デシベルの高い村:2

「多分ここかな」


「多分ここだね、雨夜」



村の少し外れたところ、最近は誰も立ち入ることのなくなったらしい場所に雨夜たちは来た。


人気はなく、どこか寂れている。



「お花とか何にもないね、雨夜」


「そうだね、余石。どこか薄汚れた感じだよ」



雨夜は少し俯いた。



「この村は多分、ここみたいな場所だったのかもね」


「というと?」


「さっきのメアリーの話に戻るけど」



ーーーーー



「妖怪、ですか? ああ、それでしたら一つ読んだことがあります。この村は代々とてもおしとやかに暮らして来たそうなんです。それを伝統とし、習わしとして来たそうです。ですがある日から、急激に環境が変化したらしく、今のような村の姿になってしまったそうなんです。それのきっかけになったのが、音に関する妖ものなのではないかと書いていました」


「それはあくまで推測かな?」


「はい。そこまでしか書かれていなかったので、推測だと思います。私は長いことこの村に住んでいたわけではないので、ここまでしかわかりません。でも、村のはずれに誰も立ち入らない場所があるとのことです。もしかしたら何かのヒントになるかもしれないので、よかったら、ぜひ」



ーーーーー



「雨夜、そうだとするとここはとても変わったことになるよ。人間がこんなに急に変化すると死んじゃうんじゃないの?」


「余石、そうかもしれないね。多分死んだ人もいるんじゃないかな? それか村の外になんとか逃げ出したか」



そう話しながら奥まで進んでいく。薄汚れたわらや錆びた桑などがそこらじゅうに散らばっている。



「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」


「ん? なんか聞こえない、余石」


「うん、鳴き声だね。妖ものの」


「妖もの? 僕には危ない人の声に聞こえるよ」



少し先。わらの積まれている先。見えなくはなっているが、何かがいる気配。


雨夜たちは警戒しながら、忍び足で底へと近づく。


と。



「耳だ」



そこにはたくさんの『耳』が落ちていた。


血だらけになっている動物の『耳』もあれば、全く血のついていない綺麗な人間の『耳』もある。



「触らないほうがいいよ」



雨夜が恐る恐る触ろうとするが、余石に制止される。



「そのものから少しばかりの妖気を感じる」


「なるほど、人間の僕には危険だね」


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」



すぐそば、わらの向こう側で同じ声が聞こえる。雨夜たちはわらの先に目をやる。


そこにいたのは、俯いて座り込むスーツ姿の男性。身なりをきちんと整え、ここにいるとは思えない姿だったが。


ーーー頭部が全て『耳』で出来ていた。



「余石、この人」


「うん、『厄』を抱えているね」



二人には、普通の人が見えない『何か』が見えている。



「ほら、そこの耳の方」



余石がそう言うと、動きが止まる。


二人はいつものように、慣れ親しんだ知り合いに話しかけるように、こう言った。



「ここに座りなさい」「僕に座りなよ」



そう言った瞬間、余石の周りに青色のオーラに似た何かが出る。するとその『耳の人』は大人しく余石に腰掛けた。



ーーーーー



瞬間、世界が変わる。



ーーーーー



「全く、汚い場所だったよ」


「ほんとだね、余石。まあでも、ドブに身を潜めないといけない時に比べたらなんてことないよ」


「まあ、それはそうか」


「あの、ここは?」



わらもなく、耳も落ちていない、清潔な印象の空間。耳の人の前には大きな一枚の鏡があり、上半身全体を映し出していた。



「あなたは誰ですか?変な姿をして」


「それはあなたですよ」


「私? これが私ですか? 私はもっとかっこいいと思うのですが、本当ですか? と言うかですね、あなた方はどちら様なんでしょうか?」



少し怒りの気持ちがこもった声で雨夜たちに問いかける。



「申し遅れました。僕の名前は雨夜と申します。それでこっちの椅子の形をした妖ものがですね」


