目が覚めたら乙女ゲーの修羅場エンドでした破ァ!

ゴマフノザラシ

目が覚めたら乙女ゲーの修羅場ルートでした破ァ!

薄暗い部屋、ここにあるのはベッドのみ。

密閉された室内には、甘ったるい香りが漂っています。

どうしてこんなことになってしまったのか。

私には、しっかりと記憶がありました。


この部屋には一つしかない扉が、音を立てずに開きます。

暗い廊下から、見覚えのある青年が入ってきました。


「タイラー……」


入学式で知り合った、とある伯爵家の子息である同い年のタイラー。

美しい鳶色の瞳に、若草色の髪。

優しげで整った顔に、さらには柔和な態度も相まって、学園の中ではかなり人気者でしたわ。

彼の家には他の貴族を十家まとめても敵わないほどの、財力がありました。

そしてそのお金の力を使い、私を誘拐して地下室に監禁したのです。

タイラー…彼にこんな一面があったとは。残念です。


「いい子にしてたかい、アリスティア。いい眺めだ…ああ、僕だけのアリスティア。これからはずっと、ここで僕のことだけを考えて暮らそうね。……アリスティア?どうしたんだい、黙りこくって。ねえ、ティア、返事をして。またお仕置きされたいの?」


「……破ァーー!」


片手を突き出して、思い切り気を放ちました。

部屋の中が真っ白な閃光に満ち、タイラーが扉ごと廊下に吹っ飛びます。


「ぐ、ぐぅ……っ、あ、ティア……?」


「ご機嫌よう」


突然の痛みに喘ぐタイラーを無視して、私は颯爽と廊下を走り出しました。

ありし日の友情を思い出し、胸がちくりと痛みます。

いい友達だと思っていた。

二年生になり、意識が見知らぬ女に乗っ取られるまでは。


タイラーの隠し部屋を出て屋敷を猛然と走る私を、使用人達が必死で止めようとします。

当然でしょう、タイラーが執着している以上に、私は彼の違法行為の証拠。

下級の男爵家といえど、貴族は貴族。

もみ消しは難しい、事情を知っている人たちはそう思うでしょうね。


「お待ちください、お嬢様!」


「逃げ出した場合は、手足を折ってでも止めろと言われております、どうか我々にそんな残酷なことをさせないでください」


行先に、屈強な使用人や騎士が立ちはだかりました。

しかし私にとっては、どうでもいいことです。


「破ぁ!!」


気勢と共に手を突き出すと、廊下に閃光が走りました。ライジング。

男達は何が起こったかも分からずに、ふかふかのカーペットの上に吹っ飛んで気絶しました。

タイラーよりは戦闘力が高いにせよ、所詮は人間。

廃れた神社や、現地の人が指定した禁足地にいる物の怪たちに比べればなんてことありません。

“あの女”に意識を乗っ取られていた三年間、私は血の滲むような修行をしてきたのです。全く自分の意思ではありませんが。


この世界が、いわゆる乙女ゲーでありました。

そして私は、その主人公だったのです。

“あの女”とは、一人のプレイヤーのこと。

この世界に焦がれた彼女は、自らの霊力を使い自身の魂を私の身体に憑依させました。

そして押し出された私の魂は、“あの女”の中へ。

突如日本の女子高生として生きることになった私は、大変に苦労いたしました。

その上彼女が養われていた家は、寺だったのです。

いずれ夫を迎え寺を切り盛りする使命を背負っていた“あの女”の生活は、非常に過酷でした。

一から勉強し直しの学生生活に、夜になると幽霊退治。

仏教では霊の存在を認めていなかったはずですが、とにかく怪奇現象を解決する仕事をしている寺だったのです。

