第9話 その女はすべてを告白する


 部屋に通された俺は、腰を落ち着けると説明もそこそこに本題を切り出した。


「私の助手に何をしました?」


 逸美はペットボトルのお茶をコップに注ぐと「すみません、少し怖がらせてしまいました」と」言った。


「怖がらせた?」


「いきなり「顔なし女」の話などをされるものですから、好奇心で近づくと怖い思いをしますよ、と警告したのです」


 逸美は突然現れた男の不躾な問いかけにも一切、動じることはなかった。


「何をしたんです?」


「スナックでお会いした時は、薬で眠ってもらいました。ここにいらした時は……」


「『顔なし女』の格好で脅し、その上、吸血鬼に襲われたかのような傷をつけた、そうですね?」


「はい。吸血鬼の噛み痕は『顔なし女』の首筋にあったものを真似てつけました」


「……ということは『顔なし女』に会ったことがあると?」


「ええ。私を殺害する方法の打ち合わせをしました」


 俺は愕然とした。よもや自分が『標的』であるということを、こうもあっさりと認めるとは。


「あなたは『コーディネイター』に自分を殺害してくれる人間を紹介するよう、依頼した。そして『顔なし女』を紹介された……そういうことですか?」


「そうです。『顔なし女』の素性は私も知りません。吸血鬼に血を吸われた結果、殺人衝動に目覚めた人間だとしか……」


「今も契約は継続中だということですか」


 俺が核心に切り込むと、逸見は不可解な笑みを浮かべて見せた。


「そうかもしれません。事件が起こるのを防ぐというのなら、ご自由になさって結構です」


 俺は逸美の不敵な態度に、これは挑戦だなと直感した。


「監視されてもかまわない、そういうことですね」


「そうですね。『顔なし女』からも別に口止めはされていませんので」


「うちの助手の身体は大丈夫なんでしょうね、その……」


「血を吸われたことで殺人鬼になるんじゃないかってことですか?それなら心配はありません。あの傷は吸血鬼を真似て針でつけたもので、後遺症などはありません。傷害だと言われればそうかもしれませんが」


「それを聞いて安心しました。もし、あなたが『顔なし女』』に襲われているところを見かけたら、阻止させていただきますよ。いいですね?」


「どうぞご自由に」


 終始、落ち着き払った態度を崩さない逸美に自分のペースを崩された俺は、釈然としない思いを抱きつつマンションを後にした。


「どうだった?首尾は」


「予想通りだ。殺害依頼の件も、すべて肯定したよ。あとは監視を続けるだけだ」


 ほのかは俺の報告に絶句しつつ、「よほど自信があるんでしょうね」と言った。


 本来ならこのあたりで手を引くべきなのだろうが、俺も意地になりつつあった。


 こんな異常な人間ばかりの狂った芝居に、いつまでも付き合ってはいられない。

 

 ーー気の毒だが『顔なし女』は警察に、逸美は病院にでも言ってもらうしかない。


 俺は次の段取りを準備するため、いったんマンションの前から立ち去ることにした。

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