第18話

「黄泉送り、ありがとうございました」

 少し遅めの夕食。

 サンサタの黄泉送りを偲び、里の人たちと一夜の宴を開くということで、エンリ達は広場の会場に招かれていた。

「あのまま数日もすれば、里の術師たちは魔霊素が尽き、サンサタ様の暴走で大変なことになっていたと思われます。重ねてお礼申し上げます」

「私は、還しただけ。それも、姉さまの遺志だった。思う所ももちろんあるけど、それはきっと、姉さまは望んでいなかっただろうし。でも」

 エンリは言葉を切り、少し考えて、

「人が死ぬのは、辛いわ」

 そう言って、注がれたこの里の地酒をあおる。

「……っはぁ! やっぱり、ここのお酒は辛いわ。辛すぎて、鼻にくる。目をあけてられない……」

 強く瞼を閉じるエンリ。

 周りを照らすかがり火の明かりが、エンリの頬に作られた雫の筋を赤く照らしていた。

「さあ、今日はサンサタ様を見送る宴だ。客人もゆっくりしていってくれよ」

 広場には、多くの有鱗種とエンリ達を除くとごく少数の有毛種、そして有翼種が料理に舌鼓を打っている。

「珍しいですね、他種族に混ざっているとはいえ、その中に有翼種の方々がいらっしゃるんですけど」

 クリエラは周囲を見回しながら、ツツキ山羊と八又葱やつまたねぎの串焼きを頬張っている。

「有翼種の面々は、そもそもこのセマンデル大陸から出たりせぬからな。体質的に、他の大陸では生活が大変だと聞く。まあ、あの羽毛の量を見ると他の大陸では暑かろうな」

 そもそも、彼らは有『翼』種と呼んではいるが、実際に空を飛べるものはいない。ただただ鱗や毛のかわりに羽毛が生えているだけの違いでしかないのだ。

「なんだ、兄ちゃんたち。羽持ちが気になるのかい?」

 近くにいた有鱗族の婦人に聞かれていたのか、声をかけられた。

「あ、ああ。この大陸に来たのも初めてだし、彼らのような種族を見たのも実は初めてなのだ。有鱗族の面々はパキシリアでも多少は見たことはあるのだが」

「ああ。エメリッドのパキシリアね。あそこはまだ開発途上の地域だからね。他と違って私たちも行くことはあるかもしれないが、彼らからすると相当暑い地域だし、好んでいくやつは少ないと思うわ」

 そう言いながら、「これもおいしいわよ」とログレスに料理が乗った皿を押し付けて去っていった。受け取った皿にはキナスの葉に何かが包まれている料理だ。一口サイズになっていて食べやすそうな形をしている。

「どれ……」

 ひょい、と一つつまんで口に運ぶ。一噛みすると、まず葉の強い渋みが舌に乗っかる。あまりの渋さに軽くえづくが、我慢して噛むと、中から香辛料の強い辛みと、それを上回る肉汁の波状攻撃が口の中を攻め始めた。どうやら動物の肉を長い時間煮込み、香辛料と合わせたものをキナスの葉でくるんだ料理のようだ。

「辛い、うまい、渋い! ……悪くはないんだが、忙しい料理だ」

「この辺は、パキシリアにもない料理ですし、そもそもこれだけアクが強いものは出回らないと思いますけど」

「へえ、どんな味?」

「あ、ボクも食べたい!」

 二人が料理について話していると、エンリとチャイクロがその話題の皿に興味を示したようで、残りの二切れをそれぞれがぱくりと食べる。

 エンリは平気な顔のままもぐもぐと食べたのに対し、チャイクロは二噛みもしないうちにせき込み、それ以降顔がしかめっ面のまま動かなくなってしまった。

「うええ~~ たへらんないほ~~」

「ふふっ、チャイクロにはまだ少し早かったかもね」

「おや、誰か来るぞ」

 一行が食事を楽しんでいると、近づいてくる人影をログレスが見つける。

「こちらでしたか、終焉守」

 ふっくらとした裾の長い外套を纏った、壮年の有翼種の男性だった。羽毛は幅広の茶褐色で、冬仕様なのか暖かそうな印象を受ける。

里長さとおさのローズクと申します。この度は葬廻守の黄泉送りを買って出て下さり、感謝いたします」

 ローズクは右手を胸に当て、深くお辞儀をする。

「いいえ。私も、姉さまへ最後に恩返しができて、幸運の極みです」

「そうでしたか。縁ある方ならば葬廻守も迷わず神のもとへ行かれたことでしょう」

 彼は空を仰ぎ、サンサタが向かったであろう神の居場所へと思いをはせる。

(神、ね……)