最初はお札や数珠などを使って必死で祟り殺されないよう頑張っていたのですが、三年ほど修行した結果私には超常の力が身についておりました。


「お嬢様、ここは通しませんぞぉ!」


「破ぁ!!」


これのことです。

気を失った執事をぴょんと飛び越え、硬くしまっていた扉を「破ぁ!」で吹っ飛ばし、私はとうとう屋敷の外へと脱出いたしました。

貴族っぽいくせに軽装で飛び出てきた私を、通りすがりの市民達がジロジロと見ていきます。

しかしそれにかまっている暇はありません。

裸足のまま石畳蹴って走り出すと、向かいから馬に乗った騎士がやって来ました。


「アリスティア!どうしたんだこんなところで」


「チャールズ……」


剣術が得意だった、好青年のチャールズ。

燃えるような赤毛に、金色の目。

元は孤児でしたが、身体能力の高さがとある公爵の目に留まり養子になったのです。

努力家の、快男児という感じでしょうか。

彼の容姿もタイラーとは別方向で麗しく、女性には大変モテておりました。

真面目でストイックなチャールズは、集まってくる女の子達に少し困っていたようですが。


「一体今までどこに……?いや、言わなくていい。タイラーのところだろう。俺はずっと奴が怪しいと思ってたんだが、なかなか尻尾を出さなくてな。裸足じゃないか……さあ、馬に乗って」


私の姿を哀れんだチャールズが、ヒョイと黒馬の上に私を抱え上げ乗せてくれます。

横座りする貴婦人用の鞍ではないせいで、スカートから脛があらわになってしまいました。

チャールズが頬を染め、自分の上着を膝にかけてくれます。


「さあ、早く行こう」


私の後ろに乗っているチャールズが、馬の腹にかかとを入れます。

従順な黒馬は心得たように、小気味のいい足音を鳴らしながら歩き始めました。


「……ところで、どこに行くつもりなの?」


「もちろん俺の家だ。大丈夫だアリスティア、もう二度とタイラーのような男に君を渡したりはしない。うちは部屋はいくらでも空いてるから、遠慮なく暮らしてくれ」


「破ぁ!!!!!!」


「ぐうぅ!?」


警備隊か、私の家族に引き渡すべきだった。


角度的にちょっと難しかったですが、背後で不穏なことを語るチャールズを吹き飛ばしました。

石畳に、屈強な男が叩きつけられます。

血は出てないので、死んでないでしょう。

背中で突如起こった暴力(バイオレンス)に驚いた黒馬さんが、驚いて嘶きます。


「ごめんなさいっ」


チャールズが手放した手綱を掴み、馬を宥めます。

少しの間優しく声をかけながら撫でてやると、馬は私を乗せてやってもいいと思ったのか落ち着きを取り戻しました。

さすが騎士の馬、度胸がある。


それにこれなら、裸足でも大丈夫。

通りの向こうに見える塔、神殿に向かって私は走り出しました。

歩道を馬で走るのは危険極まりない行為ですが、今は仕方ありません。

そうこうしている間に、いつまた邪魔が入るのか分からないのです。


ここは、乙女ゲーの世界。

主人公である私には、何人かの相手役がいました。

どの男性もそれぞれに魅力があり、いずれもかなり整った容姿。

それにゲーム的な都合もあり、みんな私に対しては異様に惚れっぽい設定を持っていました。

幼なじみだったり、私にしか明かせない心の闇があったり、趣味が一緒だったり。

正直言って、ゲームの構造を理解していれば、彼らと良い仲になるのは赤子の手をひねるようなものだったでしょう。

だからというべきか、“あの女”はとりあえず全員を攻略したのです。

このゲームには、ハーレムルートは存在しないにも関わらず!


