第4話 カフェ&レストラン『デ・ネーヴェ』




 ―――扉を開くと、そこには一つの『世界』があった。


 何本もの電球色の照明で照らされた店内。ゆったりとしたレトロな雰囲気に合わせて流れるクラシックBGM。おしゃれなカフェカウンターには椅子が並べられており、案外この広い店内には家族連れも訪れる事も多いのだろうか、五、六人食卓を並べることも出来るダイニングテーブルも等間隔に並べられていた。


 この光景はまるで、どんなお客様でもリラックスしてそれぞれの『日常』を過ごせるようにという願いが込められているかのよう。



「いらっしゃいませ~。おひとり様でよろしいですか~?」

「っえ、あ、はい」

「それでは只今準備致しますので、少々お待ち下さい~」



 呆けながら店内を眺めていたので、突如声を掛けられた晴人は動揺してしまう。店員であろう茶髪のポニーテールを揺らしながら柔和な笑みを浮かべた女性は、間延びした声でそう話すと、すぐさま焦げ茶のエプロンを揺らしてタタタッと軽やかな小走りで去って行ってしまった。


 暫し入り口の近くで待つと共に、手持ち無沙汰なので周囲を見渡す。


 店内に視線を巡らす限り、この『デ・ネーヴェ』を訪れた客で賑わっているのが分かる。薄い水色のワイシャツのような制服を着た店員さんも忙しそうに店内を駆け回っているものの、その表情には隠し切れない笑みが浮かんでいた。


 カウンターの奥には仕切りがあるので良く見えないが、どうやら奥は厨房になっているようだ。カウンターとホールにはそれぞれ一人ずつ従業員が配置されており、きっと厨房の方にも同様の数の人員が割かれているのだろう。


 大変だな、と思いつつ、こんな忙しい時に来て申し訳ないな、と若干やるせない気持ちになりながら溜息を吐く。



「お待たせ致しました~。それではお席の方までご案内させていただきます~」

「あ、はい。お願いします」



 先程の間延びした口調が特徴的な女性店員を先頭に歩みを進める。そうして案内された席は店内の奥の方に位置する窓際の席だった。


 すっと椅子を引いて座る。窓を覗くとそこには緑に囲まれた何の変哲も無い唯の納屋なやがあった。普通ならば何かしらの絶景とか最高のロケーションを期待してしまうところなのだが、田舎っぽさを強調しつつも、自然的な雰囲気を醸し出すこの光景にどこか安心してしまう。



「ここの席、ちょうど陽の光が当たるので~、ぽかぽかして気持ち良いんですよね~。あ、こちらメニューとお冷です~」

「確かにそうですね。ありがとうございます。……うわぁ、結構種類が豊富ですね」



 軽くページを捲るだけでもサラダ、スープ、肉類、パスタ、ピザ、ドリア、デザートといったイタリア系の料理が写真と共にずらりと並んでいた。加えてセットメニューやランチセットなどの字面も見えたので組み合わせ次第では客が十分に満足出来るサービスといってもいいだろう。


 おまけにどれも高校生の懐でも優しい価格設定である。正直に言えばカフェレストランという立派な外見だけあってコーヒー一杯千円とか、サンドイッチセット何千円など必要経費として覚悟していたのだが、どうやらそんな心配も杞憂だったみたいだ。


 せめて帰りの電車代が帰ってこなければ目も当てられないからな、と所持金五千円を大事に懐に忍ばせてる晴人はほっと一息をつく。



「因みにここのオススメってなんですか?」

「全部です~」

「いや全部って……」

「うふふ、冗談です~。どれも美味しいのは本当ですが、そうですね~。私のお気に入りですと、半熟卵のチーズドリアとアンチョビサラダのセットがオススメです~。あ、あとこのお店の自家製イタリアンプリンも絶品で、私はもちろん、よく食後のデザートとして食べられるお客様も多いですね~」



 料理の説明をしている間に思い出したのか、そのおっとりとした女性店員の表情はにへらと擬音が付きそうなほど蕩けていた。入店してから薄々感づいていたが、どうやら彼女は口調と表情から察するにマイペースな性格らしい。


 とはいえ彼女の私情を交えた料理に関する説明を聞いていたらますますお腹がすいてきた。とろりと溢れた半熟卵の黄身が熱々のチーズドリアと絡まる光景とそのベシャメルソースとチーズの濃厚な味わいを想像すると思わず喉が鳴る。それにアンチョビサラダなんてオシャレな食べ物はこれまで一度も食べたことが無いが、きっと一般家庭では味わえない、大人な味がするのだろう。


 それに注目するべきはイタリアンプリン。甘い物もイケる晴人にとって自家製という特別感あふれるデザートを食べないなど言語道断なのであった。



「じゃあそれでお願いします」

「毎度あり~。あ、お飲み物はどうします~?」

「えーっと、ウーロン茶で」

「かしこまりました~。キンキンに冷えたの持ってきますね~」



 掴み所の無い雰囲気、というのだろうか。ぽわぽわした彼女は注文内容を聞いてぺこりと頭を下げるとそのまま厨房に繋がっているカウンターへと去って行ってしまった。


 間もなくしてグラスの中に氷がたくさん入ったウーロン茶がストローと共に最初に運ばれてくる。もう暫く待ってて下さいね~、と言う彼女を見送りながらグラスから直接一口、二口とウーロン茶を喉へ流し込むとやけに冷たくて美味しい。身体中に染み渡る感覚を覚えながらあっという間に全て飲み干すと、晴人はホッと一息をついた。



(ふぅ、冷たいのは気持ちいいな)



 歩き詰めだったのできっと身体に疲労が蓄積していたに違いない。本来であれば水分補給は常温がベストで冷たい飲み物の一気飲みは控えるべきなのだろうが、そんな正論は喉の渇きの前では無力という事実を改めて知る晴人だった。




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