「余石だよ。よろしくね、耳の人」


「よろしくお願いします。あなた少し軽い物言いですね。私のことを舐めているんですか?」


「ううん、舐めてないよ。もともとこんな話し方なんだ」


「あなたは敬語を使えないのですか? 舐めているとしか思えーーー」


「まあまあその辺にしておいてください。余石は本当にこんな話し方なんです。気分を害したのであれば、失礼しました」



雨夜が頭を下げると、スーツ姿の『耳の人』は不満そうな姿をしつつも言葉を慎んだ。



「あなたの名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


「私ですか? そうですね、自己紹介がまだでした。私はミミナリと申します。『音』を司る妖ものでございます。以後お見知り置きを」



そう言ってミミナリという妖ものは、椅子に座りながらも雨夜に顔であろう部分を向けて頭を下げる。雨夜もそれに習った。



「少し感情が高ぶっていたようです。先ほどは失礼いたしました。この椅子に座っていると、なんだか落ち着いてきました」


「そう、それは良かった」


「それで、ここはどこなんでしょうか?」



ミミナリは取引先の人に聞くような口ぶりで、そう質問した。



「はい。ここはですね、髪の毛を整える場所です」


「髪の毛を、整える?」


「はい、そうです。僕は髪の毛を切ることを生業としているものでして、ミミナリさんの髪が伸び、何か苦しんでいるように見えたのでお声がけをさせていただきました」


「それはそれは、お気遣いありがとうございます」


「それで、ミミナリは何に苦しんでいるの?」


「それはですねーーーーー」


「その先は、あなたの髪の毛を施述しながら聞かせていただきます」



ーーーーー



雨夜はミミナリに、カットする際に髪の毛を払うことができるクロスを羽織らせる。ミミナリはおそらく初めてのことだったのであろう、されるがままになっている。



「ミミナリさん。今まで髪の毛を切ったことはありますか?」



んーっとミミナリは少し考える。



「……ないですね。結構生きてますけど、こんなに伸びたことがないんです」


「だろうね。妖怪は皆髪の毛はそのままになっているはずなんだから」


「どうしてなんでしょうか? 雨夜さんでしたか、何か知っていれば教えてください」


「そうですね」



雨夜はミミナリの髪の毛でいらない部分の吟味に入る。



「髪の毛には、『厄』が乗ると言われています。恐らく、それの影響かと」



雨夜がシンプルに説明し、ミミナリはそれを何とか理解しようとしている。



「前の髪型はどんな感じか、わかりますか?」


「いえ、わからないです。私の顔がこんなだなんて思ってもみませんでしたから」


「そうですか」



人間の形をしていないミミナリの頭部を見つめ、雨夜はイメージをする。長く伸びた髪の毛がだらんと伸びている。それを綺麗に。妖怪はほとんどの場合髪の毛が伸びない。



「ーーー見えた」



雨夜はワゴン台から妖専用のシザー『青ネギ』を取り出し、ダックカールクリップを使いやすいようにワゴン台の上におく。



「では、施術していきます」


「よろしくお願いします」



ミミナリは鏡ごしに、丁寧に頭を下げた。



「それで、どうしてあんなところに? きっちりとした格好をしているから、綺麗なところが好みなのかと思うんですが」


「いえ、こんな格好をしていますが、じめっとした汚らしいところが好きなんです。そしてうるさいともっと良いですね」


「うるさいところ?」



雨夜は長く伸びている部分を、とりあえずざく切りで床に落としていく。



「はい。私は音を司る妖なので、音が出ている場所を非常に好みます」


「例えばどんなところ?」


「例えば、ですか。そうですね、工事現場や人間の集まるイベントごとですとか。そんな感じですかね?」



次に、刈り上げる部分のゴール地点を決め、長さを揃えていく。



「そうなんだ。ミミナリはそこで何をするの?」


「そこでですか? そんなの決まってるじゃないですか」



下から櫛を丁寧にいれ、ゴール部分まで滑らかにつながるようハサミを入れていく。