「そういえば、そもそもこんな辺境の大陸の、山奥の、小さな里へ如何様な御用で?」

「あ!」

 エンリは思い出した。自分の目的と、今後の移動のためにこの里へ来たことをすっかり忘れてしまっていたのだ。

「……でも、この里の魔女はサンサタ姉さまだけだし、けど、会うのも目的だったし」

「葬廻守に会うために? もしやご旅行の最中でしたか。有毛種の方々が来られるだけでも珍しいことです。どうか、自慢の温泉にもよければ足を運んでくださいませ」

「おんへん?」

 チャイクロはまだ飲み込めていないようだ。

「あ、そうか。そういえばここに野外温泉のある祝迫施設があるんだっけ」

「おんせんとは何だ?」

「確か、火山などの地熱で熱せられた地下水が地表に湧き出ている泉があり、そこを整備して疲れをいやす施設にしている場所、と聞いたことがありますけど」

「まあ、湯屋みたいなものよ。そういう文化が他の大陸に浸透していないだけで、気にいると病みつきになるわよ」

「なに、本当か! よし、ぜひ行こう!」

 ログレスはそう言うと近場にいた里の人に場所を聞き、一人で向かってしまった。

「あ…… まったく、ああいうところは本当にサングレシア様によく似てて、困ったものですけど」

「んじゃあ、クリエラ。私たちも行こうか」

「え? あ、はい。構いませんけど……」

 ついつい会話のテンポにつられて、エンリとクリエラは野外風呂へ行くことになった。


     *   *   *


「あっ…… つい!」

 髪は湯船に浸からせてはいけない、と受付で教わったため、手拭いで頭の上に髪をまとめたクリエラは、湯船の熱さで思わず手拭いが頭から外れそうになる。

 恐らく体が冷え切っているからだ、と無理やり納得させ、再び侵入を試みる。

 左足からゆっくりと入り、右足もそれに続かせる。階段状になっている縁から徐々に中央へ進んでいくうちに、自然と腰まで浸かる形になる。さらに奥へと進んで、ちょうどよい段差を見つけると、そこに腰かける。そこは、ちょうど肩のあたりまで湯につかる高さであった。

「ふぅ…… これは、確かにネオントラムにはない施設ですけど」

 クリエラは、今までにない自分だけの時間になったこのタイミングで、なぜかログレス…… エル王子の事を考えていた。

(自由気まま)

(行動も発想も自己中心的)

(そのくせ、周りを巻き込まないと気が済まない)

(でも、責任は全部持っていくし)

(さわやか笑顔で)

(尽きない行動力で)

(貫き通す決定力…… あれ?)

 後半、褒め言葉になっていることに気が付き、クリエラは自己嫌悪する。

(なんで、こんなにモヤモヤするんだろうか)

「どう、温まってる?」

 体を洗い終わったエンリが、クリエラの入っている湯船の縁まで来る。エンリはクリエラの三倍くらい髪が長いので、頭の上がすごいことになっている。しかし、首から下もまたとんでもないことになっているので、クリエラは驚いた。

 体のあちこちに傷跡がある。数もさることながら、大きさも大小様々だが、左の太ももにあるものが一番大きい。

「ああ、すごいでしょ。大半は戦争の時に付けられたやつだけど、小さいのはそれより前のが多いかな?」

 エンリはクリエラの右側に座る。エンリの方が上背が高いせいか、脇が少し水面から出てしまうが、気にせず背を壁に預ける。クリエラからすると、巨大な『山』が真横に浮かんでいるので少々目のやり場に困る。

「景色、いいわよね。屋内の湯あみ場とは違って、周りが山で視界が広いし、変に湯気が籠らないし。自分が自然の一部なんだ、って実感する」

 確かに、時期が冬ということもあり、お湯の温度の高さも相まって開放的な空間が逆に心地よく感じる。遠方は光が届かず分かりにくいが、恐らく雪が降っているのであろう、かすかな細かい光の反射がチラチラしており、視覚的にも楽しめるのがまた心地よい。

「仮面、外されないんですね。ここでは取ってから入って来られるものだと思ったんですけど」

「ああ、これね。もう体の一部みたいなものだし」

「そもそも、どうして仮面を付けてるんですか? 魔法付与アイテムとか、ぐらいしか思いつかないんですけど」

 すると、エンリは深く一呼吸おいて、

「……これはね、私の親友がくれた、親友と私を繋いでくれている唯一のモノ。とても大切なモノなの」

 大切、という言葉にクリエラは少し反応してしまう。

(大切な、ヒト……)

