流血!!ドラゴンと国家魔術師

 スズとレンドがパズルに興じる昼下がり。今日はシルヴァこと、Dr.シンスへの患者が一人来るだけの穏やかな日だった。もちろん、カルテを纏めたり新たな発明や魔術の研究で「お休み」というわけにはいかないが、Dr.ウランにつながる手がかりも無ければ、急ぎの用事もない。

 天才の頭脳にかかれば、娘とパズルを完成させた後に作業に取り掛かっても十分だった。


 日本を代表する山『富士山』が描かれた120ピースのパズルを組み上げながら、脳内では別な魔術式のくみ上げを行っており、時々近くのメモ用紙に複雑怪奇な図形を記しては、「お父さん、集中して」と娘に見咎められていた。割と日常的なことである。


「あと10ピースもない…。やっぱり富士山は簡単すぎた。4000ピースのパズル作って。」

「無茶を言うな。そこまで細切れにしたら元の図形が分らなくなる。」


 両親二人の影響で小さなころからパズルを嗜んでいたスズは、こういった類のものが得意になっていた。もともと、パズル好きだったのはシルヴァだけであり、レンドやスズは彼女に影響される形で楽しむようになったのだ。


 完成させたパズルをスズの部屋へ飾ろうともっていくと、家の窓に白いフクロウがたたずんでいた。背中に手紙筒を背負い、くちばしで器用に窓をたたいている。窓を開いてフクロウの背から手紙を取り上げ、中身を読んでみる。こんな方法で手紙を届けるのは間違いなく魔術師だろう。


「差出人は…ユウリか。国家魔術師の誘いなら前に断ったはずだが…。」


 魔術医になったレンドを除いて、純粋な魔術師の中では最強の男『アズマユウリ』。魔力霧散症という体内に魔力を保持できなくなるという奇病を抱えていながら、日本国の魔術を支える国家魔術師に上り詰めている。じつはレンドの弟弟子であり、元は日本の孤児だった。

 なぜかマードレ王国に捨てられていたところを、シルヴァの両親にしてマードレ王国宮廷魔術師のサルファ・シンスとハロゲ・シンスに拾われ、レンドとともに魔術の基礎を叩き込まれたのだ。

 ちなみに、シンス家の養子となっているのでレンドから見ると義弟になる。


「シルヴァ、今日の夕方にユウリが訪ねてくるそうだ。近衛兵が奇病に侵されたから診察してほしいらしい。どうだ、空いてるか?」

「あー、わかったわ。スズにも手伝ってもらう?」

「症状までは書いてなかったから、何とも言えないが…。アイツが注意書きを残さないってことはそこまで危険性はないんだろ。」

「私もお手伝いできるの?やった!」


 嬉しそうに飛び跳ねるスズを横目に、ユウリの使い魔であるフクロウに了承の意を記した手紙を括りつけて空へと飛ばす。バサバサと翼をはためかせたかと思うと、空中で姿を消した。


「ほう、透明化魔術が使えるのか…。クロムも見習えよ」

「うっせえ。レンドだって、苦手だろうが。」


 二本の尻尾をレンドの足に絡みつける。欠片も痛くはないが、クロムなりに不服を示しているのだ。

 パズルを完成させ、手持ち無沙汰になったスズに呼ばれると、可愛い子ぶった様子で鳴いてから彼女の元へと走り出した。


 日が沈み月が顔を出そうかという頃、レンドが張っている結界に二人の男が侵入してくる。一人は付き添いに来たであろうユウリ。だが、もう一人の魔力が異常によどんていた。

 明らかに人間を超えた魔力量。ともすれば、龍が吐き出す息吹のようであり、一般の近衛兵が有しているとは考えにくいほどに高純度、高濃度の魔力だ。


「レンド義兄さん。ユウリです。」

「ああ、開いているぞ。」


 夜のように暗い色のローブを纏った二人組が姿を現す。ユウリがフードを外すが、もう一人の男は脱ごうとしなかった。レンドの怪訝な顔に気が付いて、緩慢な動きでローブを脱ぎ始める。

 男の皮膚は赤い鱗がうっすらと生えており、吊り上がった目元、耳まで裂けた口、そこから覗く白くとげとげしい牙、かすかに獣のような唸り声を上げていた。


「龍化症か…。ここまで進行したケースは初めて見る。」

「彼は、元・隠の特攻隊長『リュウザキ・イブキ』です。」


『隠』とは、日本が鎖国をしており、『金陸』と呼ばれる時代に存在していた伝説の暗殺集団のこと。といっても暗殺だけでなく、隠密調査や諜報活動など多岐にわたって活躍していた。

 曰く、常人とはかけ離れた肉体を持っており、山を2時間でそうはすると言われている。その秘密は一種の魔術であり、隠独特の魔術形式が確立されている。どういう原理か隠の魔術は外の人間には扱えないのだ。それは、レンドも例外ではない。


 ユウリは、黒目黒髪の日本人らしい顔立ちではあるが、彼を捨てた両親は隠の人間ではなかったようで、彼も等しく隠魔術は扱えない。


「リュウザキだ。数日前のドラゴン退治のあと、こんな成りになっちまった…。Dr.マギカならなんとかできるかもって、ユウリさんに聞いて来た。よろしく頼む。」

「ただの龍化症ならばすぐに治せるが…。少し進行しすぎているな。何をした?」


 龍の魔力にのぼせて体の一部が変形してしまう奇病。それが龍化症。治療そのものは難しくなく、変質化した部位を魔術で抑えながら、体内に蓄積した龍の魔力を無理やり放出することで治せる。だが、問題は、全身が龍化している症例が類を見ないということ。


「普通の龍化症なら、僕を含めた魔術師数人がかりで治せます。けれど、彼は、龍の血に沈んでしまった。比喩ではなく、文字通りの意味で…。」


 先日の龍退治の際、魔術師を守るために前線に立っていたリュウザキは、運悪く真正面から龍の血を浴びてしまったのだ。死体から溢れる血に触れたのなら何の問題もなかったが、その時龍はまだ生きており、切断された翼から流れる血の滝に直撃した。


 おぼれるような赤い液体に流されていき、口内を犯す血を受け入れて、飲み込んでしまった。一滴二滴という話ではない。胃が膨張してしまうほどに大量に飲み込んだ。全身が赤く染まるほどに血に濡れてしまった。


「なんとか、人としての形を保っていますが、気を抜けば龍に意識を持っていかれます。どうか、助けてほしいのです!!」

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