水練りの村:3

「雨夜、今回は妖気をたくさん使ったんだから、後で何かお礼をしてよ」


「わかってるよ、余石。僕がまだ話したことのない、素敵な話を聞かせてあげるよ」


「どうせまた、『おにぎりを握ったけど実際には握っていなかった話』でしょ」


「余石、鋭いね」


「あの、ここは?」



先ほどの枯れ木がたくさん落ちている場所ではない、清潔な印象の空間。『水の人』の前には一枚の大きな鏡。その鏡が『水の人』の上半身全体を映し出していた。『水の人』は自分の髪を触ったり、頬に触れてみたりしている。



「失礼しました。ここは僕の美容室でございます」


「美容室? それはどんな場所ですか?」


「はい、簡単に言うと髪をきれいにする場所です。ステアさん」


「! どうして私の名前を?」



水の人ステアは少し慌て、席から立とうとする。



「立つことはできないよ、僕の力で抑えているから」



慌てないで、と。雨夜は一言伝え、村長から話を聞いている旨を伝えた。



「そうでしたか。あの方が信頼している方ならば、私も安心して話すことが出来るというものです」



ステアは、深く深呼吸をする。体の中で、水泡が下から上へと上がった。



「なぜ、私をここに導いたのですか?」



ステアの純粋な質問に、雨夜は直球で答えた。



「僕は妖の毛を扱うことのできる妖美容師。あなたのその毛先に溜まった『厄』を、切り取るために、です」



ーーーーー



「濡らす、必要はなさそうだね」



カットクロスをつけ、カットの準備を整えた雨夜は、髪質の確認をするため、左手で髪の毛に触れた。



「ぷにぷにしている。まるで髪の毛自体に、水が溜まっているようだ」


「はい、その通りです。私の髪の毛には、水練りの技術に使う特殊な水をため込んでいます。髪の毛自体が伸びるとは思っていなかったので、変な感じになってしまっていますが」



その姿形は、伸び切った水風船のようだった。



「髪の毛を切ると、どうなるかステアさんはわかりますか?」


「いえ、わかりません。なんせ髪の毛が伸びたのが初めてなので、切るとどうなるのかはわかりません」


「やってみるしかない、か」



雨夜は覚悟を決め、いらない髪の毛の吟味に入る。見続けていると、やがていらない髪の毛が見えてくる。



「ーーー見えた」



そう呟くと、雨夜はシザーケースから、対妖用シザー『青ネギ』を取り出し、ハサミと同時にクシも右手に持つ。そのハサミは青く光り輝き、『厄』を切り落とす役割を果たす。



「それでは切っていきますね」「切っていくよー」


「よろしくお願いします」



雨夜は後頭部から施術に取り掛かる。ダックカールクリップを取り出し、ハの字になるように分け取っていく。そして、切り落とす。


にゅ、と小さな音が鳴り、ぼたっと床に落ちる。中の液体がそのまま滝のように流れ出た。



「………」


「続けてください。髪の毛を切らないと、私は元に戻れないんでしょう?」


「ステア、すごい心意気だね。いいよ、それ。雨夜、続けよう」



余石とステアに背中を押された雨夜は、一度止めた手を再び動かし始める。



「村長さんとは、仲がいいんですね」


「はい。そうですね。仲がいい、と思います」


「というと?」


「仲がいいと言いますか、命の恩人といいますか」


「そうなんですか」


「自分が何かに追い込まれ、意識を失いかけた時があったのですが、その時にたまたま見つけて下さったのが村長さんでした」


「命を失うくらいの感じだったんですね」



一番下のカットが終わると、次の毛束を分け取り、下の部分と45度でつなげていくようにカットしていく。



「おそらく、命を失いかけていたと思います。あそこで出会っていなければ、私はもうここにはいないでしょう。助けていただいたお礼に何かしたいと思った私は、私の持っている『水練りの技術』を、この村だけに教える技術という条件付きで教えることにしました」


「はい」


「村長の村はとても貧乏で、苦しいとのことでした。そんな状態なのに、私に施しを下さりました。私はそのことに感動し、深く感謝しました」


「なるほど」



後ろの毛を45度に全てをつなげ終わったくらいで、雨夜は最初に切った毛束に膜が張り、水が戻ってぷにぷにの毛に戻っていることを確認した。安心した雨夜は、両サイドを前下がりになるように切っていく。



「私の教えた技術はすぐには出来るようになりませんでしたが、徐々に軌道に乗ってきてからは村が栄えました。私は人の役に立ったのだと思い、村長の役に立ったのだと思い、とても嬉しくなりました」


