デシベルの高い村:1

「締めて1740円になりますがよろしいですか!!!!!!?」


「え、はい」


「聞こえないんですけど!!!!!!?」


「はい!!」



雨夜は自分のバックに入れている革製の財布を取り出し、言われた値段を前に置いてある皿に入れる。



「ちょうどもらいますね!!!!!!」



店員さんは丁寧な手つきで商品を袋に入れる。


雨夜はお金と引き換えに、4日分の携帯食料と水を手に入れた。



「ありがとうござい」


「聞こえないよ!!!!!!」


「あ、ありがとうございます!!!」


「はいよ!! また来てね!!!」



店員さんは笑顔でそう答えてくれた。



ーーーーー



「でかいね」


「身長が?」


「ううん、声が。会話の流れで大体わかるでしょ、余石」



村にある一番安い宿泊施設のベットに腰掛けた雨夜は、前の村でもらった緑茶と呼ばれる飲み物をコップに注ぐ。


香りを嗅いで、少し深呼吸した。



「雨夜はこういうところ苦手でしょ」


「そうだね、どちらかというと苦手かな」



コップをゆっくりと口に近づけ、一口。


ふぅ、と一息つく。



「どの人に話しかけても声が大きい。元気なことはとても良いことだとは思うんだけどね」


「けど?」


「旅で疲れているから、ゆっくり休みたいかな?」



外では夜にも関わらず、叫ぶような声で何かのやりとりがあちこちで行われている。雨夜はそっとカーテンを閉め、ベットの脇に置いてあるボロボロの電灯を灯す。



「本当だったら、この光を見ているだけでも癒されるはずなんだけどね」


「そんなこと言ってるんだったら早く寝なよ。陽が暮れちゃうよ」


「陽は暮れてるよ、余石」



いつものやりとりにもなんとなく覇気がない。雨夜はこの世界から逃避するために、別の世界に行くかのように布団にうずくまった。



ーーー



ーーー次の日ーーー



「あ、あの。旅人さんでしょうか?」


「あ、はい。そうですけど」



朝からどこかの市場を連想させる盛り上がりを見せるこの村で、雨夜は初めて普通の声で話しかけられた。



「すみません。驚かせてしまいましたか?」


「い、いえ。そんなことはありません」



話しかけて来た少女は、小柄な人だった。だが、それに見合わないくらいのロングヘアで、前髪も顔を覆うくらい伸びきっている。少し茶色がかっているが、バサバサだった。



「なんで旅人だとわかったんですか?」


「いや、この辺であまり見かけたことがないなと思って」



そうですか、と雨夜は言った。



「いきなりで申し訳ないとは思うのですが、少し話を聞いて欲しいんです」


「話? 聞くだけで良いの?」


「はい、聞いていただけるだけでも私は救われると思うんです。どうかお願いを聞いていただけないでしょうか?」


「じゃあお嬢さん。対価は何をくれるの?」


「え?」



余石が少し食い気味に会話に入り込んでくる。



「対価だよ対価。話を聞いてあげるんだから、何かそれに匹敵するものをくれないと釣り合わないでしょ?」


「え、それはそうだけど」



少女は戸惑った。しどろもどろし、あたふたし、少し俯いた。



「私貧乏だから、何かあげることなんてできないよ」


「そう、それじゃあ話はなかったこ……」


「良いよ、話くらいだったら聞くよ。対価なんて何もいらない」



雨夜は余石の会話を無理矢理にでも止めた。



「本当に? そちらの椅子さんは大丈夫なの?」


「全然大丈夫じゃな……」


「余石のことなら大丈夫。余石は聞くのが嫌なんだったら、少し離れていれば良い」


「はいはい。雨夜がそう言うなら仕方がない」



余石はため息をつき、おとなしくなった。



「ありがとうございます。それではこちらにお願いします」



少女は二人の先を急ぐでもない、ゆっくりでもない絶妙な速さで誘導してくれる。


雨夜たちはそれにおとなしくついていった。



ーーー



「あ、あーあー マイクテストマイクテスト」


「余石。ここにマイクなんてものはないよ」


「いやー少し恋しくてちょっとやっちゃった」



連れてこられたのは、少女の両親が所有するという一つの建物だった。壁には何も装飾はなく、打ちっ放しのコンクリートタイルが敷き詰められている。四角い部屋で、ずっといるとなんだか気分が優れない。そんな感じだった。



