顛末!!悪魔の終わらせ方

「おぎゃあ!!」


 分娩室から聞こえる絶叫。それは、人間の赤子の声だった。

 ドアが開かれ、子供を抱いたサキュバスが涙を流している。シルヴァが薄く微笑むとレンドも笑顔を返した。


「あなた…。男の子よ…。あなたに似た男の子…」

「ありがとう。本当にありがとう。きっと…むこうで妻も喜んでくれているはずだ…!!」


 見たところ、子供には悪魔の特徴が受け継がれていない。だが、サキュバスの痕跡がないかと言われればそうでは無く、その顔立ちは美麗であり、どことなく中性的だ。


「サキュバスの臓器を調べてみたけれど、子供産むためなのか全て作り変えられていたわ。しかも、産後はすべて消失しているのよ。」

「…何が目的なのかはわからんが、母体と胎児に影響が無ければいい。」


 幸せそうに喜ぶ二人と、その間に抱かれて寝息を立てる少年を見つめながら、その場を後にした。これ以上家族の団欒を覗くのは無粋だろう。


 翌朝、すでに起きていた男が、診療所の廊下で水を飲んでいた。

「おはようございます。Dr.マギカ」

「ああ。今日は産後の経過観察がある。まぁ父親にできることは少ないがな。それより、お前たちは今後どうするつもりだ?」


 いつまでも患者ではない彼らを匿えるほど、この診療所はさびれているわけではない。症状は様々ではあるが、ほぼ毎日のように患者は来る。

 些細な腰痛から、Dr.マギカやDr.シンスでしか治せない奇病患者などなど。


 あまり頻繁に来るわけではないが、国の重役や昨夜の悪魔狩りも患者として来院することもある。レンドもシルヴァも、悪魔に肩入れをする理由はない。患者だから庇っただけである。


「先に言っておくが、悪魔狩りが患者として来たのなら、普通に助ける。そして、患者としてお前たちの居場所を聞いたのなら、彼らに協力するぞ。情で患者は選ばない主義なんだ」


 Dr.シンスことシルヴァはともかく、Dr.マギカは悪い意味でも有名である。

 それは、患者であれば悪魔でも殺人鬼でも助けるという噂。そしておおむね事実であった。

 彼は、万物を救う。

 人も、犬も、猫も、鳥も、害虫も、凶暴な獣も、悪魔だろうが、犯罪者だろうが、独裁者であっても。

 彼は家族を殺されたとしても、目の前に患者がいる限り、救おうとするだろう。


「……わかりました。サキュバスの体調が戻り次第ここを出ていきます。」

「ぜひそうしてくれ。なあに安心しろ。患者でいる限り必ず助けるさ。」


 そう言って白衣をなびかせながら、カルテをもってサキュバスの病室に入っていく。

 子供は胎児用無菌室で寝かせられており、現在もリアルタイムでDr.シンスが監視している。もっとも、本当に彼女が見ているわけではなく、機械の力だ。


「健康状態のチェックだ。魔石に異常は?」

「ないと思うわ」

「魔力は感じ取れるか?」

「ええ、けれど、自分の中から何かがごっそり抜けた感覚があるの…」

「ふうむ、胎児が出ていった影響か…?それとも、あの赤子に悪魔の力が受け継がれているのか?それについては調べておこう。ほかに体の不調は無いか?」

「大丈夫よ。……ねえ、赤ん坊の様子を見たいんだけど。」


 まだ駄目だ。と言いかけてやめる。

 情や慈悲がないとは言ったが、患者相手ならば優しく接するのがDr.マギカという医者の信条。


「条件付きだ。赤子を部屋から出さないこと。お前自身もだ。それなら保育器から出しても構わない。あと、念のため助手が見張りにつく。」

「助手…?」


 二人が首を傾げる。レンドに呼ばれて病室に入ってきたのは、薄桃色の看護服を着たスズだった。煌めくような銀色の髪をツインテールで結んだ彼女は、悪魔の姿を見ても顔色一つ変えずに平然としていた。


「はじめまして、私はスズ・マギカ。ドクターの助手で看護師見習い。」

「…ああ、昨日ドクターが言っていた娘さんかしら?可愛いわね…」


 サキュバスが薄く微笑みかけると、照れたようにDr.マギカの背に隠れた。


「スズ、患者さんたちと少し遊んでいないさい。すぐに検査結果を分析して、退院の手続きを進めてくるから。」

「わかった!!」


 元気のいい返事をすると、その後ろから保育器に入った乳児がやってくる。Dr.シンスが押して運んだのだ。スズが赤ん坊を見て感嘆の声を漏らした。

 その様子を眺めるサキュバスの顔は穏やかであり、とても悪魔には見えない。


 そんなこんなで、数日が経った。

 ヘルニアが何度か診療に来たものの、彼は手前側の処置室で診察されることが多く、奥側のサキュバスたちが潜む入院病室には立ち入らない。


「…といわけで、魔力状態も安定しているようだし、明日には退院だ。くれぐれも気をつけろよ。日本ではなく、シャデルやテレシスなら出生不問で受け入れてくれるはずだから、そこを目指すといい。」

「本当にありがとうございます。わざわざ密航経路まで用意して下さって…」

「悪魔の仕事を辞めるわけにはいかないけど、もしドクターたちが他の悪魔に襲われそうになったら、私が何とかしてあげるわ!!」


 魔術での転移も考えたが、赤ん坊に負荷がかかることを考えて、多少リスキーではあるが、のルートを用意していた。

 幸い、元妻の遺産(といっても、二人が貯金してきた子供のためのお金だ)のおかげで、レンド達に支払う金も裏ルートを用意する金も残っている。それでも多少の貯蓄は残る上に、むこうで仕事を探せば、十分に暮らしていけるだろう。