私は日本で学生生活をしながら、彼女の行末をゲーム越しに見ていました。

一つだけプレイしていない間もプレイ時間が加算されていくセーブデータがあり、それを開くと彼女の足跡が見れたのです。

強引にハーレムルートを突き進んだ結果、彼女に訪れたのは修羅場エンドでした。

攻略対象全員が彼女を巡って険悪になった上、思いを拗らせたタイラーに卒業式の直前に誘拐されました。

最終学歴がミドルスクールにされてしまった。

私(あの女)の学生生活、なんだったのでしょうか。学費返せ。


タイラーに監禁され事態が手に負えなくなったことを察した“あの女”は、私の身体を脱出しました。

そうなれば自然と、私の魂は私の身体に戻るわけで。


神殿の鐘が鳴る。

本来なら馬で入ってはいけない門を爆走し、上級神官しか入れない特別な礼拝堂へと乗り入れました。

聖女像の前で、銀髪の神官が祈りを捧げています。

蹄の音を無視しきれなかったらしく、その美しいアメジストの目が私を捉えました。


「アリスティア……?」


「ツェザーリ」


懐かしいツェザーリ。

この神殿の神官長の息子で、学園の祈祷室でいつも聖女に祈っていた。

まだ未熟なのに神殿を継ぐことが決まっているせいで、ずっと思い悩んでいたのよね。


「ああ……僕の祈りが通じたんだね!神よ感謝いたします!」


馬から降りると、ツェザーレが嬉しそうに駆け寄って来ました。

神官が衣服につける清廉な香の匂いが、ふわりと漂います。


「どこにも怪我はない?ああ、本当に帰って来てくれたんだね。僕の聖女……」


「破ぁ!!!」


「うわぁっ」


もはや問答は無用。

なんとなく正気じゃないっぽかったので、とりあえず吹き飛ばしました。

馬で突入した私を追いかけて来た他の神官たちが、その光景を見てにわかに騒ぎ出します。

さっきまでは呆気に取られていたのね。


「い、異教徒だーーー!!!」


「聖騎士隊だ、動くな!」


「次期神官長から離れろ!」


「破ァーーーーーーーーーーー!!!!!」


礼拝堂を閃光が包みます。

その光が収まる頃には、立っているのは私一人だった。


さて。


礼拝堂の聖女像に、掌を向ける。


「破っ!」


白い大理石でできた像が、粉々に砕けました。

胴体であった場所には、光る球が浮いています。

それに手で触れると、周囲の景色が暗転しました。


ここは、ゲームとあの女の世界を繋ぐ間(はざま)の空間。

虚空に向かって手を掲げる。


「破」


真っ暗だった空間に、穴が開きました。

その向こうには、見覚えのある女がぽかんと口を開けて立っていました。

黒髪の、平凡な女。

手には数珠を持っている。どうやら向こうも祈祷中のようね。


「あ、あ、アリスティア!?」


「ご機嫌よう。あなた、とんでもないことをしてくれたわね」


人の肉体を乗っ取って好き放題した上に、どうにもならなくなったからと逃げるなんて。

おかげで私が、どれだけ大変だったか。


「ごめんなさい…!私どうしても、大好きなゲームの中に入りたかったの!」


「この際それはいいわよ、私が怒ってるのは、二回も私に厄介ごとを押し付けたこと」


女が、気まずそうに目をそらす。

本人も自分が何をしたのか、しっかりわかっているのだ。


「自分の現実から逃げて…今度は逃げた先のゲームからも逃げて、情けなくないの?」


「あなたには本当に申し訳ないことをしたわ……でも、私恋愛があんなに怖いものだって知らなかった……」


「これに関しては、あなたの行動が恐怖を引き起こしただけだと思うけどね。一人に定めて付き合っていれば、幸せなエンディングがあったのに。それで、もういいの?」


「もうって?」


「もう、好きでもない男と結婚するのには納得した?」


女が、再び目を逸らした。

私が彼女の肉体で生きていた間、色々わかったことがある。

彼女には昔から決められていた婚約者がおり、そいつが人間的にめちゃくちゃ難があるのだ。

だから女は自分の霊力を使い乙女ゲーに入り込み、肉体の方は私に譲った。


「……嫌だけど、好かれすぎて監禁されるよりはマシ」


「破ぁ!」


閃光は出なかった。

