第55話 白雪姫の第一歩




「昼飯食う前に飲み物買いに行こうぜ」

「おう」



 暑さに耐えながらも緩やかに時は過ぎ昼休み。


 昼休みに入った途端、これまでダウンしていたクラスメイトが「よっしゃ昼休みじゃー!!」と復活するに様子に苦笑いを浮かべつつ晴人は机の椅子から立ち上がる。


 雑談の中で本日晴人が財布を忘れてきたと伝えたところ、渡が購買にある自販機で何か飲み物を買ってくれるらしい。渡から申し出とはいえ、財布を忘れたのは自分の所為なので最初は断っていたのだが「んな気にすんなよ」と強引に押し切られた次第である。



「ん、なんだあれ?」

「さぁ?」



 今度何か奢ってやるかと考えながら廊下に出ると、喧騒とまでもいかないが何やら騒がしい。不思議に思った晴人だったが、どうやら男女問わず多くの生徒が隣の教室の中を覗き込んでいるようだ。一部の女子は羨望の眼差しを、大多数の男子は近くの男子とうんうんと頷き合いながら色めき立っており、どうやら只事ではない様子だった。



「……あぁ、そういうこと」

「どういうことだ?」

「ま、行ってみれば分かるだろ。行こーぜ」



 初めこそ晴人と一緒に首を傾げていた渡だったが、それも一瞬。すぐに得心した表情を浮かべた級友はどことなく悪戯げな顔をしながら晴人の前を歩き出した。



(…………いったいなんなんだ?)



 一教室の中を同級生は勿論学年の違う先輩後輩が見物しにくるというのはとても珍しい光景である。誰かが他校から転校してきた考えもよぎるが、それならば担任が晴人らに周知しているだろうし、その手の話に好奇心旺盛な渡から話を聞かないのも不自然だ。


 となれば可能性としては多くの生徒の注目を浴びるマスコット的存在、ひいては容姿の整ったイケメンや美少女がいることくらいだろう。しかし、わざわざ見に来る程かと言われればそうでもないような気もするが……?


 と、ここまで晴人が考えていたところでふと気付く。



(隣のクラスにイケメンが居るかはわからないが……まぁ美少女はいるよな)



 何故こんなにも見物する生徒がいるのか晴人はようやく合点がいく。暇なのかという周囲に対する呆れと同時に、にとってあの視線はだいぶ窮屈だろうなという心配が上回った。


 晴人はそっと溜息をつくと早足で渡の後に続いた。



「おい晴人、あれ見てみろよ」

「あ? ちょっ……、押すなって———」



 周囲に揉まれながらなんとか前に出る晴人。あからさまにニヤつきながらうきうきとした渡の声音に少しばかり腹立たしさを感じるが、グッと堪えて窓から教室を覗き込む。すると、



「—————————」



 そこには晴人が思い描いた人物である由紀那が居た。普段は人を寄せ付けないクールな雰囲気と見目麗しい容貌から白雪姫と呼ばれている美少女だったが、いつもと違う点が一つ。



「いやはや、流石白雪姫。ウチの高校って結構女子のレベルは高い方なんだが、冬木さんの場合はその中でも群を抜いてるよな」

「まぁ……そうだな」

「ブレザー姿も綺麗だったが、ワイシャツの半袖姿もこの上なく目を引くなぁ。そりゃ見物人も多いワケだ」



 渡はそう言って「ま、まぁ俺は夏菜が一番だけどなガハハー!」とあっけらかんとした笑みを浮かべる。隣に晴人がいることを思い出してか、夏菜に告げ口されないようになんとか取り繕おうとしているが……そこまで神経質にならなくて良いだろうにと、そっと心の中で溜息をついた。


 改めて意識を教室の中に向ける。



(確かに、あそこだけ美術館のスポットライトが照らされた彫刻みたいになってる。一緒にいる機会が増えたとはいえ、やっぱり綺麗だな。由紀那は)



 ———そう。由紀那を含めた女子全員、衣替えを経た事でこれまでの制服とは異なり露出度が上がっているのだ。彼女の美少女っぷりは相変わらず健在だが、渡の言う通り群を抜いているのも頷ける。実際にそんな白雪姫を一目見ようとこうして野次馬が出来ているのが証拠だろう。


 クールで凛とした雰囲気に加えて端正な顔立ち。ピンと伸ばした背筋にポニーテールに纏められた濡れ羽色の長髪はよく似合っており、半袖のワイシャツから覗く由紀那の乳白色のうなじや腕はとても扇情的に見えた。


 近寄り難い雰囲気があるとはいえ、現在由紀那の周囲には誰もいない。だが遠巻きに教室内の生徒が彼女へ視線をチラチラと送っている様子が伺える。中には頬を赤らめている生徒がいることから、夏服姿の白雪姫は相当破壊力があるのだろう。以前彼女は自分が嫌われていると口にしたことがあったが、やはりクラスメイトの様子を見てみる限り決してそんなことはないようだった。


