10:暗殺部隊

「どこの誰だあんたら、と聞いたところで答える気はねえらしいな。物取りの類なら俺は無抵抗で殴られてやるほどお優しくはねえし、殺りに来たのならもっと優しくはできねえな」

「おい油断するなよ、武器の類は確認できないが、この後まだ騎士が一人控えている。確実にやれ」

「自己紹介どうも。俺とはお喋りをする気もねえらしいが」


 標的を頭越しに道を塞ぐ男達に命令を飛ばす女にアバカスが苦笑を向ければ、巨漢の男が鼻で笑う。身長一九〇を超えるアバカスより尚も上背のある大柄な男。


 発達した筋肉に武装された体と、下顎から伸びる牙こそオークの証。肌の色こそ人に近く、人間との混血であるとアバカスは予想する。


 四人バラバラで動く事はせず、退路を断ちつつ迫る壁のように身を詰めて来る四つの影の気配に肩を落としながら一度雑に頭を掻いた。


 一度細く息を吐き出すのを合図とするように、アバカス=シクラメンの目の色が変わる。


 鋭く細められた眼光と、軽く折り畳まれた両椀。その淡い輝きを擦り潰そうと振り上げられた巨漢の男の左拳。人の頭程はあろうかという拳が砲弾の如く突き出された。


 バチンッ‼︎


 響くのは骨の潰れる音ではなく、空気の弾けるような音。


 迫る左拳に横側から叩きつけられたアバカスの右肩に着弾点を逸らされ、そのまま身を落としながら突き刺された右手の掌底が巨漢の男の踏み込んだ左足の膝を押し込みへし折った。


「てめ゛ッ、ぷッ⁉︎」


 身を大地に崩そうと落ちる巨漢の男の口から空気が強制的に漏れ出る。


 身を起こしながら肉の隙間を狙い捩じ込まれたアバカスの右手が男の一番下のあばら骨を掴み取り、男の巨体を掬い持ち上げると、背後にいる二人の男へと頭から叩き落とす。


「オーホーマー騎士団の暗殺術キリングアーツッ⁉︎ 三日月投げクレシエンテかッ⁉︎」


 女の呟きを飲み込んで肉と骨の潰れる音が路地の中を跳ね回る。地面にめり込む男と背後に跳び下がった二人の男から視線を切り、短刀を構える女へとアバカスは顔を向けた。


「……構えやがったな。短刀を逆手に持った腕を下げ半身に構えるその形、見覚えあるぜ、フェランデュオ共和国の騎士だな」

「帝国の滅殺騎士がからんでるとか聞いてねえぞッ‼︎ 適当な仕事をッ‼︎」

「後ろの二人はまた別か? どっかで会ったか? なんて言ったかなあんたら、アレだ、冒険者よりタチの悪い各国の騎士崩れが集まった傭兵集団、お互い苦労するな」

「うるせえ‼︎」


 言葉の荒さとは裏腹に、不用意に突っ込まずにじり寄るように動く残る三つの影。舌打ち混じりに構えようとアバカスも動く。が、足を掴まれた感触。視界が上下反転する。


 蹌踉よろめきながらアバカスの右足を鷲掴みに立ち上がる巨体の男。頭から血を垂らしながらも首を軽く振り、アバカスの体を逆さに吊り上げる。


「……頑丈だな。カゴベイラ騎士団の出身か? 勇猛果敢で有名な、いやぁ? 猪突猛進だったか」

「馬鹿立つな‼︎ その足でどう動く! テメエの体が邪魔だ‼︎」

「握り潰すッ‼︎」

「そりゃ困る」


 掴まれてない左足のつま先を巨体の男の目に向けアバカスは横に擦り、堪らず顔を抑え足を手放した巨漢の男。


 目潰しをした勢いのまま見え反転させ地面に降り立ち、呻く男を前にアバカスは拳は握らず、伸ばし重ね合わせた人差し指と中指を巨漢の男に突き立てる。


 肉体を破壊するのに拳は要らない。骨さえ断てば動けなくなる。骨が細かなパーツの組み合わせによって形成されている以上、ひび割れた卵の殻を剥ぐように、その隙間に異物となる衝撃を突き立て刺し込めばその形の通り後は勝手に割れる。


 面で潰すのではなく線で刺し、割り、ぐ、オーホーマー騎士団暗殺部隊、通称『操り人形マリオネット』の骨を穿つ暗殺術キリングアーツ


 残る足と両椀を砕き、動かなくなった人形のように落ち崩れる男を避けるように左右に分かれる男達。右足で巨漢の男の顎を斜めに蹴り抜き、片方の進路を断ちながら、蹴りの勢いのまま上に跳んだアバカスの左の回し蹴りがもう一人の男の腹部にめり込んだ。


 肋骨のへし折れる音が奏でられ、壁際に吹き飛んだ男は壁に身を預けるように動かなくなる。


 蹴ったと同時に男の体から零れ落ちた短刀を掬い取り、着地と同時に残る男へと投げ放ちアバカスは一人残る女へと振り向いた。


「技はいい、使う奴が優秀ならその価値も上がる。俺は暗殺術の中でも解体術バラしが得意でな、かつての同僚達には引退して肉屋になれとよく皮肉を言われた。思えばそんな道も悪くなかったのかもしれねえが、俺に肉屋は合わねえと思わねえか? 思うだろ? 剣術はそこまで好きじゃなくてな、なぜかと言やあ」

「クソッ! クソがッ‼︎ ハメられたかッ⁉︎」

「おいおい、勝手に自分を不幸側に押し込むなよ。嘆きたいのは俺も同じだぜ。簡単な話、あんたらが俺の事を何も知らないからだ。別に俺は有名人だと言いてえ訳じゃない。無論、全く知らない方が良いんだが、今回は別だ。あんたら誰に」


