魔法撲滅教会

 何も説明されず外に放り出され、何をするまでもなく街の中を歩いていた。

「……暇だなあ」

心の中でそう呟く。改めて街を見ても、誰も一切睨み顔を見せず、皆幸せそうな顔をしていた。まるで二つの勢力が争ってるとは思えないほどの平和さ。もしかしたら誰も興味なんてないのかもね。私みたいに何も知らず、何も思ってない人が殆どなんでしょ。


 そして適当に気の向くまま歩いていた矢先、いつのまにか小さな路地に入ってしまった。引き返そうとした時、目に入ったのは一枚の張り紙だった。

[魔法を無き物に!皆でこの国に魔法を無くしましょう! 魔法撲滅教会]

こんなに堂々と宣言しているのね……。と言うよりこんな所に張って誰が入るの?やっぱり知名度は両者ともにないみたいね。これは泥試合の予感……。さて、入って見てみようかしら。いや、急に入ったら怪しまれるかも……。でもここで調査しない選択肢はないし。一体どうすれば……。


「もし、どうしましたか」

優しげな声であっても、急にとなると人は反応してしまうものだ。

「誰っ……!」

 後ろに人が居るとは思っておらず、思わず身構えてしまった。目の前には背筋を伸ばし、細い目でこちらを見る男がいる。

「まあお待ちください。怪しい者ではない。私はその魔法撲滅教会の代表をしている者です。貴女も興味がおありのようで……」

その神父のような見た目をした男は大分歳をとっているように見えた。その見た目に反して一切体の衰えや声の張りには異常が見えない。中々に怪しい男……。

 いや、今はそんな事を思ってる場合じゃなかった。なんとかここに潜入する手立てが出来たわ。あくまでこれは調査。すぐに抜けられるような言い訳を用意しておくべきね…。

「ええ、まあちょっと気になっただけで。試しに一回ぐらいと……」

「……ええ、構いませんよ。どうぞ」

神父は扉を開け、中に入るよう諭した。私はその言葉に甘えて中に入る。その時に見せた神父の目を、私は忘れない。細い目から見えた、相手を値踏みし、一切笑っていない鋭い目を。


 部屋の中は思っていたより綺麗で、流石『教会』と言った感じ。けど人々は地べたに座り、その神父の来訪を待っている。一方神父は急ぎ足で私を追い抜き、奥にある一つ上の段に立ち、悠々と椅子に座ってこう言った。

「皆、すまない。遅れてしまったよ。しかし今日は良いことがある。なんと新しい仲間が入った。その扉に居る美しい女性だ」

『美しい』なんて軽々しく言う。何となく嫌味っぽくて顔をしかめた。さらに皆がこっちを見ているのも妙に気分が悪い。それは皆が同じ目をしているからだろう。


 「じゃあ、始めよう」

神父の声と共に人々は一斉に両手を握りしめ、顔の前に出した。私も何となくそれにあわせる。そして神父は高らかに宣言をする。

「この世は神が全て定めた!そして神はこの世を平和に正さんとしている!」

そしてまるで演説者のように握りこぶしを作り、熱弁を始めた。

「従って! 断じてこの世に魔法のような忌々しい物は存在してはならんのだ!」

その魔法も神が作ったのではないか、と言う突っ込みは心の中までにしておいた。

「魔法は争いの象徴だ!あってはならぬ!その為神は怒り、地を揺らして我らに警戒をしているのだ…決して人々が作った物語に耳を傾けてはならぬ!」

これは人が集まらないのも当然ね……。持論の設定もおかしいし、そもそも神が全て定めるってのも作り話なんじゃ……。いや魔法賛成を支持している訳じゃないけど、あそこも中々酷いし。これはお互い同じような物ね……。案外良い勝負になるかも。


 「……だからこそ!私たちが彼らを正さんとするべきで!……」

演説は長く続く。同じような事を言葉を変えて言っているだけなのに、彼らは歓声を上げ、喜びを露にする。正直、異常だ。演説は夜まで続き、外を出る頃にはもう外は暗かった。早く帰ろう。……あれ、そういえばどこに帰るんだっけ……?


「大丈夫ですか?」

突き刺すような視線を背後から感じた。その声は卑しく、気味悪さを覚える物だった。


 

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