招き仔猫の宿:2

森。その一言で片付くぐらいの森。木々がひしめき合い、鳥が鳴く。



「余石、ここは通れる?」


「そんなこと気にしなくても、大丈夫だよ雨夜ー」



少し太い木も難なく折り進めていく。乾燥している木はパキパキと音が鳴り、砕け散る。



「うをおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!」



風、いや突風。周りの木々が大きくしなり、木の葉が渦を巻いて吹き飛んだ。



「おっと。雨夜は人間なんだから、簡単に吹き飛ばされちゃうよー」



余石の周りから青色のオーラが強まり、雨夜の周りを包み込む。


雨夜の体は全く風に影響を受けていない。



「ありがとね、余石。余石がいなかったら、今の風で僕は命を失っていたかもしれないよ」


「はいはいどうもー」



ゆっくりと突風は収まり、嘘のように静まりかえる。



「雨夜、近いね」


「妖が?」


「そうだね。妖。100メートルも離れていないよ。油断しないでね、雨夜」


「了解」



雨夜と余石は少しずつ警戒を強めながら、木々をわけ、歩いて行く。


だんだんと、一つの何か強い『力』だけがあたりを支配している感覚に襲われる。



「あ、居たよ雨夜。大きいね」



余石の言う方向。雨夜は目をやり、その存在感に圧倒された。



「あらー大きいね、余石。僕が関わってきたどの妖よりも、存在感が圧倒的だよ」



まず目に入ったのは、大きな小判。


右手に大事そうに抱えられているその小判、いや大判は太陽に反射して光り輝いている。


体毛が伸びきり、仙人のようになっていた。



「ちょっと美容室には入れそうにないから、余石。お願いできる?」


「いいよー雨夜。その代わり、後でたっぷり僕の体を掃除してよね。気持ち良くないからさ」


「了解。必ず、キレイにするよ」


「うをおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!」



右手を大きくあげ、うなりあげる、猫。何かを訴えかけるようにも、雨夜は感じた。



「ちょっとそこの妖さーん!」



余石の体周りから、青色のオーラが舞い散る。そして、猫を取り囲んでいく。



「会話をしたいからさー 静まってくれる?」



余石が大きな声でそう言うと、



「・・・・・・わかりました」



低いが、優しさのこもった声で妖は大判を両手で抱えた。そしてこちらの方に目を向けた。



「さあ、雨夜でも妖と会話できるよ。僕は力を維持しているから、後はよろしくねー」


「ありがとね、余石」



余石に感謝の言葉を言った雨夜は、一歩前へと足を踏み出し、深く息を吸う。そして声を張る。



「猫さん。こんにちわ! 僕の名前は雨夜と言います! 怪しい物ではありません! あなたが妖だと知って、ここに来ました!」


「・・・・・・人間と会話をするのは、初めてです。私はとても、緊張しています」


「僕は沢山の妖と会話しています! 妖に理解があります! ご安心ください!」


「・・・・・・そんなことでは、信用出来ません。人間は、信用出来ません」



その大きな妖は、大きな音を立てながら少し後ずさった。



「まずは、お名前を教えてくれませんか! お名前を!」


「・・・・・・そんなことでは、信用出来ません。人間は、信用出来ません」


「雨夜、もうすぐこの妖は居なくなっちゃうよ。逃げようという意志を感じるんだ」



一つ、また一つと、その妖は後ずさる。その行動が、少しずつ速くなっていく。



「・・・・・・そんなことでは、信用出来ません。人間は、信用出来ません」


「あなたの子供を、知っています!」



後ずさりが、無くなった。



「名前はわかりませんが、小さな幸せを叶えることの出来る仔猫なら知っています」


「・・・・・・本当ですか? それは」


「はい。白、黄色、黒の三毛猫でした。可愛い声で、『みゃー』と鳴く、仔猫でした。



辺りが、静まりかえる。ざわついていた木々が、息を潜める。



「・・・・・・それは、本当に私の仔かもしれません。雨夜さん、と言いましたか?」


「はい」


「そのお話を、もう少し詳しく聞かせてはくれませんか?」


「はい、では」



雨夜は先ほど泊まったあの宿のことを、ありのまま伝えた。丁寧に、伝えた。


森ではぐれていた猫を捕まえたと言っていたこと。


その仔猫を看板にして商売をしている人間が居ること。その居場所。全て。



「・・・・・・さらわれたんですね。私の子供は」


「恐らく。あなたの反応を見ている限りでは、そのようですね」



しばしの、沈黙が、、流れる。。。



「僕は、こんな小判を仔猫からもらいました」



雨夜はかばんから、一枚の金色に輝くこばんを取り出し、そっと前に出した。



