エピローグ

「それでは! 長々した前置きはいらへん! お疲れさまでしたーっ!」

「「「かんぱーいっ!!」」」


 動画をアップロードし終えて、僕たち三人は打ち上げをはじめた。


「さて、どうなるだろうね?」


 僕はグラスに口をつけて、サイダーを喉に流し込む。


 ジュンとした刺激が心地いい。


「うん。どうなるかな?」


 同じくサイダーの注がれたグラスを、両手で包むように持っている乙姫が、僕の疑問に疑問で答えた。


「乙姫は不安?」

「ううん。大丈夫だよ?」


 乙姫がはにかんだ。


「啄詩くんが、いるから」

「――そっか」

「どうなっても、受け止めるよ?」

「うん。一緒にね」


 そう。投稿したはいいけれど、どんな反応があるのかは予測不可能だ。


 もしかしたら、一聴いっちょうされただけでお仕舞いかもしれない。いや、見向きもされない可能性だってある。


 最悪、酷評こくひょうを受けいれる覚悟も必要だ。


 けど、どんな結果が待っていたって、僕はきっと後悔しないだろう。


 乙姫と一緒に歌を作った――その事実だけは、永遠に消えやしない。


 そのことを、僕は生涯しょうがい誇りに思うだろう。


「なに言うてんねん! こっから大変やでー?」

「なにが? 音子ちゃん」

「決まっとるやろ! あっちゅう間にバズって、てんやわんややっ! 全世界に拡散確定やっ! 姫の親御さんも歌手デビュー許してくれるかもしれへんで? ちゅうか、止めることさえできひんくらい有名人になるかもやろ?」

「いくらなんでも大袈裟おおげさなんじゃ――」

「いまからサインの練習しときや!」

「あはは、音子は自信満々だね」


 僕と乙姫が苦笑を浮かべた。


 でも、音子がいてくれて救われている僕もいる。


 僕自身の未来もまだ見えていない。けれど、音子の明るさが、暗闇のなかでも僕の手を取ってくれる気がするから。


 いいなあ、この雰囲気。ずっと、三人で作曲していきたいなあ……。


「啄詩くん?」


 しんみり思っていると、乙姫が僕の名を呼んだ。


「ん? なに?」

「わたしね? 啄詩くんに会えて、よかった」

「え?」

「最初は恥ずかしかったけど――」


 乙姫がはにかみ笑顔を輝かせる。


「嬉しいっ」

「――そっか……よかった」


 うん、よかった。乙姫が喜んでくれるなら、僕にとって、これ以上の幸せはないよ。


「それでね? もしよかったら、『次』もお願いできないかな?」

「次?」

「うん!」


 乙姫が、頬をほんのりと紅潮させた。


「次の曲も一緒に作ってほしいの。……ううん、一緒に作ろ? わたしたち、一蓮托生の仲間だもん」

「――――次の、曲……」

「啄詩くんは作詞家を目指すんでしょ? だったら、わたしも諦めないよ? 音子ちゃんの言うとおり、お父さんとお母さんが認めてくれるような歌手になる」

「あ……」


 乙姫は意志の強い目をしている。


 僕がポカン、としていると、


「なんやなんやなんやなんやっ!? 啄詩、作詞家目指すん!? 初耳やでっ!?」

「あ、うん! 乙姫にしか話してないし――」

「ほー、姫にだけ。……それはネタになるし許したるわ」

「ネタ!?」


 なんだろう? また音子に弱みを握られた気が……


「ほんで、次はなんや!? どんな曲でいく!?」


 音子がノリノリで声を張る。


 また、三人で作曲を……


 僕の胸が、目の前の光景に、ジン、と熱くなった。


「どうする? 次もラブソングでいこか!?」

「うん! いいねっ」

「おっしゃ! せやったら、次は啄詩の成長も視野に入れて『メロ先』にしとこか!」


 音子がグラスのなかのサイダーを、ぐいーっと飲み干して、タンッ! と勢いよくテーブルに置いた。


 そしてデスクに向かい、嬉々ききとしてキーボードを弄りだす。


 奏でられるのは、ややアップテンポなメロディーだった。


「ねえ? 啄詩くん」

「あ、え? なに?」


 そんな様子をぼんやり眺めていると、乙姫が身を乗り出して、僕の耳元に顔を近付けてきた。


 大好きな――愛しい人の香りが、僕を夢心地にさせる。


 乙姫が囁いた。


「『Blue Blue Wish』の最後。わたし、ワンフレーズ追加させてほしいってお願いしたよね?」




 ――わたしからもね? お願いしたいことが、あるの。




 それは僕が歌詞の変更を提案したときのこと。




 ――唄ってみたいフレーズがあるの。




 乙姫がそんなお願いをしてきたんだ。


 そして生まれたフレーズが、




   いつか きっと 伝えるから

   お願い……

   それまで 待ってて?




 乙姫がイタズラげな声を僕に送る。


「あれね? どうしても伝えたいって思ったからなの」

「え?」


 ス、と乙姫が身を引いた。


 頬が、桜色に染まっている。


「――本当に伝えたかったんだよ?」


 乙姫はとても可愛らしく、誰よりも魅力的な笑顔で、




「あのフレーズはね? わたしの想いそのものなの」




 乙姫の幸せそうな告白に、音子の鼻歌が交じってきた。


 音子がキーボードを弾く。


 明るく温かい音が連なっていた。

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憧れの歌い手クラスメイトに原稿を見せたら、彼女の曲の作詞をすることになった。 虹元喜多朗 @nijimon14

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