追われる夜

 「良かったら私の家に来なさい。悪いようにはしない」

月夜に微かな風が吹き、神父の服をたなびかせた。どこもかしこもおかしいこの集団には少しでも気を許しては行けない。さっきの出来事や、今の状況からそう判断した。

「……いえ、結構です。もう遅いので」

「構わずに。むしろ来てもらわないと困る。……そうじゃなきゃ、貴女を染め上げる事が出来なくなってしまいますから」

馬鹿らしい。こんなに堂々と宣言しちゃうなんて、よっぽど自信があるのね。殺気を放って神父がじりじりと近付いてくる。ここでならこいつを殺しても誰にも見つからなさそうだけど……やっぱりディスペアのようにはなりたくない。ここは逃げるが勝ち、ね。


 体を戻し、その瞬間急いで走った。どこに戻れば良いか分からないけれど、とりあえず奴等を撒くのが先決ね。

「くそっ……お前ら。あの女を追うのです。これは私の命令だ!」

まるで操り人形のように、声に反応して信者たちは私の後を追う。今が夜で良かった。丁度私の服も、夜の色なのよね……。


 「はあ…はあ…はあ……」

流石に、ここまでくれば、信者たちも来ないでしょ……。私は安心して壁にもたれかかり、腰をおろす。――さて、どうするべきか。マルセイの元に戻る方法が検討もつかない。大人しくここで待っていた方が良いのかも……。するとその時、


 「……ようやく見つけましたよ」

ついさっき聞いた、あの神父の声が聞こえる。横を見ると、神父は変化なく佇んでいた。血相一つ変えずに、穏やかな口調でこう言った。

「すいません。先程は乱暴でした。ですが、貴女に帰る元がないのは確かな様ですね。どうでしょう。温情だと思って受け取って貰えませんでしょうか?」

ちっとも気が許せない。何かにこじつけて私を連れ去ろうと……。

「ほら、行きましょう」

「止めて下さい」

差し伸べられた手を振り払う。すると面白い事に神父の顔が醜く歪んだ。

「私の手を振り払う……?信じられませんねえ。許せないですよ。貴女みたいな人は!」

目を大きくかっぴらいて私を見据える。ついに闘わないといけない時が来てしまった。できれば殺したくはないけど――。


「おーい。カレロナー。どこだー」

遠くからマルセイの声が聞こえた。光の玉が遠くでも見える。

「すいません。私の迎えが来たようですので、ここで……」

神父は服装を正し、大層真面目な顔になって、静かに

「……チッ」

っと舌打ちをして帰っていった。

「あ!カレロナ。そんな所に居たのか。じっとしていてくれよ。前来た時は居なかったからてっきりここには居ないのかと……」

何も知らないマルセイが私にそう言う。その時の私の顔は自然としかめっ面になっていただろう。でも迎えが来てくれた事に喜びと安心を覚え、私の顔は綻んだ。

「……もうちょっと早く来てよ。折角大事な情報を持ってきたのに……」

「本当かい!?てっきり拗ねてぐずってるのかと思ったよ」

「教えてあげないわよ……?」

「待ってくれ、冗談だ――」

マルセイと肩を並べて歩く。その道中さっきあった事件の経緯やらなんやらを一から説明したけど、結局マルセイに一言「怖かった」とだけ言う勇気は出なかった。



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