「耳を採取するんですよ」


「耳を、ですか?」


「はい。うるさいところに耐えられない生物は必ずいるものですから、そこで鼓膜に限界の来ている生物がいたら近寄ります。そしてスパッと」


「スパッと?」


「耳を切り落とします。それでも取れない場合は引きちぎるんですけどね、ハハ」



綺麗に刈り上げが済むと、雨夜は耳の上の部分を揃えていく。そしてまばらになるようにギザギザにカットしていく。



「だからミミナリの近くには耳がたくさん落ちていたのか」


「中々残酷なことをしますね」


「残酷、ですか。。。これが私の趣味なのですから仕方がありません。誰だって誰かを傷つけながらいきているではありませんか。何がいけない」


「それはそうでしたね」


「そうだそうだ」



サイドは人間とは違う曲線を描いているので、短めにして前から見たときすっきり見えるようにしていく。



「ん? ちょっと待って?」


「どうしたの、余石」


「ねえミミナリ。うるさいところが好きだって言ったよね」


「はい、そうですが」


「この村はもともと静かだって言ってたんだけど、今うるさいじゃん」


「そうですね」


「何か関係ある?」


「はい、ありますね。というか、こうしたのは私ですね」


「やっぱり」


「名探偵だね。さすが余石」


「褒められてる場合じゃないよ、雨夜」



前髪は短く、かからないように。目の位置がわからないので、できるだけ見えやすくしておく。



「たまたま行き着いたのがこの村でした。私はそのとき、当分動きたくないなって思ったんです。だからみんなの鼓膜を鈍感にして、耳を聞こえにくくしました」



「聞こえにくく?」


「ミミナリは人の鼓膜も操れるんだ」


「はい。そうしたらみんなうるさくなって、私はとても心地よくなりました。耐えられない人間が出てくると、私は耳をそぎ落としました。なんとも快感で」



毛量が多かったので、ハサミで間引きをしていく。



「この村の人はとても困っています。それは元に戻すことはできないのでしょうか?」


「元に戻すこともできますが、今は戻しません。私がどこか別の場所に行きたくなったら、元に戻しましょう」


「妖怪は自分勝手だね」


「私は私のために動くだけです。他のものなどのことを考えていると、私は不幸になってしまいます。それだけは避けなくてはなりません。だから私はこうするのです」


「雨夜、いろんなものがいるね」



雨夜は少し間を置いて、こう言った。



「そうだね」



ーーーーー



「おおーこれは素晴らしい、でも綺麗すぎるかもしれない」



ミミナリに完成した後ろ姿を見せ、反応をもらう。雨夜は真剣な表情をしていた。



「私は汚いものが好きなのです。ボサボサでもよかったかもしれない」


「そうですか」


「わがままだなぁ」


「でも、なんだか切ってもらってスッキリしました。心の中にあった何かが取れたというかなんというか…… なんせありがとうございました。こんな体験は初めてです」


「それはよかったです。それでは椅子をお立ちいただいて」



耳鳴りが席を立つと、世界は元に。



ーーーーー



「おお、汚い場所だ。私の耳もある」



雨夜はミミナリと出会った場所に戻ると、すぐに村の方へ向かって歩いていく。余石もそれに習った。



「あの、ありがとうございました」



雨夜に深く頭を下げるミミナリに軽く会釈をし、その場を去った。



ーーーーー



「ねえ、何か変わった?」


「と、言いますと」



村にあるカフェでゆっくりしていると、ばったりとメアリーに遭遇。一緒にお茶することになった。



「いや、例えばうるさくなくなったとか」


「それは、ないですね。何も変わっていません。相変わらずお父さんはうるさいうるさいと言っていて」


「まあ、そんなにすぐには変わらないよ。雨夜は焦りすぎ」


「それもそうか」



雨夜はハハっと笑った。


メアリーはただただ首をかしげるだけだった。


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