鈍痛!!プリンセス・デイでポンポンペイン?

「触んないでって言ってるでしょ!!」


 シルヴァの怒声に驚く。彼女へ伸ばした手を払いのけられ、あまつさえ突き飛ばされた。力こそ弱々しいものの、唐突の出来事であったために動揺が隠せない。

 患者の前でもないのに魔導具『鉄仮面』を装着しており、あれだけの声量ながら全くの無表情だ。


「お母さん、どうしたの…。お父さんが何かした?」

「その…ええと、ごめんなさい。ちょっと一人にしてくる…?」


 声音だけ見れば落ち込んでいるようで、ベッドに視線を落としている。シルヴァの言われるがまま、起きたばかりの二人は寝室を出ていくが、彼女への心配と不安で気が休まらない。

 怒鳴られたレンド自身、何かをしたというわけではなく、むしろ顔色の悪いシルヴァを心配していたのだ。昨夜は遅くまで研究を続けていたようで、寝不足なのではないかと尋ねただけだった。


「また風邪を引いたのか?」

「でも、ベットの中で手つないでたけど、むしろ冷たかったよ?」


 レンドが一瞬触れた時も異常に体温が低いようだった。熱っぽい様子も無ければ咳やのどの痛みがあるわけでもなさそうであり、風邪による太陽不良というわけではないようだ。


「お父さん、朝ごはんどうする?」

「ああ…。パンと目玉焼きでいいか?」

「うん。手伝う」

「助かるよ」


 スズが子供用のエプロンを羽織ったあたりで、部屋からシルヴァが出てくる。壁にもたれかかって、薄手の毛布を肩にかけており、唇は真っ青。誰がどう見ても体調が悪そうだ。


「ごめんなさい、今作るわね」

「お、おい。無理をするな。朝食ぐらい食パンで済ませるよ。それより、体は大丈夫なのか?」


 彼女の肩に手を掛けようとするが、思わず止めてしまう。また払いのけられるかと思ったのだ。


「このぐらい、平…気…よ」


 強がりを言いながらキッチンに立とうとするも、眩暈でも起きたのかその場で倒れこむ。咄嗟に手を伸ばして何とか受け止めたものの、今にも吐き出してしまいそうなほど息が上がっていた。

 いつもの白衣を着ていない貧弱レンドの力では、シルヴァの体重を持ち上げることも出来ず、その場で空中浮遊の魔術を編み込む。


「全然大丈夫じゃないだろ。ほら、ベッドに行くぞ」


 浮遊魔法で負荷を減らした彼女の体を抱き上げて寝室まで運ぶ。かなり無茶をしてきたのかシーツがぐちゃぐちゃによれていた。


「レンド…。お腹、さすって」

「は、はぁ!?」


 余りに突拍子の無い要求に、おかしな声を上げる。

 触るなと言ってみたり触れと言ってみたり、不安定な彼女に不安と恐怖を抱きつつ、恐る恐る彼女の腹に触れる。かすかに暖かく、張っているような感触だ。


「気を悪くさせたらすまない。もしかして生理か?」

「……うん。ほんと、ごめん」


 思わずため息をついた。決して悪い意味でのため息ではなく、むしろ安堵から来るものだ。


「謝ることじゃない。おかしな病気じゃなくて良かったよ。今日はゆっくり休め」

「けど…。」


 何かを言おうとするが、睡眠魔術で無理やり黙らせる。普段なら機械マキナの力で抵抗される魔術も、病気で弱っているときには効いてしまうようだった。

 思えば、家事に医者に研究と、彼女は激務の日々を送っている。一応、『マギカ診療所』と看板を掲げている以上、患者のほとんどをレンドが診ているが、なんだかんだと言ってシルヴァも手伝ってくれている。彼女が優秀であるために頼りすぎており、それが良くなかったのだろう。


 もしかしたら今までも思い生理痛に悩まされてきたのかもしれない。それに気づけなかった自分がどうしようもなく情けなく思えてきた。


「クロム、ファスの薬屋に行って、生理痛を和らげる漢方か何かをもらってきてくれ。それと、診療所に臨時休診日の知らせも張っておいてほしい。」

「そっちは私がやる!!」


 心配で様子を見に来たスズが声を上げた。クロムとの念話が聞こえたのだろう。発声がなくとも念話は出来るが、魔力の消費や身体的負荷を考えると声を出したほうが効率的なのだ。


「じゃあ、スズ。診療所の入り口に看板たてといてくれ。場所分かるか?」

「診療所の備品室でしょ?このまえお母さんとやったから大丈夫」


 寝ているシルヴァから離れて自分で言っても良かったのだが、律儀に今も腹をさすり続けているのだ。練る寸前に彼女がレンドの手を握ってきたので、それを離すのを惜しんでいた。

 相変わらずの鉄仮面による無表情。しかし、彼女の腹をさすっている間は、痛みをこらえるような表情をしなくなるので、続けている。


「懐かしいな。お前が仮面をかぶる前を思い出すよ。」


 スズが生まれてから、娘の前で泣かないようにと仮面をつけると言い出した時は驚いたものだ。ほんの少し研究が上手くいかないだけで癇癪かんしゃくをおこすような性格だった。それが、スズの前では毅然とした母親で居たいからなどと言い出した時、レンドは自分の耳を疑った。


「それは俺も同じか…」


 他人を怖がり拒絶し、魔術を自分のためにしか使わなかったな男。それが、レンド・マギカだ。自分が医者になるだなんてアカデミー在学中は考えもしなかった。


「人生何が起こるかわからないものだな」

「それは言えてる。人間嫌いの俺が、人間の使い魔になるとかな」

「うおっ…!帰ってたのかクロム。早いな」


 部屋の壁を通り抜けて入ってきたのは、黒猫クロムだった。首に風呂敷が巻き付けられており、手紙が挟まっている。ファスからの伝言のようだ


『シルヴァちゃんは生理が重いから、特別な薬を処方しておきます。追伸、あまり無理をさせないこと!!スズちゃんをこっちで預かることもできるから、頼りなさい。』


 娘の存在は、あの頑固な自然主義者まで変えてしまうようだ。子供嫌いのファスが、スズを預かると言い出すなんて滑稽以外の何物でもない。


 しばらくして目が覚めた彼女に、底の焦げたお粥を食べさせると、ストレートにマズいと言われる。顔をしかめながらレンドが一口食べると、そのまま床に吐き出してしまう。


「なんだかわからんがマズい!!なんだコレ!!」


 機械マキナ音痴の彼では、最先端技術の結晶ともいえるキッチンを扱いきれないらしい。

 体調不良で味覚が麻痺しているシルヴァは辛うじて食べきったが、平常時なら殴られても文句の言えないマズさだ。


「薬飲んだら少し落ち着いたわ。…ところでスズは?」

「クロムとゴルディアと遊んでるよ。そういえば、仮面外さないのか?」


 片づけをしようと席を立ち、部屋を出ていく寸前に振り向いて聞いた。少し思案した後、シルヴァはポツリと言う。


「あなたこそ、その制約、守り続けているんでしょう?」


 核心を突く一言に、「この話は二度としない。絶対にだ」と、吐き捨てるように言った。


 ……To be continued

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