護る人の為

 息切れをして、どこかの汚い壁にへばり着いた。遠くから足音が聞こえる。

「ねえ、ディスペア!」

その正体はカレロナだった。同じく息切れをして、胸を押さえている。俺を追ってここまで来たんだ。

「…確かにあの人が言ってることは支離滅裂だけど、今はそんな事言ってる場合じゃ…」

「カレロナ、君は忘れたかい…?魔王が、魔王となった原点を」

カレロナの顔が少し強ばった様に見えた。


 「…知ってるわよ、そのくらい。元は陰気な魔道師だったって聞くわよね」

「そうさ。最初は只の根暗な魔法研究者。彼が研究していたのは生物の命についてだった。子供の頃大好きだったペットが死んで、延命や蘇生について学んだと言う話」

ここまではよく聞く話だ。一時期その噂によって魔王に同情の声も寄せられる程に。

「しかし彼は道を踏み外した。人の命を、使ってしまったことによってね」

細い路地から甲高い音の風が吹いた。

「…彼は命が不平等であることを知ってしまった。一匹の動物を蘇生させる為に、一人の人間の命を儀式に使ったんだ。そこから無作為に人を殺し、中には命の価値が充分ではなく、この世の物ではない生物。魔物が生まれた…。そこが、魔王と呼ばれる原点となった出来事だよ。そしてその儀式に使った人間も、最初は罪深き罪人だった、と言う訳だ」

「それって…」

「そう。フォクスは、国によっては要注意指定危険人物だ」


 要注意指定危険人物。それは、魔王が行った行為を元に決められる人物の善悪の評価だ。まず無害な一般人は『一般国民』大抵の人がその内に入る。そして罪を犯した者を『危険人物』ここから牢獄に入れられ、この中の犯罪に殺人は含まれない。そして重い罪を犯し、殺人を一回~三回した者を『要注意指定人物』と言う。そして、殺人を故意的に何回も、又は極度な反国家主義の人物を『要注意指定危険人物』と呼ばれる。この評価を与えられた者は、まず牢獄から出られる事は無いと言われている。その中でフォクスは間違いなく反国家主義で、故意的に人を何度も殺している。そんな奴を信頼する方が無理な話なのだ。


 「それじゃあ……私たちは一体…」

カレロナは打つ手なしと言う様に俯いている。

「無理してでもここを突っ切るしかない。マルセイを呼ぶんだ」

「え、でも、ここがどこか私全く……」

しまった。確かに俺たちは今この迷路の中で迷っている。一心不乱に駆け抜けてきたし、恐らくフォクスのあの部屋は決まっている訳ではない。どの壁からでも決まった部屋に入れる魔法という感じだろう。

「…そうか、そうだな……。仕方ない。高台に登って、道筋を探そう」

幸いあの高台は見易い位置にある。きっとすぐ見付かるだろう。


 そしてなるべく人目に付かない様な道を歩いていると、曲がり角から古ぼけたマントを羽織ったみすぼらしい男が現れ、カレロナとぶつかった。

「あ…ごめんなさい。怪我はない?」

カレロナが男に手を差し伸べた。

「あ、ああ…大丈夫です…すいません」

男はカレロナの手を取り、そして指に触れた瞬間――。男はカレロナが着けていた指輪を盗り、急いで走り出した。

「あっ!ちょっと、待ちなさいよ!」

迂闊だった。確かにここは貧乏人も多く居るんだ。そんな奴にカレロナの指輪を盗られて堪るか…!


 急いで走り、男の首根っこを思い切り掴む。男は必死に抵抗し、爪を立ててもがいた。このままだと指輪を取り戻せないな。……そうだ。

「ぐっ…、くそっ……」

地面に頭を叩き付け、少しばかり眠ってもらった。その隙に指輪を取り戻し、丁度良くやって来たカレロナに指輪を渡した。

「ほら、指輪」

「…ありがとう」

大事な指輪を渡した筈なのに、どこかカレロナは浮かばれない顔をしていた。

「どうした?何か傷でも付いてたか?」

「いや、そんなに。…けど、ここまでやる必要あった…?見たところお金に困ってそうだし、こんな指輪ぐらいなら…」

「…何を言っているんだ。君の、大切な指輪だろう?」

「で、でも…」

「安心してくれ」

「…………」

護る人の為なら、厭わないさ。



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