第15話
そして直後、無理をした代償が俺を容赦なく襲う。
周囲の様子は凄惨を極めてはいたが、迫っていた障害はこれで取り除けただろうか。
そう安堵し、僅かながら気を抜いた瞬間であった。
俺の目の前が————真っ赤に染まった。
「グラ、ム?」
ピシリ、パキリ、と身体の中で何かが壊れていく。否、壊してゆく。
『薬神』エスペランサが編み出した魔力をためる「器」を身体の中にもう一つ生み出す方法というものは画期的ではあった。
あったのだが、そこには唯一と言っていい欠点が存在していた。
それは、その「器」がひたすら魔力をためるだけのものであった事。
要するに、ソレは必要以上に己の身体に魔力を集めてしまう代物であり、放置していた場合、過剰すぎる魔力が身体を蝕んで使用者を死に至らしめるものであった事だろう。
魔法を行使する為に必要とされる魔力。
それが身体を巡る道————魔力回路。
自らそれを作り、そしてそれを破壊する。
イメージとしては、身体の中に存在する臓器が壊れるような。
逆流し、食道を通ってこみ上げてくる鉄錆味の吐き気をどうにか堪えながら、不思議そうに声を掛けてきたリュカに目を向ける。
五秒。十秒と不自然な沈黙を挟み、ゴクン、と呑み込む。
……少し肩で息をしてしまっていたけれど、これはライオル先生のせいにしておけばいいか。
「
吐き気さえ耐えてしまえば、後の痛みは『屍人』の極意が勝手に治してくれる。
ただ、その極意も魔力を使用する為、この状況下では相応の痛みが伴うが————許容範囲。
「…………。ううん。ごめん、やっぱり、なんでもない」
「もしかして、どこか、怪我したとか……?」
「ううん。違うよ。本当に、何でもないんだ。急に名前を呼んじゃってごめんね」
何事も無かったかのように俺が振る舞うと、何故かリュカはどこか寂しそうな、悲しそうな面持ちで名を呼んだ事について謝罪をした。
普段ならば、その不自然さに疑問を抱くところではあったが、身体を蝕む痛みを必死に堪えていたからか。
その不自然さに、俺は気付けなかった。
「————あの。そこにいる上級生の方」
程なく、声を上げても大丈夫な程に痛みがおさまってきた事を確認してから、俺は遠間にいるであろう人物に向けて言葉を投げ掛ける。
ビクッ、と気付かれたことに対する驚愕ゆえか。小さく不自然な足音が立った。
「先生に、確認して来て貰っていいですか。首輪、外れてるかどうか。俺とかはまだ、此処にいた方がいいと思うんで、頼めたらなって思うんですけど」
「……分かった。出来る限り急いで伝えてこよう」
「ありがとうございます」
そして、隠形されていた気配が、離れてゆく足音と共に完全に薄れ消えてゆく。
「……いつから気付いてたの?」
「そりゃ、初めから。俺みたいな『才能なし』は、臆病にならなきゃ呆気なく死んじゃうからさ」
そういうとこには細心の注意を払ってるんだ。
当たり前のように言ってやると、メノハから何故か深いため息を吐かれた。
「……謙遜も、そこまでいくと嫌味にしか聞こえないわよ」
「謙遜じゃあない。正真正銘、俺に『才能はない』。俺にとって『才能がある』奴らが
メノハに嫌味であると捉えられようとも、これだけは。
事実、俺は極意と百年の鍛錬の間に教えて貰っただけ。
本物の天才共は、その極意を0から生み出すような規格外だ。既に確立された技術を会得するだけでひぃひぃ言ってるやつを、『才能がある』とは言わないだろう。
今は、己が〝落ちこぼれ〟と呼ばれている事に納得しかしていない。
「……一つ、いいかしら」
「どうぞ」
「貴方は何者?」
「随分と漠然とした質問だ」
どうぞと反射的に言ってしまったものの、あまりに漠然とし過ぎてる為、どう答えたものかと言葉を探しあぐねる。
そもそも、メノハがどんな答えを期待しているのかもイマイチ分からない。
「なら、質問を変えるわ。貴方と〝英雄〟の関係って、なんなの?」
……少し、喋り過ぎてたかもしれないな。
つい先程までのライオル先生との会話を思い返しつつ、俺は苦笑いを浮かべる。
分かってはいた事だけど、俺は
馬鹿にされていると知れば、ムキになって反駁したがる。お陰で、ああしてぺらぺら喋っていた。
本当に、ただのガキだ。
いや、俺はガキだったか。
「〝英雄〟との関係、か」
俺にとって
まぁ、それは絶対無理だろうなって思う程度には容赦なくボコボコにされ続けてはいたけれど。
「含みなく答えるなら、師匠と不出来な弟子ってところなのかな。ただ、それを信じるかどうかはメノハ次第だけれど」