単に言ってみただけだからである。

女は突然の喝にびっくりしたようで、オドオドした状態で私を再び見つめた。


「そんな後ろ向きでどうするの。私の世界をめちゃくちゃにしたんだから、そっちの世界もついでにめちゃくちゃにしなさいよ。できるでしょあなた」


「そんな……私、お父さんには逆らえない……」


「美津子!何を騒いどる!……なんだその亜空間は!」


「あら、ご機嫌よう」


女——美津子の後ろから、彼女の父親が出て来ました。

首にアホみたいに大きい数珠をかけた、除霊業を娘にやらせるイカれた坊主。

彼の登場で、女はますます怯えた風になりました。


「今日は正次くんがお前の顔を見にきてくれとるんだ、さっさと挨拶せんか!」


「ちょり〜す。てかお前、また太った?」


「相変わらず無理ねえ。ねえ美津子、あなた本当にあの男と結婚するの?正気を失ったとは言え、あのイケメンたちを投げ捨てて?」


正次は今年で三十歳。

なんとなく不潔で、まだ未成年だった美津子にも手を出そうとした、最悪の男です。

私はこの男と顔を合わせるのが本当に嫌で、学業以外ではずっと除霊に勤しんでおりましたのよ。

美津子も久々に見た正次に、衝撃を受けているようでした。

正気を失ったとは言えイケメンだった攻略対象たちを見たあとだと、落差がすごいわよね。


「お、お父さん……私、正次さんと結婚したくない!」


「急に何を言っとるんだ!そこの物の怪に誑かされたのか!?」


「お義父さん、美津子を甘やかしすぎなんじゃないですか?どれ、俺がしつけてあげますよ」


正次と父親が、片手をこちらに突き出します。

その構えは、親の顔より見慣れたものでした。


「美津子、手伝うわ」


次元の裂け目から、片手をにゅっと出しました。

美津子もそれで察したのか、追い詰められた表情でうなずきます。

相対する男二人が、気を発する。


「いきますわよ、さん、に、いち」


「破ァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


寺中を、閃光が包みました。

どうでもいいけど、あとで都市伝説か何かにならないかしらこれ。

正次と坊主は悲鳴を上げながら吹っ飛んで、襖を突き破り庭まで達し、玉砂利の上に全身を強かに打ち付けました。

庭を綺麗に整えていた小坊主が、それを見て悲鳴を上げます。


「やっぱり、あなたとっくに父親を超えてたじゃない」


「……知らなかった」


「ゲームの中に入り込むなんて、そこんじょそこらの霊能者じゃできないことなのよ。じゃ、二度と私の身体を乗っ取らないでね」


「うん……アリスティア、ありがとう……」


「ご機嫌よう」


次元の裂け目から腕を引き抜いて、再び光る球に触れます。

これで、元の世界に帰れる。

友人たちの正気が失われたことは辛いですが、私にとってはそれでも元の世界の方がずっと恋しいのです。


「待って、アリスティア!」


「何?」


閉じ始める次元の裂け目から、声がかかります。


「色々、ごめんね!これ、お詫び!!——破ぁーーーーー!!!!!」


閃光が、空間を包みます。

暗転していた世界が元に戻り、教会が、外が、空が真っ白になり——やがて静寂が戻りました。


「いててて……一体何が……あ、アリスティア?」


礼拝堂に転がっていたツェーザレが意識を取り戻しました。

そのアメジストの目には、今までにあった狂気の光がありません。


「驚いた…今のは神託か?」


宗派が多分違いますが。

神官たちが起き上がって、口々にさっきの出来事を語ります。

どうやらここ数十分の記憶がなくなって、とりあえずなぜか世界がすごく光ったという認識になっているようですね。


直感的に、私は美津子の仕業だと理解しました。

美津子はこの世界をいっぺんに除霊し、正常に戻したのです。

やはり美津子の体に入っていた三年しか修行していない私と、生まれて十六歳になるまでずっと寺で修行していた彼女とでは格が違うのね。


寺生まれってすごい。私は改めてそう思った。

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