「でも、結果何かによって心が乱れた」「だから髪が伸びたんだよね、ステア」


「はい。それはある旅人が持ってきた一つの持ち物から発覚しました」


「持ち物、ですか?」


「水練りの技術を使った、お皿でした」


「それを持ってきた旅人は、この村には来たことあったんですか?」


「いえ、それが無かったのです。他の村に寄った時に、買ったと言っていたそうです」


「そうなんですか」



左サイドを切り終わった雨夜は、右サイドに移り、カットしていく。



「そのお皿を後で見せてもらったのですが、とてももろく、すぐに壊れてしまいました。私の管理している水練りの技術で作ったお皿であれば、そんなことはあり得ません。どういうことだと悩みました」


「悩んだんですね」「それで? なにかわかったの、ステア?」


「………この村の人間が、その私の技術を教える代わりにお金をもらうというビジネスを働いていました」


「………」「それは誰だったの、ステア?」


「村長の息子、ヤンでした」



右サイドをカットし終わり、馴染みやすいように調整のカットを施していく。



「村が潤っていたのは事実でしたが、ヤンだけはほかのものと違いました。高級なものを身に着けるようになり、それに見合うように言葉遣いも丁寧になっていきました」


「ほう」「それでそれで?」


「私はヤンだけを山に呼び出し、それを問いただしました。するとヤンは『だまってろ』と言いました」


「そうなんですか」


「そして『村長に言ったら、お前を追放する』と脅されました」


「ひどい話ですね」「でもそれってさ、ステアが追放されたらこの村の、水練りの技術を管理する人がいなくなるからあっちが困るだけなんじゃないの」


「その通りなんです。余石さん。私はそれに気づくまでにとても時間がかかってしまいました。そこに行きつくまでにたくさんの時間を要したのです」


「それでどうにもこうにもならなくなったわけですね」「尽くしたのに仇で帰ってきたわけだ」


「はい」



ーーーーー



「さあ、完成しましたよ」



合わせ鏡をステアに見えやすい位置に持っていく。



「はあ、前の髪よりもよくなっています。そしてなんだかすっきりしたような、気分が晴れたような気がします」


「そうでしょう」「『厄』はとんでったからね」



ぷにぷにした、グラデーションスタイル。



「前下がりの部分は少し鋭利にして、かっこよく仕上げています」


「そうですか。そんなこだわりまで入れてもらって、本当にありがとうございます」



水を練り合わせる技術を持つ妖『ステア』は、深々と頭を下げた。



「こちらこそ、切らせていただきありがとうございます」「ありがとねー あ、もう立ってもいいよー」



ステアがゆっくりと席を立つ。すると、急に景色は変わる。



ーーーーー



ステアと別れた雨夜と余石は、山を下り、村長の家で水コーヒーを飲んでいた。



「それで、どうでしたかな? 雨夜さん」


「ええ、色々と話を聞かせてもらいました。ステアさんはとても、元気でしたよ」


「元気だったよーおっちゃん」


「そうでしたかそれは良かった。息子の言っていたことは本当じゃったんじゃな。本当に良かった」



村長イワンは、目を細めていた。



ーーーーー



村を見渡すと、水のゆがみや穴などは見る限りではなくなっているように見えた。



「もう、次の村に行かれるのですか?」


「はい、村への滞在期間は出来るだけ短くするのが、僕の流儀ですから」


「早く新しいものが食べたいだけでしょ、雨夜」


「そんなことはないよ、余石。僕はただ、新しいものをどんどん知りたいだけなんだよ」



村長イワンが、一つのものを雨夜に差し出した。



「? これは?」


「こちらは、水水筒になります。水を補給しなくても水を飲むことが出来る、不思議な水筒ですよ」



そう説明してくれたのは、村長の斜め後ろに立っていた村長の息子、ヤンだった。雨夜は視界に入れなかった。



「そうですか。ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」



雨夜は、水水筒を肩にかけた。



「それでは、失礼します。お世話になりました」「じゃーねーおっちゃん。と、その息子!」


「さようなら、またどこかで会いましょうぞ」


「お元気で、お過ごしくだーー」



雨夜は高速で村長の息子ヤンの耳に、自分の口を近づける。



「ばれてますよ」



村長の息子、ヤンの表情が一瞬にして曇ったのがわかった、が。そんなものには目もくれず、雨夜は去った。



「意地悪なやり方をするなー雨夜は」



余石のその言葉にも、雨夜は返事をしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る