この世界は〝英雄〟は存在していない。
にもかかわらず、己を〝英雄〟の弟子と名乗る人間がいるとすれば、それはただのホラ吹きでしかない事だろう。
ゆえに、それを信じるかどうかはメノハ次第。
でもきっと、信じては貰えない————
「信じるわ」
————だろうけれど。
そう思っていた俺の予想は、ものの見事に覆される。
「というより、そっちの方がまだ信じられる。同世代に魔法も、体術も、剣も、何もかもが『特級魔法師』クラスの化け物がいる事実が、天性の才能によるものだからなのか、〝英雄〟の弟子だからなのか。その二点を秤にかけるのなら、ね」
要するに、消去法。
とはいえ、信じて貰えなかったらどうこうなるわけでなし、別にこれでも良いかと許容する。
「でも……そう。貴方のそのレベルで、『才能なし』の弟子というならば、『教団』連中が〝英雄〟という存在にああも固執する理由が分かるような気がするわ。過激な部分を抜きに、上が『教団』を危険視している理由も、すべて」
そういえば、アリス先生との会話の中でも思っていたけれど、メノハって『教団』についてやけに詳しそうなんだよな。
それもこれも、『特級魔法師』だから、なのだろうか。
「貴方には言ってなかったけど、あたしがアカデミーの頼みに応じた理由は、『教団』が絡んでたからなのよ」
「『教団』が絡んでたから?」
「『教団』の尻尾を掴む為に、あたしが寄越されたってわけ。今回の件に『教団』幹部が絡んでた可能性もそれなりにあったから」
でも、それは違ったとメノハは断ずる。
「だから、この件が片付き次第、アカデミーからはおさらばするつもりだったのだけれど、」
あぁ、だから自己紹介も、クラスの人間との関わりも何もかも拒絶してたのか。
あの時はオドネルの件があったから多少仕方ないといえば仕方なかったのだが、物珍しさから近寄ってくる者をメノハは全く相手にしてなかったなあと先日にちらりと見た光景が思い返される。
「〝英雄〟の弟子、ねえ」
そして、好奇心に満ち満ちた瞳が俺に向けられた。
……どうしたというのだろうか。
「弟子ともなると、〝英雄〟狂いの『教団』が如何にも目を付けそうな存在よね」
この件は一応、収拾がついた。
そう言ってしまって問題はないだろう。
だが、メノハの目的が『教団』とするならば。
「……少し、アカデミーに通ってみるのも有りかもしれないわね。こんなにでっかい釣り針があるんだもの。『教団』の連中がほいほい釣られてやって来る可能性は十二分にある」
そして、彼女はうんうんと唸りながら、ぶつぶつと独り言を漏らしたのち、
「————決めた。本当は、一時的って約束だったけど、学院長と掛け合って少しの間、アカデミーに通う事にするわ。また危険があるかも知れないから、保険としてあたしがアカデミーに籍を置いておく。とか言えば納得してくれるでしょ」
咄嗟に思い付いた言い訳をこぼすメノハであったが、現実、それが起こり得る可能性は多分にある。
アカデミーに通う身としては、『特級魔法師』がいてくれるならそれに越した事はないのだが。
「というわけで、取り敢えず最低でも一年くらいはアカデミーに通う事にするから、よろしくね。お二人とも」
————特に、そこの〝英雄〟のお弟子さん?
実は、ちっとも信じてないんじゃないだろうか。
つい、言葉と共に向けられるニマニマとした笑みを前に、そんな感想を抱いてしまう。
でも、先程からずっと黙って話を聞いていたリュカは、乗り気なのか。
「勿論だよ、メノハ
少し前まではメノハ
それは、友愛のあらわれ、なのだろうか。
「メノハちゃん?」
「うん。物凄く可愛いけど、戦ってる時は凄く凛々しいというか、頼りになったから「さん」より「ちゃん」かなって」
そのよく分からない判断基準に、メノハは首を傾げる。
でも、そこに悪意はないと察してか。
まぁ、別に呼び方一つで咎める気はないのだけれどと、苦笑いを浮かべて流していた。
そして、ダンジョンの外に向かった上級生の方達が先生を連れてくるまで、他愛のない談笑が続く事になった。
______________________
あとがき
これにて一章完となります。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました!
「家の汚点」と呼ばれ、勘当された少年は〝千年前の英雄〟達の弟子となり、最強へと至る 遥月 @alto0278
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