 そんな彼女は両手を合わせてお弁当を食べようとしていた。



「さて、冬木さんの夏服姿も堪能したことだしそろそろ行こうか。絶景絶景」

「なんかその言い方爺さんっぽいな。あぁ変態だったなごめんな?」

「はぁー? 勝手に決めつけないでくれますぅ!? つーかみんな変態なんですぅー!!」

「巻き込むな」



 それはさておき、そろそろこの場を離れるのは晴人も賛成である。あまり不特定多数の生徒に注目されるのは人見知りな由紀那にとって負担だろう。自分に置き換えて想像してみるとあまり気持ちの良いものではない。そう思い渡と一緒にこの場を去ろうとしたのだが、ふと彼女がこちらへ振り向いた。



「あ、冬木さんこっち見た。……因みに声を掛けるのは駄目な感じ?」

「色んな意味で死人が出るぞ」

「あははーじゃあやめておこう」



 由紀那が自分を眺める多数の視線を認識した瞬間、ぴしりと身体を硬直させた。相変わらずの無表情だったが、その瞳の奥には驚愕の色が浮かんでいる。繊細な彼女のことなのでこれまで自分に向けられる視線に気が付かなかったということはないだろうが、そわそわした雰囲気から鑑みるに心から驚いているようだ。


 どうして、という疑問が頭を過ぎるも、次の渡の言葉で氷解した。



「…………なぁ、冬木さんお前のこと見てねぇ?」

「気の所為、じゃないよなぁ……」

「結構がっつりガン見してるぞ」



 こそこそと渡が言う通り、由紀那は表情を強張らせながら晴人をじっと見つめていた。


 まず彼女が望んだものではないにしろ、この周囲の視線はきっと日常茶飯事なのだろう。視線の多さに驚いたというよりも、もし自意識過剰でなければ晴人が自らを見ていることに驚いていると言うべきか。


 もし。もし、そうなのだとしたら。



(……………〜〜〜〜〜っ)



 ふと晴人は加速しそうになる思考を強引に中断させる。それはつまり、由紀那の中で晴人の存在感がそれなりにあるという訳で。


 思わず気恥ずかしくなった晴人は、緩みそうになる口元を抑えつつなんとか言葉を紡ぐ。



「……そんな驚かなくても良いだろうに」

「なんのこ———え、あれ驚いてんの? 俺には無表情にしか見えねぇんだけど」

「案外わかりやすいぞ。意外に感情豊かだし」

「いや多分お前だけだぞ」



 渡から神妙な面持ちでそのように突っ込まれてしまったが、まずこの状況をどうしようかと晴人は思案する。


 未だ由紀那はこちらへ視線を送っている一方、晴人らと一緒になって廊下にいる生徒たちは『やばいやばい白雪姫こっち見てる!』『わっわっ、どうしよどうしよ!』『おっふ』と終始落ち着かない様子を見せていた。


 あっちもそわそわこっちもそわそわと不思議な空間が出来ていたが、まさかクールで人を寄せ付けない雰囲気を身に纏う白雪姫が晴人に見られているだけでそわそわしているなどみんなが知る由もない。


 さて、と晴人が言葉を切る。



「ここからどうするんだ、由紀那……?」



 思わず晴人が小声で呟くがそれもその筈。現時点でたまたま視界に入ったからチラ見しましたよ、という時間を当に超しているのだ。その時間約一分と少し。


 晴人の方から小さく手を振るなどのアクションを仕掛けるのもありだが、人見知りな彼女に対して僅かでも目立つ行動は避けるべきだろう。それを好まないのは知っているし、不特定多数による珍しいものを見るような視線は彼女にとって酷だ。



(それに、この場面はきっと……)



 きっと、由紀那自身が勇気を出す場面である。感情を表に出せない彼女が、自分を好きになれるように。晴人はそんな彼女の姿勢を尊重してあげたい。


 勿論、もし失敗して躓いてしまったとしても晴人は全力でサポートする所存である。いざという時には『高校徘徊魔』等の異名を駆使してこの廊下に留まる見物人を散らすことを視野に入れておこうと決意を固めた。



(大丈夫。俺は由紀那の味方だから)



 だから頑張れ、と由紀那へ視線を送ると、切れ長の瞳を瞬かせた彼女は無表情ながらもハッとしたような表情を窺わせる。


 そして、軽く息を整え、優雅に手をひらひらとこちらに振ると———。



「———ごきげんよう、皆サンバ」



 白雪姫として勇気を出した第一歩は、落ち着いた声音ながらも心なしか弾んでいた。


 この場にいる全員が呆ける中、思わず晴人が頭を抱えたのは言うまでも無い。

















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更新大変遅れてしまい申し訳ありませんっ!!!!!!!!(全力土下座)


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