死に戦

  俺の治療はいささか何ともいえない空気感の中で行われた。それも当然だろう。かつて縁は切ったはずの仲間がこうして助けを求めているんだ。いい気分な訳ない。

「……かなり深い傷だ。しばらく安静にしてないといけない」

マルセイが応急処置を取ってくれたは良いものの、どうやら俺の負った傷は想像以上の物らしい。このまま安静にしていては、あれの足止めが出来なくなってしまう。勿論無事討伐してくれるのが一番理想的だが、あんな巨体をたった一人で倒すのは正直絶望的だろう。俺はよろけながらも立ち上がった。

「……悪いなマルセイ。とても安静に出来そうな状況じゃない。俺は行かなきゃならないんだ。あの化け物の元に」

マルセイは眉間にシワを寄せ、ため息をついた。その行動が今では懐かしく思える。

「馬鹿な事を言うんじゃない。君はもういつかの勇者じゃないんだ。そしてもう、英雄でもない。行く必要はないだろう」

「いや、ある。俺は最後の最後まで抗って見せると決めた。まだ動ける。大丈夫さ」

「死ぬぞ。今度は間違いなく。こんな傷を負ってなお戦うのは無謀だ。負け戦とさして変わらない」

「違う。負けじゃない。俺が死んでも、他の誰かが倒してくれる。それこそ勇者がきっとね。だから、この戦いは人類が勝つまで続くんだ。まあ俺にとっては負け戦かもしれないけどさ。でも、俺にとってこれは死に行く戦だ。死に戦、とでも呼んだ方が都合が良い」

俺がそう言うと、マルセイは落胆の顔を浮かべ、今までにない程深い、深いため息をついた。それほど俺の死が悲しいのだろうか?――いや、無いな。


 俺が剣を拾い、身だしなみを整えていると、カレロナは急に思い出したかのようにこう言った。

「ねえ、私たちも一緒に行けば良いじゃない。そうすれば――」

「それは駄目だ」

カレロナは少し驚いた表情を見せた後、眉を下げ、俺に理由を聞いた。

「約束を果たすのは俺だけで良い。俺が勝手に言った事なんだから、俺が責任を取らなきゃ行けないんだ」

カレロナはまだ不服そうな顔をしていたが、なんと言っても無駄だと知っているのだろう。これ以上は何も言わなかった。

「……まあ行ってくるよ。元より生きても意味ない生なんだ。安心してくれ」

俺はそう言い搭の出口に向かう。その時――


 「待ってよ」

またカレロナが俺を呼び止めた。

「どうした?カレロナ」

彼女はじっと俺を見つめている。その目にはどんな感情が籠っているのだろうか?怒り、喜び、悲しみ、憎しみ……何も読み取れない自分が、どこまでも恥ずかしかった。

「……絶対死んで来ないで。まだ言いたいことが、沢山あるんだから」

「……分かった。楽しみにしてるよ」

そう言い俺は塔を出て、遠目にも見える赤い竜の元へ走った。さっきのカレロナの顔を思い浮かべる。――生きて帰るのも、良いかも知れない。彼女の少し見せた笑顔のその真意を、帰ったら確かめなければ。もっとも、帰ることが出来たらの話だが――。



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