「Dr.シンス。少し夜を歩かない?」

「……医者としては、産後間もない母体を夜風にさらすのは抵抗があるけれど、まあ、ママ友としてなら構わないわよ。」


 ちらりとレンドを見ると、彼も止めようという気はなさそうだ。


 町はずれで、裏手には森が生い茂っている診療所では、付近に人が近づくことも少ない。それぞれ、ことを語るには都合がいい。


「ねえ、私、元人間って言ったら信じる?」

 町までの道を指し示す看板によりかかりながら、サキュバスは呟いた。


「私ね、元々娼婦だったの。源氏名はサキコ。だから、サキュバスって呼ばれてたわ。それが、本当にそうなっちゃうなんてね……」

「いいわよ。信じてあげる」


 目を伏せながら言う悪魔に対して、まっすぐにその顔を見つめる。

 患者の言うことだから、という理由ではない。信じたいと思ったから信じるのだ。


「次は…私の番かしら?」


 星一つの無い夜空を見上げながら、独り言のように呟く。

「あの娘、本当は私たちの子じゃないの…」

「……そう、なのね。なんとなく、分かっていたわ。」


 シルヴァの白髪は、わざと染めている。それは、スズの銀髪に似せるためだった。

 元の髪色は、レンドと同じ藍色。同じ国出身の幼馴染であるのだから、当然である。


「あの娘のオッドアイに合せて、私とレンドはカラーコンタクトをつけているの。それに彼は、魔術で細部の顔つきや体格を変えているわ。スズが違和感を抱かないように。周りから不審な目を向けられないように。必死に隠しているの…」


 目を逸らして話し続けるシルヴァの独白を、サキュバスは黙って聞いていた。

 最後に一言「そう、だったのね」とだけ言う。

 なぜ?と、理由は聞かない。


 その会話を最後に、真夜中の内緒話は終わった。


 彼らが退院して数日後

 その日は、ひどい雨の日だった。それはまるで、男とサキュバスが診療所を訪ねてきた日のように。


「はぁ。この雨では患者は来れないだろうな。」

「…てるてる坊主作る?」

「そうね。さあスズお家にもどるわよ。」


 診療所のカギを閉め、カルテや資料をまとめ終えると、何気なく窓を見る。こちらに向けて走る人影が見えて、見間違いかと目を擦った。


「ドクター!!た、助けてくれ!!」

「……お前は、この間の!?」


 びしょ濡れになりながら、診療所を訪ねてきたのは、先日の男。レンドの勧めでシャデルに逃げることにしたはずだった。


「何があった!?」

「それが…。悪魔狩りに見つかって…。とにかく妻と子供が大変なんだ!!」


 思わず愕然とした。

 雨に流され分かりにくいが、たしかに男も傷だらけであった。

 わずかに足元が赤く染まっている。


 急いでシルヴァを呼び戻し、スズに家から出ないように命じる。男に連れられサキュバスの元へ向かうと、街中の路地裏でサキュバスの体が切り刻まれていた。


「経路の途中で悪魔狩りたちがサキュバスに襲い掛かってきて!!急いでドクターの診療所まで引き返そうとしたんだが…!!」


 雨のせいか、冷え切って病的に白くなったサキュバスの体を抱きながら嗚咽を漏らす。

 シルヴァは思わず目を逸らし、レンドは静かに激昂していた。

「子供は…?」

「わからない。サキュバスが悪魔狩りに斬られる寸前で、何かをしたんだ。」


「魔術だ。それも、俺にしか解けないようにロックを掛けている…。」


 無論、それだけ高度な技術を用いるには悪魔の力が必要だ。だが、その余力で悪魔狩りを撃退することなぞ容易いはずだった。

 レンドが魔術を解こうと、サキュバスに手を伸ばすと、その腕を逆につかみ返す。


「ドクター…いるのかしら?」

 すでに目からは生気を失っており、見えていないのだろう。

 焦点が合わず虚ろな表情のまま口を動かした。


「ドクター、二人を助けてください!!」

「いいのよ…。私はもう死んでしまうわ。十分生きた。人としても…悪魔としても…」


 Dr.マギカが子供を異空間に隠す魔術を解除すれば、その間にサキュバスは死んでしまうだろう。かといってサキュバスを助ければ、赤子の命が危うい。

 どちらを選ぶべきかなんて、分かりきっている。


「ねえ、あなた…。子供の名前…どうしましょうか…」

「そんなの!後でゆっくり決めればいいじゃないか!!」


 シルヴァが必死に延命装置を動かすも、悪魔の体には通じない。改良を施す余裕などありはしないが、それでも、少しでも長く続けなくてはならなかった。


「あの子は…リリンなんてどうかしら…。」

「そんなに急いで決める必要はないさ!!大丈夫ドクターが助けてくれるはずさ!!お願いだ。もう僕を置いていなくならないでくれ!!」


 レンドが必死に魔術を紡ぐ。シルヴァの機械の邪魔にならないように、再生魔術を同時に編んでいるが、対悪魔用の武器による傷は、いかなる方法でも回復させられない。

 そういう作りにしたのは、ほかならぬレンド自身だった。


「解術の円環。代償は悪魔の魔石。我が魔力。隠し事を暴け。」

「間に合ったわよ!!目を開けて。あなたの口で、この子の名前を呼んであげるのよ!!」


 悪魔に対しては不適切かもしれないが、それでも言わせてほしい。


 最期の一言。

 まるで、聖母のような声音で、祝福の名を呼んだ。

「産まれてきてくれて、ありがとう。リリン」

「産んでくれて……、ありがとう。妻の分も、君の分も、大切に育てるから!!」


 ……To be continued

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