理そうだとレヴィンは判断する。

 これでは豚人オークに攻められても防戦することすら難しいだろう。


 しかも豚人オークを率いるのは豚人王オークキング豚人将軍オークジェネラルであるらしい。

 かつて豚人王オークキングを倒したことがあり、あれからかなり強くなったと自負しているレヴィンであったが、豚人オークの大軍による数の暴力は脅威であると考えていた。


「ところで、この村では人間を襲った事はありますか?」


 突然の話題の転換に、この場の全員が困惑する。

 ガンジ・ダが厳しい表情で答える。他の者はことの成り行きを見守っている。


「申し訳ないがある。しかし、返り討ちにあって以来手を出していない。森の中で死んでいた者の装備を取った事はある」


「必ず救えるとは断言できませんが、一応、豚人オークに関しては手を尽くしてみましょう。これから人間には手を出さないと誓ってくれますか?」


「誓おう。この村の司教ビショップたるガンジ・ダの名にかけて」


 ガンジ・ダは即答した。他の司祭ズが何か言ってくるかと思ったがそんなことはなかった。あの反抗的な小鬼将軍も大人しくしている。それだけ豚人オークが脅威だと思っているのだろう。


 司祭ズを伴って長老の家を出ると、こちらの様子をうかがうような小鬼ゴブリンが何人もいる。他の司祭ズを引き連れて、ガンジ・ダと並んで歩いているのはよほど目立つのだろう。子供らしき小鬼ゴブリンはレヴィンを見ると顔を引きつらせて逃げていく。


「にんげんだァ!」


「お前はジパングの子供か!」


 思わずツッコむレヴィン。

 気を取り直してガンジ・ダに村の小鬼ゴブリンたちを武装させて集めるように頼む。

 すると、やぐらのようなものの上にいた一人が木の板を棒で叩き始めた。

 これが集合の合図なのだろうとレヴィンが考えていると、間もなく広間に小鬼ゴブリンたちが集まってくる。

 彼らが持つ武器は、石斧や鉄の剣、鉄の槍は良い方で竹槍や単に木を棒を鋭く削っただけのものも多い。これを見てレヴィンは小鬼ゴブリンたちの参戦を諦める。


 木の伐採すら無理なのなら柵を造ることは出来ない。

 レヴィンは念のため、村の周囲に【大地陥穽アース・ピトゥ】で空堀を造っておく。

 それからしばらく小鬼ゴブリンが日々行っていると言う作業を見て回る。

 倒木を植物のつたで縛り柵を造る者、石を削る者、麻のような植物の繊維を取り出している者などがいる。

 彼らの服はこうした繊維をり合せて作ったのだろう。


 粗方、見学を終えたレヴィンは最後に豚人オーク族の集落に案内するように頼んだ。

 精霊の森の外縁部に豚人オークの群れが存在するのは人間にとっても脅威である。

 もしかしたら探求者ギルドに報告して討伐してもらうことも可能かも知れないと思ったのだ。


 探求者ギルドに豚人オークのことを報告しておくと、長老のガンジ・ダだけに伝え、ギズやメリッサ、ジェダに別れを告げると、以前、潜入を試みた密偵に案内してもらって豚人オーク族の集落へと向かう。レヴィンは密偵に付いて、足場の悪い中を豚人オークの集落へ向けて二時間程かけて歩いた。


 少し丘のようにせりあがった場所から豚人オーク族の集落を観察する。

 木をり倒したのだろう。木の切り株が多く見える。

 周囲は小鬼ゴブリンの村の柵より頑丈そうなものが設置されており、入口には見張りが二人、槍を持って立っている。

 中の様子は少し見える程度だ。これでは村の一部しか把握できそうにない。

 

「前はどうやって豚人オーク族の数を予想したんだ?」


「夜陰にまぎれて何とか忍びこんだ。家の数から小鬼ゴブリン族より多いと判断した」


 流暢な言葉を話す密偵の意外な有能さにレヴィンは驚きを隠せない。


 明るいうちは、これ以上の諜報は無理だろう。

 だからと言って夜忍び込むつもりはない。


 今後の予定としては探求者ギルドへ報告して来週に小鬼ゴブリン村を再訪し、豚人オーク族の集落へ最後の交渉をしに行く。

 決裂するのは間違いないので、その場でひと暴れして一撃を与え、時間を稼ぎ、探求者の討伐に期待する。


 しかし――レヴィンは葛藤かっとうする。

 例え、レヴィンが豚人オークの主力を潰したとして、残った非戦闘員、つまり女子供の始末を探求者ギルドに任せるのは卑怯だと思うのだ。

 自分の手を汚さないように振る舞うのは簡単だ。前世はノリと勢いのみの自分勝手で無責任な人生を送る輩で溢れていた。それに反する人間は、重いと言われ敬遠されるのだ。皆が楽な方へと流される――そんな生き方が嫌で嫌でならなかったではないか?とレヴィンは自問する。


 レヴィンはどうするべきかと考えつつも、密偵役の小鬼ゴブリンと別れて家路についた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

お読み下さりありがとうございました。

第27回スニーカー大賞の応募要項では本文が15万字以下との事です。

故に尻切れ蜻蛉な結末になっておりますが、何卒ご容赦を。

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【改稿版】神様の願いを叶えて世界最強!! ~職業無職を極めて天下無双する~ 波 七海 @naminanami

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