第7話 都市

永遠と思われるほど長い苦痛が終わり、一瞬の無の後、脳みそをミキサーで掻き回されるかの様な感覚とともに意識が引き戻されていく。

気がつくと、私は文字通り生まれたばかりの姿でそこに居た。

痛みや苦しみは綺麗に消え、身体の中はしんと静まり返っている。最悪であるが、しかし澄み切った様にクリアになった頭で、わたしは自分の持つ能力について理解した。

周囲を見渡すと、夜の闇の中で、月の光に照らされてた銀白の灰がキラキラと輝きながら舞い落ちる。そしてその向こう、何か信じられないものを見た様に惚けた顔をした、半日ほどの付き合いである男と目があった。

目も口も大きく開かれ、様々な感情か入り混じったその表情はなんとも間抜けで、そしてその頬を伝う涙を、なんだか愛おしいと感じた……




おれは見ているものを信じれずにいた。

思考が、感情が、追いつかない。

彼女の残した、積もった灰が、渦を巻く様に吹き上がったかと思うと、キラキラと月の光を反射するその中に、昼間と変わらぬ姿の少女が居た。

まだ脳裏には、先ほどのおぞましい光景が鮮明に焼き付いており、目に映る、穢れのない白く透き通る様な彼女の肌に、現実味がまったく感じられなかった。


「ちょっと……いつまで見てるのよ……。上着、貸してもらってもいかしら。」


俺の食い入るような視線に、彼女は恥ずかしそうに身をよじると、上目遣いにこちらを睨みながらいった。

おれは慌てて視線を引き剥がす。ようやく体の動かし方を思い出し、急いで上着を脱ぐと、彼女に方へ放ってやる。


ありがと、と小さくいって、彼女が上着を受け取るのを気配で感じた。しゅるりと袖に腕輪通す音を聞いて、ちらりと彼女を盗み見る。

彼女は灰の中から、先ほどまで着ていた衣服を見つけ、それがまだ使えそうと判断したのか、拾い集めている。

表情は影になって見えないが、その様子からは、先程のような気配はもう感じられない。

周囲に満ちていた淡い光が薄れ、徐々に暗闇が戻ってくる。

一部始終を一緒に見ていたイッセイは、彼女の無事を確認すると、傷ついて倒れた男の手当の方に取り掛かった様だった。

遠くから複数の足跡が近づいてくる。


「あんた達、無事か。さっきのは……もしかして嬢ちゃんが?……すまん、助かった。」


駆けつけたクレオは、昼間より肌の露出の多くなった彼女の姿をみて、一瞬声を詰まらせるが、直ぐに切り替えて礼を言った。

魔術師だったのか、と感心されたアカネは曖昧に返事をかえす。


「すげえ威力だった。奴等一瞬でやられちまって……それから大怪我した奴も居たんだが、傷がほとんど治ってるみてえなんだ。今、動けない奴を一箇所にまとめてるんだが、イッセイさん、すまんが手を貸してもらってもいいか。」


彼の手当ての手際を見たクレオは助力を求め、イッセイもそれに応える。


「またいつ奴等が湧いて来るかわからねえ、すぐに出発する。」


そう言い、クレオ達は去っていった。

残されたおれたちも元の幌馬車に乗り込む。おれは壁を背にして座り込むと、脱力した。彼女は少し甘味のある飲み物の入った筒をとりだし、容器のまま、ごくごくと一気に飲み干すと、おれのすぐ側まできて腰掛けた。間をおかず馬車が動き出し、ごとごとと車輪の鳴る音だけが2人の間に流れる。

大丈夫か……なんて聞けるはずもなく、なんと声をかけて良いか分からない。頭の中でぐるぐると考えていると、ことん。と彼女の体が肩に触れた。

見ると毛布にくるまった彼女が、こちらに寄りかかるようにして、すうすうと寝息を立てている。触れている部分から、彼女の体温が熱いほど伝わってくるのを感じた。

おれはそっと彼女を支えながら体の位置を変え、ゆっくりと横に寝かせてあげる。

時折うなされるように体を強張せる彼女を、頭を撫でて宥めながら、そのまま自分も目を瞑った。




おれたちを起こしにきたイッセイはほとんど寝ていないらしく、うっすら髭が伸び、濃い疲労を浮かべた顔をしていた。クレアから預かったという、依頼の入った袋をアカネに渡す。

外に出ると明け方の白っぽい透明感のある空に、澄んだ空気が気持ち良い。

イッセイに貰った濡れたタオルで体を拭くと、かなりスッキリした。


「昨日何か話したか?」


イッセイに聞かれたが、結局何も聞けなかったと、ゆるゆると頭をふる。

そうか。とだけ言ってイッセイはその話題を終わらせた。


少し遅れて出てきたアカネは、黒を基調とした、シャツとスカートに、赤い刺繍の入った上質なローブの様なものを羽織っている。頭には黒いリボンが乗っており、その大きな結び目がにょきりと頭頂から生えてるようで可愛らしい。

如何にも魔術師のような格好をした彼女は、くるりと回ってみせ、嬉しそうに微笑んだ。

その表情をみておれはホッとし、釣られて表情を緩めた。


小高い丘の方に居るという、クレオのところに向かったおれたちは、そこから見える景色に、感嘆の声を上げずにはいられなかった。

朝日に照らされた、重厚な石造りの建造物群。大部分は綺麗な円形の壁に囲まれており中心部には空に伸びる高い塔が見えた。広大な土地に広がる街並みに圧倒される。


「この辺りで1番大きな街、迷宮都市だ。」


周囲に遺跡が多く点在しており、そこから魔力を宿した素材や道具が日々多く産出される、とクレオが説明してくれた。


「いよいよね!」


その街並みに目をキラキラさせた彼女が意気込む。

昨夜凄まじい体験をしたばかりで、何をもっていよいよなのかと言いたくなるが、高まる気持ちを抑えきれない心境は分からなくもなかった。

生々しい死を間近に感じ、それでも先に待ち受ける冒険に、膨らませずにはいられない期待を胸にかかえ、俺たちは迷宮都市と呼ばれる新天地に向かった。

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