力を

 目の前に投げ捨てられた剣を手に取る。只の鉄の剣だ。何一つ、仕掛けもからくりもない普通の剣。それなのに、そのはずなのに何故、こうも剣が重く感じるのだろう。

「……早く、構えろよ」

勇者は常に殺気を放っている。震えながらようやく剣を持ち、そして荒い呼吸のまま構え、その凛々しい顔を見据えた。余りにも全うで、純粋な生を送ってきたのだろう。

――いや、俺もそうだったか……。


 先に攻撃を仕掛けたのは相手だった。素早く剣を動かし、胴を目掛けて突いてきた。咄嗟に後ろへ避ける。早さも、そして恐らく力も段違いだ。これがきっと負け戦と言う奴なのだろう。勇者は早くも次の攻撃を仕掛けようとしている。俺が体制を戻そうとしている瞬間。後ろに避けてしまったのは悪手だと気付いた。何故なら彼の手には黄色く光る閃光が見えたからだ。

「ぐうっ……」

鋭い痛みが全身を覆い、足腰を立たせなくした。魔法だ。それはまるで雷のように速く、胴体を貫通するかのような痛みを伴う、電気の魔法だった。しばらく倒れ、呻き、そして顔を上げればそこにはぎらりと光る剣が目と鼻の先にある。もう、終わりだ。

「ふふっ。ああ……ああ、懐かしい物だ」

なんとも情けない声を上げ、震えながら彼の顔を見る。彼は依然として厳つい眼光を寄越てくる。果てまで俺を信用していない眼だ。

「何が面白い」

「君のその顔も、剣技も、魔法も、全てが懐かしかった。俺も、君ほど純粋なままでいればな、こんな事には、ならなかった……。絶望の、諦めの笑いだよ」

最初から間違っていた。気付いていたんだ。最初から、俺の生は終わりを迎えていたんだ。目の前が歪み、頬に冷たい物が伝わるのを感じる。

「下らない事を言うな。お前が殺した人を、お前は覚えていない。そんな事があるか?」

……さあ、延命もほぼ無意味だった。

「俺の父や、母や、友を、全て奪っていった。お前が、のうのうと生きてるだけで、虫酸が走るんだ」

終わりに、終わりにしてくれ。

「早く、首を切るがいいさ。元々居てはならない存在なんだ。そうだろう?」

首を下げ、覚悟を決めた。しかし、いつまで経っても剣が空を切る音は聞こえない。

「……立て、剣を持て」

勇者は意外な一言を口にした。

「何の抵抗も無く殺すのは、気に入らない。何でも良いから剣の一振りでもしてみろ」

本当に、年下とは思えない。出来た人、とでも言うのだろうか。彼をここまで追い詰めた俺を、俺はどこまでも憎むだろう。俺は立ち上がり、剣を持ち、こう言った。

「君は、本当の勇者だ」

戦いの第二回戦目が始まろうとしていた。




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