「・・・・・・それは。私の仔のものに間違いありません。・・・・・・うっ」



姿勢を変えず、招き猫の目からいくつもの涙がこぼれ落ちる。



「それは、私たち招き猫が心を許した物にしかあげない、大切な小判なんです。めったにあげる物ではありません。私たちは『妖』で、人間の事を信用していませんから」


「そうだったんですね」「へぇ、そうなんだ」



ぽた、ぽた、ぽたぽた。



「私たちはとても人間の事が嫌いです。なので、人間との関わりを限りなくなくすために、山の中で暮らしていました」


「・・・・・・」


「私とあの子は、山の中でとても幸せに暮らしておりました。狩りの仕方を教えたり、自分の身はどうやって守るかなど、色々なことを教えてきたつもりです」


「はい」


「ですが、その日。私は少しあの子とけんかしてしまいました。理由はほんのつまらないことなんですが、私は我が子に、我を忘れて怒鳴ってしまったのです」


「・・・・・・」「へえ、そっか」


「自分でも愚かだとすぐに気づいてしまうくらい、大きな怒りだったと思います。すぐにごめんねって言おうとしましたが、すでに私の前には居ませんでした」


「そうだったんですね」「妖誰でも失敗はあると思うけどねぇ」


「・・・・・・そう言って頂けると、少し心が安らぎます」



少し、安堵の空気。全く近づいてこなかった鳥などの生き物が、招き猫の小判に止まる。



「それよりそうと、招き猫さん」



雨夜は優しく声をかけた。



「伸びてますね、体の毛」



招き猫は、目をぎょろりと動かし、瞬時に眺めた。



「その毛は、元々そんなに伸びていた物ですか?」



招き猫は、再び目をぎょろりと回す。



「いえ、元々はもっと短かったはずです。雨夜さんに言われて、今初めて気づきました。なんで伸びたんでしょうね」



むずむずと、招き猫は体を小刻みに動かす。



「それはですね」「『厄』が溜まったからだよ」


「・・・・・・『厄』、ですか?」


「はい」「そう、『厄』だよー」



雨夜は、不満やイライラ、いろいろなストレスや外的要因によって『厄』が溜まることを伝えた。



「なので、あなたは自身の仔を失ってしまったことによるストレスで、毛が伸びたと考えられます」


「そう、なんですか・・・・・・」



目を見開いたまま、招き猫は静かにたたずむ。



「その毛を切れば、『厄』は切り落とされ、あなたの心はとっても穏やかになることでしょう」「だね」


「そうですか。でも、私の体毛を切ってくれる人なんてどこにもいません」


「・・・・・・」「・・・・・・」



招き猫に止まっている、鳥たちが一斉に飛び立った。



「雨夜さん。私に『厄』が溜まってしまった原因は、もうなんとなくわかっています」



周りの木々が、少しずつなびき始める。



「自分の子供を、無くしてしまった。でも」



しなり、はじけるように細い木々は折れていく。



「雨夜さんのおかげで、居場所がわかりました」



やがて、地響き。



「行くんだね、招き猫さん」



招き猫は、初めてニコッと笑った。



「はい、ありがとうございました」



周りの木々がバキバキっと音を立て、円を描くように倒れる。


そして、目の前から一瞬にして妖『招き猫』は居なくなった。



ーーーーー



「ねえ雨夜」


「なんだい余石」



森を出た雨夜達は、何でもない普通の道を歩きながら声を掛け合う。



「あれで良かったのかい?」


「あれでって?」


「体毛だよ、た・い・も・う。妖美容師ともあろう雨夜がさぁ。目の前にカットする対象が居るのに、妖美容師としての血はうずかなかったのかい?」



雨夜は穏やかな表情になった。



「僕は妖美容師だけど、動物の型は専門外なんだ。それに」


「それに?」


「僕の美容室に入ることが出来ないほどの大きさじゃ、結局施術に入ることすらも出来ないしね。ハサミもあっちにあるし」


「そっか。そうだね」



余石は抑揚の無い声で答えた。それと同時に、遠くの方から木の割れる大きな音が反響する。



「あーあ。やっぱり感情を抑えきれなかったか。ねえ雨夜、居場所を教えない方が良かったんじゃ無い?」


「・・・・・・なんで? 余石」



余石は無機質な声で、問いに答える。



「だってさぁ。自分の子供が誘拐されたなんて知ったら絶対に怒るよ。それに居場所を教えたら、絶対に行っちゃうじゃん」


「・・・・・・そうだね、余石」



心地のいい風が、吹く。髪を優しくなでた雨夜は、優しい声色でこう言った。



「でも、僕は教えただけ。実際に行動に移したのは招き猫本人だよ。知っているのに伝えないなんて、無慈悲だと思わない? 余石」



余石は何も答えなかった。


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