第4話 殺人鬼は古城にたたずむ


「稲森仁美の殺害状況はこうだ。人目のないビル裏の路地で心臓を刺され、脳の一部をえぐられて放置されていた。犯行はおびき出す時間も含め一時間って所らしい」


 俺はほのかとアジト代わりにしている喫茶店で作戦会議を始めた。


「『顔なし女』が名前の通り女性だったとしても、実行に移すのはかなりの度胸が言ったに違いない」


「脳の一部って、どのあたりなのかしら」


「偏桃体という部位で、物事の好き嫌いをつかさどる部分らしい」


「何かのカムフラージュにしては奇妙よね」


「ああ。そしてそれに輪をかけて奇妙なのは、犯行現場にけったいな遺留物があったってことだ」


「遺留物?」


「遺体の近くに、ちょっとした焚火くらいの量の灰が残っていたというんだ」


「灰?焼き殺したわけでもないのに、変ね」


「まあ、わかっていることと言えばそのくらいだな。これじゃあ捜査のしようもない」


「例の『コーディネイター』っていう人物については何かわかった?」


「残念ながら麗華の話にあったようなサイトは見つからなかったよ。が、『コーディネイター』の名を聞いたことがあるという人間は少なからずいた。知人の知人が自殺ほう助サイトにアクセスし、『コーディネイター』と契約して殺されたらしいってまことしやかに語る書き込みをいくつか見たよ」


 俺が書き込みの表示された画面を見せると、ほのかは「本当かしらね」と軽く流した。


「ところで『顔なし女』の件だけど、ちょっと面白い話を小耳にはさんだわ。うちの学校の子が言ってたんだけど、『顔なし女』の正体は吸血鬼だっていう噂があるらしいの」


「吸血鬼だって?そりゃまたえらく唐突だな」


「正確に言うと吸血鬼に血を吸われた被害者、かな。身体に牙のような痕をつけられて意識を失った女性が、入院先の病院から脱走して殺人鬼になったっていうの」


「そりゃどういうことだい。吸血鬼になるならともかく、連続殺人鬼になるなんて」


「それは私にもわからないわ。ただ吸血鬼なら、死んで灰になってもおかしくないでしょ」


 俺は無言で肩をすくめた。確かに興味深い話だが、都市伝説の域を出ない気もする。


「あ、それと『顔なし女』の次の標的の噂も出てるみたい。なんでも結婚したての主婦で、元教師だって。実際にそう言うメッセージがあったのか、ただの創作かは知らないけど」


 ほのかは一気に語り終えると、ハーブティーを啜った。この程度の情報収集では、聞きこみすらおぼつかない。俺がげんなりしていると突然、ほのかが「そうそう」と言った。


「うちの大学に、ちょっと面白い教授がいるの。吸血鬼とかに詳しくて、『顔なし女』にも興味があるみたい。……ちょっと会ってみない?」


「大学教授と、俺がか?」


 いいじゃない、と頷くほのかを前に、俺は無言で降参だという仕草をして見せた。


 やれやれ、なんだか連続殺人の捜査らしからぬ、おかしな雲行きになってきたようだ。


                  ※


 ほのかが通う大学は、名前を聞けば「ああ、あの難しい」と誰もが口を揃える学校だった。


 緑の多いキャンパスを案内されるまま進んで行くと、古めかしい研究棟に混じって小奇麗なカフェテラスが姿を現した。


「いきなり研究室を訪ねていってもいいけど、ここで罠を張って待ちましょう」


 ほのかは不敵な言葉を口にすると、食事中の学生たちに混じって奥の席に陣取った。


 これからコンタクトを取る人物は万象鉄魅という男性教授で、かなりの変わり者らしい。


「で?その吸血鬼に詳しい先生とやらは、捜査にどういう進展をもたらしてくれるんだ?」


 俺が皮肉まじりに質すと、ほのかは「さあ、会ってみないとわからないわ」としれっととぼけてみせた。


 やがて昼時が過ぎ、学生たちの姿がまばらになり始めたころ、個性的な風貌の人物が入り口から現れた。オーダーメイドらしいスーツを隙なく着こなし、天然の石を彫ったようないかめしい顔つきの中年男性だった。


「あれが万象先生よ。裏メニューの『トマトガーリックリゾット』をオーダーしに来るの」


 ほのかが囁き、俺は名物教授の挙動を注視し始めた。万象は厨房の調理人に何やら短く告げると、料理の乗ったトレーを受け取ってこちらを向いた。


「来るわよ」


 まるで動物でも生け捕りにするかのような口調でほのかが言うと、予言通り万象が俺たちのいるテーブルにやってきた。


「こんにちは、万象先生」


 ほのかが声をかけると、彫像のような万象の顔に変化が現れた。


「君は……ああ、そうだ。この前、そこのステージでバイオリンを弾いていた子だな?」


 万象は物憂い口調とは裏腹に、鋭い眼光でほのかを見た。


「そうです。覚えていて頂いて光栄です、先生。……実は先生に紹介させてほしい方がいるんですけど、いいですか?」


「私に?」


「ええ、この方です。職業は探偵……かな?」


 ほのかのリードを受け、俺は普段はこしらえない営業用の顔で「木羽といいます。探偵をしています」と自己紹介をした。


「探偵さんですか……私にどんな御用がおありで?」


「ほのか君によると、何でも先生は吸血鬼にお詳しいとか?実は、私が追っている連続殺人事件の犯人が吸血鬼らしいという噂があるんです」


 俺が水を向けると、万象は「ああ、あの事件ですか」と言ってリゾットを口に運んだ。


「何人かの学生が、吸血鬼に血を吸われた女が『顔なし女』だ、などと言う物で気にはなっていました」


「どう思われます?」


「ありえなくはないと思います」


 俺は絶句した。大学の教授ともあろう人物が、犯人は吸血鬼だなどと真顔で言おうとは。


「……ただしこの説に説得力を持たせるには、まず吸血鬼とその被害者が実在するという証拠を揃えなくてはなりません」


「できるんですか、そんなことが」


 俺がいくぶん、からかいを含んだ口調で尋ねると、万象は急に難しい表情になった。


「できたら、どうします?警察に犯人は吸血鬼だと告発しますか」


 万象の挑戦的な物言いに、俺は躊躇なく口を開いた。


「しますよ。吸血鬼だろうがなんだろうが、本当に人殺しだったらね」

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