あなたの歌を唄わせてください――5

 呆然としていた僕が案内されたのは、住善神社のすぐ隣にあった、二階建ての一軒家だった。


 そして現在。


「なんやぁ、啄詩? やたらそわそわしてんで?」

「えっ? そ、そんなことないよっ? 上野さんっ」

「『音子』って呼んでぇな。堅苦しいの苦手やねん」

「あ、えっと、はい。音子」

「ほんで、やっぱドキドキするやろ? わかるでぇ? 女の子の部屋やもん、当然や。啄詩かて健全な男子高校生やもんなぁ」

「ドっ、ドキドキなんてしてないよっ?」

「さっきから声、裏返ってんで? そや! 教えといたろか?」

「な、なんでしょうかっ?」

「そこの桐たんすの上から二番目や」

「は、はい?」

「姫の下着入っとんの」

「ぶふぅっ!?」

「音子ちゃんっ!?」


 僕のことを散々からかって、音子がケタケタと腹を抱えて笑う。


 もちろん、僕と文月さんは茹で上がったように真っ赤になっていた。


 いや、だってしょうがないでしょ? 音子の言うとおり、ここは女の子の部屋――文月さんの部屋なんだから。


 しかも、僕にとってははじめての体験なんだ。女の子の部屋にお邪魔するのは。


 いろいろ気になっちゃうのは当然でしょ? キョロキョロ、キョドキョド、ドキドキするのは然りなんですよ。


 僕だって男の子なわけで、文月さんは気になる人であるわけでして……。


 文月さんの部屋は和室だった。


 柔らかな陽差しが透けてくる障子戸しょうじど。中央には、僕たち三人が囲む黒い和机。


 胡座あぐらをかく僕の背後には二台の本棚。目線の先にはテレビ台と薄型テレビ。


 収納棚の上には、室内の雰囲気にちょっとマッチしていない、黒のブルートゥース・スピーカー。


 そしてその隣には桐たんす。


 畳に用いられている、藺草いぐさのほんわりとした匂いと、これでもかってくらいの甘い匂いが、室内に満ちていた。


 これが噂に聞く『女の子の匂い』ってやつなのかな? 凶悪すぎる。危うく過ちを犯してしまいそうだ。


 頭のなかが沸騰している。心音がうるさくて仕方ない。


 あの文月さんの部屋に、いま、僕はいる。


 嬉しさと緊張のあまり、どうにかなってしまいそうだ。恐ろしいなあ、女の子の部屋って。


「えっと……文月さん?」

「は、はい」

「作詞をお願いしたいって……どういうこと?」


 むず痒い状況に耐えきれず、僕は核心に迫る質問を投げかけた。


 そもそも、男の子を家に招くのって余程よほどのことでしょ?


 僕と文月さんは、最近までそう親しい間柄でもなかったんだ。まともに話をしたのも昨日がはじめて。


 なにより、そんな僕に作詞? ていうか、僕、作詞なんてしたことないよ?


 親友である音子がここにいる理由もわからない。


 いったい、どんな経緯があったんだろう? どんな流れがあれば、そんなお願いに行き着くんだろう?


 僕の真正面で、ピン、と背筋を伸ばしながら正座している文月さんは、眉を寝かせ、口元をキュッと結んで、


「――ごめんなさいっ」

「へ?」


 おもむろに、深々と頭を下げた。


 なんで!? なんで僕、謝られてるの!? なんで文月さんが、机に頭を擦りつけるみたいにしているのっ!?


「姫ー? 啄詩が混乱してんでー? ホンマ、中学んときから変わらんなぁ。コミュ力低すぎやで?」

「え? えっと、あの?」


 僕の右斜め前で男の子みたいに胡座をかいている音子が、半眼になりながら呆れたように嘆息した。


「取りあえず顔上げぇな。啄詩が逆に困るやろ?」

「は、はいっ」


 ピャっと勢いよく頭を上げる文月さん。


「姫がこんなんやから、ウチが話すで? 啄詩」

「あ、うん」

「まあ、ウチも、多分ごめんなさいなんやろうけどな?」

「うん?」


 再び、まあまあ混乱しはじめた僕に、音子が告白する。


「ウチ、読ませてもろてん。『王宮騎士の再誕』」

「へっ?」


 改めて文月さんに目を向けると、彼女はギュッと目をつむって、身体をカチコチにしていた。


「そ、その……っ! 皇くんのライトノベル、スゴくステキで面白くて……っ! 音子ちゃんも、きっと感動すると思って……っ」

「ほんで、オススメしてもろてん」


 ああ、それで『ごめんなさい』なのか。


 僕はずっと、ラノベを書いていることを秘密にしていた。


 その理由は、文月さん同様『ちょっと恥ずかしかったから』だ。


 それなのに、親友とはいえ、信頼できる人(多分)とはいえ、勝手にすすめてしまったんだ。


 僕に対して謝りたくなるのも、当然だろうね。


「できたら許したってくれへんかな? 姫、めっちゃキラキラした目ぇしとってな? 満面の笑みでウチの家まで来て、蕩々とキミの作品の素晴らしさを語ってきてん」

「そ、そっか」

「一時間くらい」

「そんなにっ!?」


 そうか……そんなに気に入ってくれたんだ……。


「いや、スゴく嬉しいよ。ちょっと照れちゃうけど」

「お、怒ってない?」

「全然だよ! むしろ、そこまでしてくれたら、作者冥利みょうりに尽きると言いますか……」


 僕は後頭部をかきながらはにかんだ。


 一時間も語ってくれるなんて、堪らず友達にオススメしてしまうなんて、そのあとになってようやく、しまった! って気付くなんて、そうそうないことだ。


 要するに、それだけ楽しんでもらえたってこと。


 僕は、誰かに読んでもらいたくてラノベを書いているんだ。それだけ楽しんでもらえたのなら、嬉しい以外のなにものでもない。


「嬉しいよ、とっても」

「そ、そっか……よかった……」


 僕が素直にその気持ちを伝えると、文月さんは強張りをゆるめて、ホ、と胸を撫で下ろした。


「ほんでな? ウチも思ってん。――啄詩、キミの作品、オモロイ」

「そっか、ありがとう」

「ウチ、ラノベのことはよう知らんねんけどな? キャラクターがイキイキしとるし、テーマもしっかり定まっとる。ハッピーエンドになって救われた感じがするし、読んどってめっちゃワクワクしたわ」

「い、いやぁ、それほどでも」

「ボキャブラリーも豊富やったし、読めば読むほど味わい深ぁなっていってやなぁ……」


 そこまでべた褒めされるなんて……本当に嬉しい。思わず頬がゆるゆるになっちゃうくらいだよ。


「そんで思ったんや」


 僕がニヤけながら後頭部の髪の毛をいじっていると、




「作詞の才能に溢れとるってな」

「はい?」




 いや、待って? いまの話の流れで、なんでそうなるの?

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