「ここは防音室になります。人に聞かれたくない話をするときに、私たちはこの場所をよく提供します」


「なるほど。だからさっきまで聞こえていた声が聞こえないんだね」



雨夜がそういうと、少女はにへっと笑った。



「はい、それで話なんですけど」


「君は髪の毛を切ってもらったのはいつ?」



少女が話し始めようとしたまさにその時、雨夜は言葉にかぶせるようにいった。



「え、私の髪の毛ですか?」



少女は意表を突かれたのか、少し戸惑った。が、自分の髪の毛を手で溶かしながらその質問に答える。



「んーよくお母さんには切ってもらってたんですけど、最近お母さんの調子があまり良くないので切ってないですね」



少女が手で梳かすその毛先は、引っかかって通り切らない。


静電気で広がっているようにも見えた。



「そうなんだね」


「雨夜、切りたいんでしょ」



余石がカマをかけるようにそういうと、雨夜は口元を緩ませた。



「いや、話が少し長くなるんだったら切ってあげても良いかなって」


「またまたご冗談を、雨夜。正直になりなさい」


「わかったわかった。僕はこの子の髪の毛を切りたい。綺麗にしたいよ」


「あのー」



少女が両手を胸の前で合わせ、少し困ったような表情で会話にそっと入り込んでくる。



「こちらが頼んでおいて申し訳ないんですけど、今日あんまり時間がないので、話を始めても良いでしょうか?」


「そうだね。それじゃあ」



と言って雨夜は、少女を余石に座らせてカットクロスをつけた。



「君の髪の毛を綺麗にしながら話を聞くよ」



雨夜がそういうと、少女は少しの間ぽかーんとした後。



「よ、宜しくお願いします!!」



部屋に響き渡る声で言った。



ーーー



「この椅子、なんだか落ち着きますね」



少女はリラックスするように一息つく。



「そりゃあ僕ですから」


「偉そうにしないの、余石」


「こりゃ失礼」



雨夜は水の入ったスプレイヤーで少女の髪の毛全体を濡らしていく。



「冷たいですね」


「これだけは我慢してください。冬ですから」


「雪も降ってるしね」



少女の髪の毛を濡らし終わった後、雨夜はシザーケースからダックカールクリップを取り出し、髪の毛を分けとる。


いつも人間に対して使っている銀色のハサミを取り出し、右手に持つ。串も同様に持つ。



「まずは自己紹介から。僕は雨夜。この石の椅子が余石だよ」


「宜しくねー」


「は、はい。宜しくお願いします。私はメアリーって言います」


「メアリー? この辺の人じゃないの?」


「あ、はい。私たちは最近引っ越してきたんです」



雨夜は分けとった部分の髪の毛を見て、大体の切る長さを見てとる。恐らく彼女がまた髪を切ってもらえるときは少ないだろうから、手入れのしやすく、そしてオシャレに。



「10センチほど切らせてもらうね」


「は、はい。どうぞお好きに」



雨夜は躊躇なくハサミを入れる。


サクッサクッサクッ


ぽとっと毛先だった部分が床に引いてあるビニールシートの上に落ちる。


次の髪の毛を分けとり、1段目よりも少し長めにカットする。



「声、大きいなーと感じませんでしたか?」


「うん、感じたよ。夜中もずっと大きな声で話をしていたから、この村は少し変わっているなって」


「一晩中眠れなかったよー」


「余石は寝ないでしょ」


「あ、そうだった」


「それに関してのことなんですけど」



雨夜はすべての髪の毛を下ろし、切ったところに合わせてカットしていく。そしてサイドの髪の毛のカットに移る。



「私たちも越してきたときは、とてもびっくりしました。お母さんは『すごいところね』と。お父さんは『なかなかユニークなところじゃないか』と言っていました。私も、この村は元気があるからこんな感じなのかなって思っていました。でも」


「でも?」



後ろのカットラインに合わせて、同じ長さになるようにカットしていく。



「一ヶ月くらいした時に、お母さんが体調を崩してしまいました。お父さんも『このうるささにはうんざりだ』と言って、いつも頭を抱えています。私たち家族は、なんとか耳栓をつけながら生活している状況です」



雨夜はちらっとメアリーの耳を見てみると、確かに耳栓らしきものが付いていた。



「耳栓つけてても、僕たちの声は聞こえるの?」


「かろうじて、ですね。ここには耳栓なんてものは売っていなかったので、家にあるもので自分たちで作りましたから」



左を切り終わったので、雨夜は右サイドの施術に取り掛かる。



「どうやらこの村は、元気だから声が大きいようではないのです」


「というと?」


「私もさすがに変だなと感じたので、この村の書物室に行ってこの村の歴史が書いてある本を読みました。すると、この村は物静かな人たちが代々受け継いできたおしとやかな村だったそうなんです」


「そうなんだ」



右サイドを切り終わり、毛先の重なっている余分なところを細かくカットしていく。



「ということは、この村で何かが起きて、こうなったと」


「いうことになりますね」



ーーーーー



「さあ、完成したよ」



雨夜は自分で持っていた小さな鏡を二つ用意し、メアリーが後ろ姿を見えるようにする。



「わあ! すごいですね。ありがとうございます」



メアリーはとても笑顔で喜んだ。



「私、髪の毛も切ってもらって話も聞いてもらって、何もしてないですね。あなたたちに何かしてあげたいです」


「雨夜、せっかくだから何かもらっておきなよ。食料とか」


「うーん、そうだなー」



雨夜は少し考えるようにして、腕を組みながら下を向く。



「食料はさっき買ったからいいや。だったらメアリー」


「はい、なんでしょう?」


「今晩の寝床と、あと一つ」



メアリーは少し不思議そうな表情をしている。



「この村に伝わる、妖怪の話があったら教えてよ」




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