 ボンッ‼︎ と、アバカスの言葉をさえぎって何かが破裂するような音が路地に響く。舞う鮮血。音を追ってアバカスが振り返った先で、内臓や脳漿のうしょうを飛び散らせ巨漢の男が横たわっている。


「あ、アンタどんな技使って」

「俺じゃねえ」


 顔から表情を滑り落としアバカスが口にした途端、アバカスの目の前で魔力が膨れ上がり、腹部に短刀が突き刺さりへたり込んでいた男が破裂した。


 無理矢理空気を詰め込んだ風船が限界を迎えたかのように、血肉をき散らし、吹き飛んだ短刀がアバカスの横を駆け抜け頬に薄い朱線を引く。それを追うようにもう一人の男もうめき声を絶叫に変えて弾け飛ぶ。


「貴様らそこで何をしている‼︎」


 アバカスの聞き慣れた少女の声が路地の中を突き抜け、傭兵の女が路地に差し込む光を追うように大路の方へと振り返ったところで、四つ目の破裂音が路地に響く音を塗り替える。


 アバカスは頬の小さな切り傷を親指で拭い、怒りの表情から目尻を下げ口端を歪めて剣の柄を握ったまま小刻みに震えるタオに歩み寄り、その肩を軽く叩いて路地を出てすぐの壁に背を預けた。


「各国の騎士崩れを集め暗殺なんかを請け負ってるグスコ傭兵団で間違いねえ。上手いこと騙されたな嬢ちゃん。大丈夫か?」

「大丈夫ってそれはおまえでしょ! だってあんな……ッ‼︎」


 蘇ってきた理性でタオは再び路地の先を見つめ、嘔吐えずき剣を握っていた手で口元を抑えると、アバカスに並ぶように壁に背を預けた。大きな深呼吸を数回繰り返しながら、口元の手を滑り落とす。


「あんなのッ、あんな救いようのない死に方ッ、マトモじゃないッ、マトモじゃないわよッ! 絶対にッ!」

「そうだな。そのおかげで分かったことが二つある」


 言いながらタオの前に二本の指をアバカスは伸ばす。


「一つは、ドランク=アグナスがどう殺されたのか考える必要がなくなった。これが答えだろうよ。直接その場で殺した訳じゃねえ、弾けた瞬間外部から魔力の流れを感じなかったから、多分時限式の魔法との掛け合わせ。俺や嬢ちゃんを殺せようがなかろうが口封じする気満々だったらしい」


 仕事を依頼した時にでも張り付けられたのか、それを相手に気付かせないだけの腕と、正確に魔力器官に仕込む技術。


 誰がドランク=アグナスを殺ったのか定かでないが、手練れも手練れなのは予想通り。そして、仕込むには接触が必要である可能性が高い以上、ドランクに接触できるだろう相手である事も同じ。


 予想外なのは。

 

「二つ目は奴らは俺が暗殺部隊の出身じゃないと知らなかったこと。依頼され殺りに来てるにも関わらず、暗殺対象の重要そうな情報を隠す意味がない。俺の経歴を手にできる上層部からの依頼であるならまずありえねえ」

「なんだと? それは……っ」

「ああ、妙だぜ。依頼者が上層部だとは思えねえが、だとしても騎士団とは無関係だろうな。金さえ積めば誰の依頼でも引き受ける傭兵団を使ったこともそうだが……いやぁ、それは俺が言えたことでもねえか。行くぞ嬢ちゃん」

「行くって……こいつらはどうする⁉︎ いくら殺しに来たのだとしてもこのままは」

「そこら歩いてる騎士にでも後は頼め、そいつらの墓を掘ってやる時間はねえ。下手に捕まって事情聴取なんかで時間掛けたくねえからな」


 返事も聞かずに歩き出すアバカスの姿に頭を抱え、大路を歩いている騎士をタオは見つけると軽く事情を説明し、小さくなってゆくアバカスの背が見えなくなる前にすぐにその後を追う。追い付き文句を言おうと口を開くが、アバカスの言葉に口を塞がれた。


「暗殺者まで送って来るたあ、相手もなりふり構わねえな。ここ最近の俺達の動きを知らなきゃまず無理だし、一度差し向けられたこれは警告なのか、二度目もあるのか。まあ後者だろうぜ。だから時間がねえ。どうしても俺達に追って欲しくねえ奴がいるようだな」

「そんな簡単な話⁉︎ ただでさえ砂漠から呪具を掘り当てるようなろくでもなさそうな話だったけど、実力行使に相手が動き出したなら話が変わる! これこそ団長に」

「変わらねえよ」


 何も変わらない。何をどう訴えたところで、『頑張ってね』とでも返ってくるのが関の山。武力が必要でも、だから騎士を頼っているだけのこと。


 寧ろ、暗殺者が出て来たことを嬉々として喜ぶだろう。それだけ核心に近付いている証拠だ。


「このまま手を引いたとして何が残る? 何も残らねえよ。下手に泥水すすったせいでいつか死ぬかもしれねえと怯えるだけだ。毒を食らわば皿までよ。行けるとこまで行くしかねえ。ってな訳でまずは飯だ。おごれよ嬢ちゃん?」

「飯⁉︎ この期に及んでなんで食事が優先なのよ⁉︎」

「悔いは残したくねえだろう?」


 最後の晩餐ばんさんがいつになるのか分からないから。いよいよ、危険な領域が待っているのを自覚しながら、そこへ足を踏み入れる為に。





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