「クリエラにもいるでしょう? 大切な人。しかも、近くに」

「いえ、別にいませんけど」

 クリエラは思わず首をすくめて顎まで湯に浸かる。

「あら、そうだった? ログレスと仲良く城から出たり、色々身近な存在として意識してるから、てっきり」

「別に、エル…… ログレスのことは好きなんかじゃないですけど!」

 クリエラはつい、語尾を荒げて否定してしまった。

「……ログレスも、きっとそう思ってますけど。自分の妻にふさわしくない、と」

 再度深呼吸したエンリは、ふとした謎の確信めいたクリエラの発言に、あることを思い出した。

「……ドーミネン姉さま」

 クリエラはびくっ、と肩を震わせる。

「ははあ。王妃が、とかの話?」

 クリエラは、小さく首を左右に振る。あたりのようである。

「ログレスが『クリエラは王妃にならぬ』って言われて、自分は妻になれない、とか思った?」

 今度は、さっきよりも強く首を振る。少なくとも、話題の方向性は間違っていないと、エンリは確信した。

「そういえば、ネオントラムって次の王は誰になるんだろうね?」

 ログレスこと、エルステラス王子は王位継承順位を持っているはずだが、上に兄弟がいるとも聞いたことがある。

「……順当な継承順としては長兄のステグラム様が一位としておられ、エル王子はその次になります。なんでも、王位継承権を持つには。体のどこかに特定の形をしたアザがあること、らしいですけど」

「あー、確か翼の形をしたやつ、だっけ? グレスに聞いたことがあるわ。確かあいつは右太ももの内側にあったような……」

「ちょ、なんでそんな場所にあることを知ってるんですか! まさかお二人…… 意外ですけど」

 年齢相応の勘違いを、エンリは苦笑して全否定する。

「んなわけないでしょ。本人に聞いたことあるの。ちょうど反対側の左の太ももに、昔あいつ大けがを負ってね。あ、同じところに私も傷があるでしょ。その治療の時の話で、ね」

 確かに、言われた場所には傷があった、とクリエラは思い出す。

「お二人は、昔ご一緒されていたのですか? ちょくちょく私たちが知らないサングレシア様の話が出てくるのですけど」

「んー、私は、世界を回るのはこれが三回目。グレスと一緒に回ったのは前回かな? 戦争後の地巡りに付いていく! って言って」

 エンリは、遥かな先を目で追う。置いてきた過去を覗き見るかのように。

「まだあの時は、ネオントラム自治区、っていう名前で、エメリッド大陸は物好きな開拓者か島流しされた罪人ばっかりの場所だった。決まった額の税収もままならなかったあの土地を、グレスのお爺様がなんとか切り盛りしてできた街だった。あの時はパキシリアも小さな桟橋くらいしかなくて、寂しい船出だったわ。でも、その時からグレスはリオにベタ惚れだったわ」

 ここでまた、クリエラにとって聞いたことがある名前が登場する。

「リオ? ……ヴィリオット、大叔母さま? お二人ともご一緒だったのですか?」

「あ、確かそんな名前。性がローレグシアだから、あってると思うわ。どっちかっていうと無理やりついてきたのはグレスのほうだったけど」

 ヴィリオットとは、クリエラから見て父方の祖父の妹だったはず、とクリエラは記憶をひっくり返す。

「ログレスも、『いいとこ見せる』って言って、深古の種族と一戦交えたときに大けがして、『言いたいこと言う前に死なれるんなら、いっそここで言ってやる!』って言ったリオに先に告白されたの。でもその場面に、私いたのよ」

 クリエラは、思わず吹き出す。

「この太ももの傷がその時の何だけど、いや、あの日の夜は宿に居難いのなんの。まあ、次の日は二人とも、憑き物が落ちたみたいにもうベッタベタ。まあ、ほぼ旅の目的も達成してたし、結構すぐ帰ったけどね」

 エンリは、クリエラに笑顔が戻ったのを確認しつつ、続ける。

「だから、言いたいことがあったり、自分の思い通りに行かない時は、こっちから相手にぶつかればいいのよ。ウジウジして時間が経つと、忘れたり、どうでもよくなったりするものよ。男は言わないと分からないし、言ったってわからないやつの方がごまんといるんだから」

 クリエラは、いつの間にか自分の話になっていることに気が付かず、風呂からあがったあと、どうやってログレスに話に行こうかを考え始めていた。

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