11:アラタくんは結局、ずるいひとが好き

 個人情報の無断配信、という項目にチェックをして、通報ボタンをクリック。

 きわめて非積極的な対応だったけれど、そうやってタクミくんのおばあちゃんの動画配信アカウントや、すでに配信されている動画の削除依頼をかけていく。個人情報を晒された当人の保護者である、関さんからも通報してもらう。

 やらかしたのが身内だけに、面倒なはなしだ。


 あとは配信サイト運営の判断によるけれど、警察にも相談はしているし、関さんは弁護士にも相談していいと断言していた。息子の安全のためだ。

 僕はといえば、関さんのためにできることはさしてない。ただの恋人なので。


 事の次第を聞いたユウコさんは、青ざめて母親へ注意の電話だけはしたそうだ。

 しかし、彼女の日課となっている配信をやめさせることはできなかった。ネットリテラシーのない人間に配信なんかさせるな、と言いたい。なんならセキュリティフィルターも無理矢理いれて、配信サイトにアクセスできなくしたほうがいい。

 それが無理ならもはや、ウイルス入りのメールでも送り付けて、パソコンをクラッシュさせたほうが手っ取り早いかもしれない。


 と過激な策を申し出たところ、「ばーちゃん、しょっちゅうスパムメールに引っかかってはスマホ買い替えてるから、それはアリ」とタクミくんが答えたので僕は頭が痛くなった。「馬鹿に鋏は持たせるな」という言葉の意味を実感できる。

 そもそもスマホを買い換えたところで、引っこ抜かれた個人情報は取り戻せも消せもしないのだ。無駄というしかない。


「で、タクミくんのストーカーについて、事態を招いたおばあちゃん自身の見解は?」

「『あたしの知ったこっちゃないわよ、そもそも男なんだから何もないでしょ』だって。そろそろ地獄に召されてほしい」

「実際召されると後味悪いんじゃないかな。アラ還ならまだまだ先だよ」

「実害がありすぎんだよ、あのババア。オレだって上品で賢くてきれいなおばあちゃんがほしかったし、そんなおばあちゃんがホラーゲームやFPSのプレイ配信してたら超応援するわ」

 

 とりいそぎ、当座の生活に必要なものだけを持って、関さんとタクミくんは僕の家の近くのウィークリーマンションに居を移していた。あとはどうしても要るものがある場合、関さんか僕が取ってくるという手はずにした。女性であるユウコさんの身の安全も考えての案だ。

 全くの他人の僕がなぜ、とタクミくんが不審に感じるのではないだろうか。普通ならば。

 けれど、タクミくんは気にも留めていないようだった。




「こんなことで引っ越しとかしたくないんだけどね」

 お昼休み。僕はオフィスの近所のカレー屋さんでナンとマトンカレーを、関さんは居酒屋さんでサバの塩焼き弁当を買ってきて、ふたりでミーティングルームで食事をしていた。シナリオのアイデア出し、という建前があるので、割と僕と関さんはふたりでいることが多い。


「もう、おばあちゃんにタクミくんの個人情報一切渡さないほうがいいですよ。あの配信見る限り、無造作に自分の個人情報とかも出しちゃってるし。MyDocumentクリックするときに名前出ちゃってるのわかってるのかな」

「そのへんはユウコさん経由でよく言っておくよ」

「効果なさそうですけどね。宅配便業者に再配達依頼の電話しながら配信してる配信者なんて、初めて見ましたよ僕」


 配信者なら個人情報には気をつけるべきだが、過疎配信だと見ている人が少ないと思うからか油断しやすい。だからうかつな暴言や失言も漏れやすく、それを狙って見ている視聴者もいなくはない。誰も見ていないだろうと思って配信した内容がちゃっかり録画保存されていて、SNSや配信サイト転載で逆に数万人に見られる羽目になる可能性だって皆無ではないのだ。


「もともとインターネットとかパソコンに慣れてない人だからね」

「高齢者に教育なしに与えちゃだめでしょ」

 タクミくんはいい加減疲弊したと言い、祖母から送られてきたプレゼントは受取拒否をした。それで通じる相手ならいいんだけど。配信をみている分には絶対伝わらない方に賭けたい。


「でもユウコさんもちょいちょい、ネトゲ用のアカウントで自撮りとかあげてますよね」

「あー、タクミの後ろ姿を載せようとしてキレられてたね」

 ユウコさんの面倒くさいところは、『こんなに大きな子供がいるおばさんだけどかわいい私』をアピールしているあたりだと、個人的に僕は思うのだけど、ああいう女の人が好きな男はネトゲ界隈にはうじゃうじゃいる。


 要するに、タクミくんの母親も祖母も、厄介な女の人なのだ。

「僕はあのふたりとは何ら血のつながりはないけど、タクミは血縁だからね。哀れになるよ」

 他人ごとのように関さんがつぶやく。僕は関さんの口元をじっと見ながら、答えた。

「ユウコさんと子供つくったあんたも相当ですよ」

 好きな人が食事している様子って、すごく無防備でいいな。僕は関さんを愛でながらも、口ではふだんから感じていた疑問を呈してしまう。


「ユウコさんはちょろい割に、自立したがりさんだから」

 でもいちおう、ゲーム開発の下請け会社の社長さんだ。どこから資本金をかき集め、スタッフを呼んできたのか、僕は詳しくは知らない。ある程度実績がある下請け開発で経験を積んで、転職する人生設計でいたから、資本金がいくらで設立年度がいつで、監査役は誰か、くらいは知っていた。

 一番大きかったのは、外部スタッフとして関さんがほとんどの作品に関わっている。そのことに尽きたけれど。


「だから、うん……自覚がないまま子供を作ったけど、最適な相手だったとは、思っているよ」

 ずるいひとだな、と僕は思う。でも、僕だって、ユウコさん好みの容貌をしていたから採用されたとうすうす知っている。

「アラタくん、あのさ」

 関さんはペットボトルのお茶を、マグカップに注ぎながら言った。


「引っ越しついでに、僕らと一緒に暮らさない?」

 

 

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