第3話


 †


 ブ———————。


 唐突に鳴り響くブザーの音。

 屋上では特に大きく響き渡るそれは、緊急事態を示す警告音であった。


 昔語りをしていた私と、メルの意識はその音によって一気に現実に引き戻されてしまう。


 始業の合図——では勿論なかった。


『学生の皆さんは、校舎内に避難を————』


 続く校内放送。

 教員の声が、一際大きく鳴り響いたブザー音の後に続き、私達の避難を促してくる。


 何かがあったのだろう。

 どう考えても、この事態はただ事ではなかった。


 そして、生徒がいないか学院内中を見回っているのだろう。

 ドタドタと騒がしく足音を響かせ、息を切らせながら走り回る先生に、私達の存在が見つかったのはそれからすぐの事だった。


 †


 ————ここから南東に位置する〝ダンジョン〟内にすまう魔物達が溢れ出した。

 そしてその対処にちょうどダンジョン攻略を昨日から行っていた私達の上級生にあたる三学年の一部の人間と、一部の教員が当たっている。

 三学年の中でも優秀な人間と、更に教員を今から現場に向かわせるが、私達二学年、一学年の生徒は学院内で待機をするように。

 事態が収拾するまで、外に出る事も禁ずる。


 ブザーが鳴った理由を教室に連れ帰られた私達に説明してくれた教員は、それを最後に教室を後にした。恐らく、現場に向かうのだろう。


 ……まあ、こればっかりは仕方がないかな。


 ここは大人しく、事態が収拾するのを待つしかないよね。


 そう思っていた私とは対照的に、隣の席に座るメルの蒼海を思わせる蒼い双眸には不安の色が滲んでいた。


「……メル?」


 様子が気になって、声を掛ける。

 心なしか、彼女の身体は震えていた。


「……大丈夫、よね?」

「大丈夫って?」

「……ダンジョン。昨日から潜ってた三学年って多分、わたしの兄も含まれてるの」


 メルには一つ上のお兄さんがいる。

 名は、ランガス。


 私と違って魔法実技も優秀と認識されているメルがどうしてそんなに不安がってるのだろうか。

 その疑問が一瞬にして霧散すると同時、私までも不安に駆られる羽目になっていた。


 先の教員の様子。尋常ではないブザー音。

 それらが感情を助長し、空気を送り込まれた風船のように大きく膨らんでゆく。


 そして、十秒、二十秒と流れる沈黙。

 やがて、


「……ねえ、アイファ」


 メルの真剣な眼差しが、私を射抜く。


 ————頼みが、あると。


 その言葉はどうしようもなく、私の心を揺さぶった。


 幼馴染みであり、親友のメルの言葉だ。

 主語が欠けていても、何が言いたいかなんて手に取るように分かる。

 だから、


「付き合うよ。メルに、私も付き合う。助けに行きたいんでしょ? お兄さんの事」


 私は兎も角、メルは魔法学院に在籍する真面目な生徒。

 魔法という戦える力を日々、鍛えている側の人間だ。何も出来ないわけじゃない。


 だったら、助けに向かいたい。そう願い、考えを帰結させる事は何も悪い事じゃないし、私からすればそれは至極当然の事のようにも思えた。


「…………」


 私の発言に、鳩が豆鉄砲を食ったようにメルは驚いていた。頼み事はついて来て。

 ではなくて、兄のランガスさんを助けに行きたいから色々と取り繕っておいて。なんて言おうとしていたのだろうか。


 でも……だめだよ、メル。

 親友が一人で危ないところに行かせる真似を、私が許容するわけないじゃん。


「……もしかして、違った?」


 待てど暮らせどやって来ない返答。

 もしかして、私が理解してると思っていただけで、その実、メルの考えてた事とは全く違う事を言っちゃった……?


「……ううん。合ってる。それで、合ってるわ」


 不安に覆われ掛けていた私の感情を振り払うように、首を左右に小さく振って、メルが先の言葉に肯定してくれる。


 だけど、問題が一つだけあった。


 誰もが焦燥感に駆られている為、普段よりもずっと学園内から抜け出しやすい環境になっているとはいえ、どうやって教員の目を掻い潜って魔物が溢れ出した場所にまで向かうの、か。


 ……でもそれは、私が魔法を使えば何とかなる問題でもあった。

 何せ私は、これでも国の旗頭にまでされた————〝五百年前の魔法使い、、、、、、、、、〟なのだから。


 だから私は、不安の色を表情の端々に浮かべるメルに対して、「私に任せて」と声を掛け、そして二人で一緒に教室を飛び出した。

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