蛇足1:Dr.マギカによるアリス病への仮説

 レンドが家に帰る頃にはすっかり日は暮れ、シルヴァとスズも寝てしまっているようだった。テーブルに残されたスパゲティを食べながら、先ほどの患者のカルテを作成する。普段なら二人に「行儀が悪い」と総スカンを喰らうところだが、渦中の二人が寝室にいる以上どんな食べ方をしていようがケチはつけられない。


「マナーが悪いぜ、ドクター。」

「今は白衣を脱いでいる。医者じゃない」


 クロムに咎められ、苦し紛れの言い訳を呟いた。猫の癖に人間らしく大きなため息をついたかと思うと、二股に分かれた尻尾を絡め合わせて遊び始める。彼が突然一人遊びを始める時は、「ここからは誰にも邪魔をさせないから好きなだけ考え事をしていいぞ」という合図だ。


 不思議の国ワンダーランド症候群シンドローム

 幼女に発病した夢遊病のことを指す病であるが、今回アリスが発病したのはこの病ではない。大まかな症状は一致しており、同一の病気だとみる医者もいるが、レンドは別離した病だと考えている。


「名づけるなら、アリス病か…」


 七歳の誕生日を迎えたアリスという名前の少女にのみ起きうる特別な奇病。という特異な状況。アリス病の患者を診るのは四回目だった。

 三人は、マードレ王国にいた時の患者であり、日本ではおそらく初の症例だろう。


 追いかけてくる人物はその時々の状況によって変わっているが、アリスに接触するキャラクターは全く同じである。普通の不思議の国ワンダーランド症候群シンドロームは患者自身が体験したことや憧れている出来事を元に夢が起きる。しかし、七歳のアリスが見る夢だけは全員が同じ。


「しかも今回はDr.ウランが絡んできているようだしな。となると、疑わしい人物が浮かんでくる…」


 不思議の国ワンダーランド症候群シンドロームやアリス病の原因は『文字魔術』という特別な魔術によるものとされており、レンドが普段扱う魔術とは形式が異なる。

 生物の強迫観念に直接刺激するタイプの魔術であり、対生物における魔術としては最強ともいえる特殊な魔術だ。図形ではなく文字を描くためにその名がついた。


 なかでも、小説家兼魔術師で魔術アカデミー文字魔術学部教授の『ルイス・キャロル』という男はとても優れた文字魔術師だった。生憎、入学したばかりのレンドは文字魔術に興味がなく、レンドが二年生になる頃にはキャロル氏は高齢により退職してしまっていたが…。


 風の噂によると退職する最後の年では、文字魔術学部の生徒と一緒に文字による病気の発病実験に力を注いでいたらしい。それが原因で退職させられたという根も葉もない噂も同時にささやかれていた。が、もし仮に事実だったとして、文字による発病魔術が完成していたとするのなら…?


 確かめようにも、キャロル教授の魔術のや魔力の流れを知らないレンドでは調べることすら出来ない。Dr.ウランと同一人物であるという確証も持てない以上決めつけるのは早計だった。


「キャロル教授の授業を受けた知り合いなんていたか…?」


 記憶を巡らせるも、友人の少ないコミュ障の交友では無駄だった。思わぬ落とし穴に気落ちしていると邪魔をしないはずのクロムが声を掛けてくる。


「キャロルって小説家のルイス・キャロルか?結構前に死んでいるはずだぜ…。多分」


 彼が言うには、当時人気だったシリーズを描き上げた後体調を崩して死んでしまったらしい。治療法の確立されている肺炎とはいえ、普段から魔術によって体を酷使している老体には厳しかったのだろう。


「確か…お前が卒業した翌年ぐらいか。もう五年以上前の出来事だな」


 18で卒業となるアカデミー。レンドが卒業してから一年後に亡くなったということは、すでに六年の月日が経っており、いかなる手段をもってしてもキャロル氏の魔力痕跡を追うことは不可能だ。いくら奇跡の力である魔術とはいえ、風化しないなんてことはない。


「なら、キャロル教授がDr.ウランにはなれないか…。」


 アリス病は一度で終わらない。七歳の誕生日からぴったり半分を過ぎたころに再び病が襲い掛かる。今度は夢ではなく『鏡』

 奇しくも、アリス・ブラドが空想したとおりになっており、だからこそレンドはまじないを掛けて次の病を閉ざしておいたのだ。もっとも、どこまで効果があるかはわからない。あまり考えたくはないが、Dr.ウランの魔術がレンドよりも優れていた場合、簡単に破られアリスは鏡の国へ誘われてしまうだろう。


 一人目は救えず、二人目は鏡の国に幽閉され、三人目の患者だけはどうにか救えたが、もう二度と喋れない体になってしまった。彼女の家族たちの恨みがましい目は今でも覚えている。

 そして、気っと永遠に忘れることは出来ない。


「つくづく医者というのは難儀な仕事だよ」


 不思議の国ワンダーランド症候群シンドロームとアリス病。どちらにせよ可笑しく奇怪で不可思議な病であることに変わりはない。医者であるDr.マギカの苦悩はまだまだ続くのであった。


 ……To be continued

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