決戦!猫の親子

山田貴文

決戦!猫の親子

 何年も前の話。ぼくの離婚と共に猫一家も離散となり、ぼくは母猫の「たぬき」と娘の「銀子」を連れて実家にころがりこんだ。 血統書付きのアメリカンショートヘアである父猫は元妻に取られてしまった。

 母猫のたぬきは二回に渡り、合計十匹の子供を産んでいる。数匹は死んでしまい、残りのほとんどを人にあげたが、銀子だけはどうしても手放せずに手元へ残しておいた。文字通りの銀色で、父親の血を濃く引いているのか、見た目は純血のアメリカンショートヘアーっぽい。それに化け物じみた母に似ず、器量がとてもよいのである。

 そう。猫にたぬきと名づけるのは可哀想とよく言われたが、実物を見ると、皆なるほどと納得する。それほどたぬきっぽかったのである。茶色い長毛の雑種猫で、ルックスはまあ不細工。

 実家は、突然舞い戻ってきた兄と2匹の猫を迎えて混乱した。ちょうど一年前に母が亡くなり、父は入院、手術、退院を繰り返し、飼っていた犬までが老衰で臨終の床についていた。このクソ忙しい時に、よくもバカ長男がという非難の空気が家庭内には充ち満ちていた。

 何より問題なのは、私の三人の妹のうち、真ん中のやつが死ぬほどの猫嫌いだったことだ。彼女は部屋を出られず、ほぼ引きこもり状態になった。どうしても出る必要がある時は携帯で家の誰かに猫払いを頼み、それから脱兎のごとく目的の部屋へ駆け抜ける、ということになってしまった。帰りも同じ。彼女は日に日に痩せ衰えていった。

 父も退院直後で神経がたかぶっていたのか、ウロウロする猫たちに腹を立て、そいつらを保健所に連れて行け、と騒ぐことがあった。

 今思えば、この時期が猫母子の最大のピンチだった。

 だが、動物はすごい。生きるための本能だろうか。たぬきと銀子は実家のパワーバランスを見抜き、本格的な懐柔作戦に出た。キーパーソンを二番目の妹と父だと定め、徹底的にマークしたのだ。どんなに嫌がられても、二匹でこの両名につきまとった。それも、とっても可愛い顔をして。

 奴らはちゃんと面倒を見るぼくや他の妹二人になど見向きもしない。ぼくらが猫たちをかまおうとしても、「今、仕事中なの!」てな感じで相手にせず、ひたすら猫嫌いのキーパーソンたちのところへと向かうのである。

 結果はニャンコ親子のねばり勝ち。ある日帰宅したぼくは、ついに二番目の妹が銀子を抱いているところを見てしまった。通算約三十年の猫嫌いが消失した瞬間。妹本人も信じられないという顔をしていた。銀子は勝ち誇ったようにゴロゴロと喉を鳴らしている。

 父も銀子にメロメロにされ、ちょっと姿が見えないと「銀はどこに行った?」と探し回る猫ストーカーになってしまった。

 こうして父と4人の子供たち、それに2匹の猫と死にかけた犬が暮らす平和な日々が訪れたと思ったが、それも長くは続かなかった。 ある日突然、たぬきと銀子の親子喧嘩が勃発したのである。

 それも半端ではなかった。激しく吠え、互いに咬み合う。やはり体力があって、見た目も迫力があるたぬきが優勢で、銀子はうっすらと血を流したりしていた。家中にウンニャオーというたぬきの叫びとシャーという銀子の威嚇が響き渡った。日々激しい取っ組み合いの連続である。

 あれほど仲がよかったのに.と家族の誰もが不思議がり、理由を考えた。父の推測では、銀子が母親のたぬきに何か言ってはいけないことを言ったのではというのである。

 たとえば、「このたぬき!」とか。

 人間の親子でも、娘が母にこんなことを言ったら喧嘩になる。ましてや、この母猫の場合、自分の名前が本当にたぬきだという負い目もあり、よけいに逆上してしまったのかも。

 喧嘩は日に日にエスカレートした。二匹が団子になって階段から転げ落ちてきたり、空中で激突して、家族が食事中のちゃぶ台の上に落ちたりと、もうメチャクチャ。もはや猫同士の争いではなく、猫と狸が種族の命運を賭けて戦っているようにさえ見えた。

 猫二匹に枕元で喧嘩された犬は、ショックのあまり苦しまずに死んだ。しょっちゅう仲裁に入った父は病気であることを忘れ、元気になった。妹たちは猫たちが鉢合わせして戦いが始まらないよう、常にマンマークならぬニャンマークをするはめになってしまった。

 数ヶ月後にぼくが再び実家を出た時、たぬきも一緒に出された。やはり家族は美形の猫、銀子が残ることを選んだのである。もちろん、ぼくには異議など唱える資格はなかった。

 そして実家に平和が戻った。 その時から何年もたぬきと銀子は会っていない。

 今年の正月のこと。銀子から年賀状が来た。たぬき宛である。宛名がぼくの名字+たぬき様でちゃんと届くのだ。

 年賀状にはこう書いてあった。

「過去は水に流して、新年会でもどうですか?」

 銀子も大人になったものだ。ぼくは嬉しくなり、さっそく、たぬきに見せた。ほら、こんなの来てるぞと言いながら。しかし、たぬきはそれを無表情にながめるだけだった。

 翌日のこと。ぼくが帰宅すると、たぬきが机に向かって書き物をしていた。しかも毛筆で。ぼくの家にない墨と硯(すずり)なんか、いったいどこから持ってきたのだろう?

 何を書いているのかとのぞき込むと、銀子宛の手紙だった。そうか年賀状の返事か、ついに和解したのかと思ったが、よく読むと、たぬきが書いているのは果たし状だった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

決戦!猫の親子 山田貴文 @Moonlightsy358

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