第5話 血を吸う者、そして闇を追う者


「吸血鬼の伝承は世界中にありますが、その多くはゾンビと同じで甦った死者とされています。……が、私が研究している吸血鬼は死者ではありません」


 オカルトめいた研究対象とは裏腹の、極度に整理された研究室で万象は言った。


「……ということはやはり生きた吸血鬼がこの社会にいると?」


「ええ。その実在を確かめるのがわたしの仕事だと思っています」


 俺は隣にいるほのかの表情を盗み見た。好奇心に満ちた瞳で万象の話に聞き入るほのかを見て、俺は本件が通常の事件からどんどん遠ざかってゆくのを感じた。


「で、『顔なし女』と吸血鬼との関係は?」


「私が思うに、『顔なし女』は私が追っている四人の吸血鬼被害者のもう一つの姿です」


「四人?」


「この二年ほどの間に、女性が吸血鬼に襲われたと思われる事件が四件ほどあったのです」


「ふうん。そんな話は見たことも聞いたこともないが……単なる噂じゃあないんですか」


 俺が質すと、万象はとんでもないというように首を振った。


「被害者とかかわりのあった人たちに聞き取りを行った限りでは、いずれも現実の事件と確信しているとのことでした。つまり血を吸われた人間は確かに存在していたのです」


「だが、必ずしも吸血鬼になったわけじゃあない。……そうですね?」


「ええ。彼らは被害にあった後、一様に精神を病んでいます。そしてしばらくすると消息を絶ち、ほどなくして彼らの生活圏内で『顔なし女』が目撃されるようになるのです」


「では例の猟奇殺人もやはり『顔なし女』、つまり血を吸われた人間たちの仕業だと?」


 俺が核心に切り込むと万象は「少なくとも私はそう思っています」と言った。


「彼らは人気のない場所で何者かに襲われているのですが、相手の姿に関する証言が無く、まるで幽霊に襲われたようだと口をそろえているそうです。

 被害者は首筋に突然、痛みを感じて意識を失い、気がつくと身体に牙の後を思わせる小さな傷が残されていたそうです。……もっとも、実際に血を吸い取られたかどうかは定かではありませんが」


「なるほど。血を吸われると殺人鬼になる……という現象があり得るのかどうかはさておき、被害者の血を吸った人間は何者なんでしょう。それこそ本物の吸血鬼がいるとでも?」


「いい質問です。私は蚊などのような生物は別として、血液を主な栄養源とする人間はいないと思っています。いるとすれば、何らかの精神疾患か何かで血を吸わずにはいられない性癖を持った人物でしょう」


「なるほど、それなら連続殺人鬼と通じるものがありますね」


「私はある種の習俗、または遺伝病のような物ではないかと睨んでいます。人間の血を吸う、あるいは組織の一部を食することで、体質に病的な変化が現れることがあるのです」


「ウィルスとか異常な遺伝子とか、そういう類の物ですか」


「そうです。さもなくば狂犬病、狂牛病といった疾患に罹患した人間や、そうした特殊な遺伝形質を受け継いでいる人間……それが吸血鬼の正体だと思っています」


「なるほど、お話はわかりました。もしその吸血鬼に襲われた四人に関する情報が入ったら、お教え願えますか」


「いいでしょう。私も彼らの存在を突き止め、実際に会って話を聞くことを希望しています。彼らの口から「自分は殺人鬼ではない」と聞くことができたら、連絡を差し上げましょう」


「その逆だった場合は?」


 俺は万象の感情が読み取れない瞳を覗きこんだ。彼には俺に協力する義務はないのだ。


「同じですよ。彼らが「自分が連続殺人事件の犯人だ」と告白した場合も、連絡を差し上げます」


「それを聞いて安心しました」


 俺は万象に礼を述べ、握手を求めた。渇いた冷たい手に握り返されながら、俺は果たしこの風変わりな協力者は、捜査の味方になったと捉えるべきなのだろうか、と自問した。



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