01-03 十歳にしてチート能力、さすが魔王(2)
「なあディア、魔獣狩りに行こうぜ!」
窓の向こうから声をかけてきたのは魔族の少年だった。漆黒の髪に浅黒い肌という暗い色彩の中に、眼の紅色だけが鮮やかに光って見える。コウモリに似た羽が、背中でパタパタと揺れていた。
まだ九歳の彼も、ゲームで見た。魔族でナンバーツーの強キャラだ。彼とはラスボス手前の広間で戦ったけれど、何度も全滅させられた。物理も魔法も攻撃がいちいち強烈だったから、強化魔法を重ねがけしないと辛かったのを覚えている。
とはいえ現時点ではただの悪ガキ仲間でしかない。毎日のようにディアドラと出かけては魔獣を狩って遊んでいるようだ。ゲームでも十代半ばくらいの少年キャラクターだったけれど、子供時代の姿もなかなか可愛らしい。こんな弟がいたら可愛いだろうなあ、という感じ。
でも狩りの誘いは嬉しくなかった。
「い、行かない」
ディアドラは楽しく狩っていたようだけど、生まれてこのかた都会から出たことのなかった私に、狩りなんてできるはずがない。ていうか怖い。ディアドラの記憶の中の狩りの様子すら思い出さないようにと、必死で別のことを考える。
「ええー? なんでだよ??」
窓の外の少年――ザムドが不満げに顔を窓に寄せてくる。
どうしよう、どうやって断ろう。正直に怖いと言っても、これまで毎日のように狩っていたのだから嘘にしか聞こえないだろうし。何かないか何か、断る理由で、嘘っぽくない何か――そうだ。
「飽きたから」
私はできるだけディアドラっぽく、つんとすまして言ってみる。ザムドは不思議そうに「なんで?」と問いを重ねてきた。なんでって、ううん、そのう……と、冷や汗をかきながら、再び必死で考える。
「だって、弱すぎるじゃない」
ヒロイン視点でプレイしていた私の感覚では、魔王城付近の魔獣は弱くない。むしろ強すぎて苦戦した。しかし魔族のトップに君臨する予定のディアドラ基準なら弱いだろう。実際、易々と狩っていたし。
そっかあ、と残念そうに眉を下げるザムドに、私は後ろ手で小さくガッツポーズを作る。小さい子を相手に嘘をつくことに良心が痛まないでもないけれど、狩りに行きたくない気持ちが勝った。
諦めて帰ってくれないかなー。次の反応を待っていると、ザムドは新しい遊びを思いついたような、キラキラした笑顔で言う。
「じゃあ、俺と
なんでよ!?
笑顔をひきつらせながら、ゲームの設定を思い出す。そうだコイツ、強い奴が大好きな戦闘狂だった……!
ゲームでも、聖女が強いらしいと聞いて勝手に戦いにきた奴だった。ディアドラからは何の命令も受けていないのに。そして聖女に負けると「また遊ぼうな!」と楽しそうに帰っていった。ゲームでの第一印象は「なんだこいつは?」だったけれど、実物を見ても一緒だった。
魔獣は弱いから嫌だ、もっと強い相手ならいい、じゃあ自分でいいじゃん、ってこと? なにそれ?
魔獣どころか聖女伝説界で二番目に強い相手と戦うなんて、絶対に嫌だ。強力すぎる炎魔法も打撃も、どちらもくらいたくない。なんとか平和的に乗り切らなければ。そうだ、そう、ええと。
「嫌。あなた、私より弱いでしょ」
と、言ってみる。現時点での二人の強さなんて知らないけど。他人のステータスなんて、見せてもらわなければ見えないし。でも説得力はあったようで、そっかあ、と再びザムドが言う。
お願い頼むから諦めて。お願いお願いお願い。
ザムドはしばらく考えていたようだけれど、突然「わかった!」と笑って窓から離れていった。もっとごねられるかと思ったのに、意外とあっさりしている。
(よっし、乗り切ったー!)
実際にはまるで乗り切っていなかったのだけれど、それを知るのは少し後になってからなのだった。
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