第6話 炎

それは猫のような造形をしていた。

骨の浮き出た浅黒い皮膚をしており、頭の大きさに比べ大きすぎる瞳は、暗がりの中でもそこ宿る感情がありありと読み取れるほどギラついている。

何をすればこれほどの強い憎しみを他者に向けられる事があるのか。生まれながらにそういう存在であるという彼らに考えても仕方がないのだけれど。




世界の成り立ちなどスケールが大きすぎる話しをして、答えが出るわけもなく早々に考えるのを放棄した。

疲れが溜まっていたこともあって、意外と乗り心地の良い幌馬車に揺られて、おれたちは眠りについた。




まどろむ意識の向こうで、ごとごとと小気味良くなっていた車輪の音が止まるのを感じた。

ゆさゆさと体をやすられ、目を覚ます。


「何かあったみたいだ」


異変を感じて先に起きていたイッセイが外を覗くと、慌ただしく行き交う足音が聞こえた。

アカネも目を擦りながら起き上がってきて、3人で外に出る。

6台の幌馬車が2列になって止まっており、おれたちは最後尾にいる様だ。


「囲まれてる」


近くにいた商人風の男がいう。

なにが、と思うよりはやくそれは現れた。

複数の影が重なりあって、個々は判別できず、もぞもぞと闇に紛れるように蠢いている。その中で、ぎょろりと瞳だけが浮かび上り、こちらをうかがっていた。


と、そのうちのその影の中から、何かがこちらに向かって飛び掛かってきた。

犬ほどの大きさで、異様に長い爪がぎらりと怪しく光のがかろうじて見え、身を固くする。

しかし、商人風の男が間に立ち塞がると、持っていたサーベルでバサリと切り捨てた。

ヒョロリとした彼は、あまり戦闘員という風貌ではないが、よく鍛えられているようで、その一瞬の動作には無駄がない様に感じた。


蠢いていた影が少し退く。

今のうちに、と前列へ行くよう促しながら男が走り始める。

おれたちも彼に続こうとするが、なぜかアカネがぼうっとして動こうとしない。

アカネ。と彼女の名前を呼ぶが反応は薄く、仕方なく手を引いて走った。

彼の跡を追うがすぐに追いつく。いつのまにか回り込んだ影が前から横から飛び掛かってきて、中々進めずにいた。その度男が斬り捨てるが、数が多い。

そのうち、他のよりひと回り大きい猫が現れたかと思うと、男の攻撃をよけ、彼を薙ぎ飛ばした。

血や肉片が飛び散り、彼が崩れ落ちるのを見て戦慄する。

しかし何故かやつらは追撃をやめ、一定の距離を取った。その瞳は細められ、ケラケラと気味の悪い鳴き声をあげる。


楽しんでいる……


怖い、と思った。足が体が震える。

隙を見てイッセイが男を抱き起こすが、気絶しているのか腕がダラリと力なく垂れる。彼はその体に腕回し、そして軽々と男を担ぎあげた。


「早めに手当しないとまずいが……」


イッセイは空いた手でサーベルを拾い上げ、牽制してみるが、影はじりじりと距離を詰めてきており、おれたちは元いた方向へと追い詰められていく。


「どいて……」


掴んでいた手首の気配がなくなったかと思うと、後ろから押しのける様にしてアカネが前へ出てきた、


なにをと思うが、彼女のただならぬ気配に声が出ない。

何か嫌な予感がする。彼女のステータス画面を見た時にも感じた、不穏な胸騒ぎがやまない。

止めなければ……そう思うが体は動かなかった。


彼女は蠢く影と対面すると、右腕あげる。


「ふふっ。ぜんぶ燃やしてあげるわ……」


彼女は薄く笑うと、以前見せてくれた時とは比べほどにならないほど激しく、轟々とうねる炎を出現させ、それを腕に纏うと、影に向けて振るった。

影は、炎に包まれると苦しむ暇もなく消滅していく。

彼女は勢いのままに此方に振り向くと、さらに大きく燃え上がる右腕を振り下ろした。

唸りをあげる炎はおれ達の横をかすめて後方に落ちると、ゴオッと音を立てながら勢いよく地を這っていく。そして一気に膨れ上がると、列をなす隊商とそれを取り巻く影を一気に呑み込んだ。

僅かな時間で周囲が炎で包まれる、しかし不思議と熱さは感じなかった。



「    っ!!」


おれたちがその光景に呆気に取られていると、耳をつんざくような叫び声がして、慌てて彼女の方に振り向いた……


ぼとり、と音がして彼女の肩から下が地面に落ちる。

あれ……?っと彼女はそれを理解出来ないものを見たように見つめる。

黒くぼろぼろになったそれは、最後は白っぽい灰となって散っていった。

耳を塞ぎたくなる悲鳴にならならい悲鳴が続く。

炎が、彼女を蝕んでいく。生き物のように纏わりつき、すでに半身を覆って黒く炭へと変えている。

おれはどうしていいか分からず、その光景をただ眺めるしか出来なかった。

みるみるうちに全身を炎に包まれていく。そして最後の僅かな瞬間、彼女の片方だけ残った瞳と、目があった気がした……


ついに彼女は全身を白い灰へとかえて崩れ落ちた。

いつのまにか周囲の炎は消え、その名残なのか淡く青白い光りと静寂だけがあたりを満たす。

おれたちは、彼女が残した、白く積もった灰から目が離せないまま、その場に立ち尽くした。

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