あなたの歌を唄わせてください――2

 慌てすぎて口が滑った。


 僕は、家族以外、誰にも明かしたことのない秘密を口走ってしまったんだ。


 口元を手で覆うけど時すでに遅し。


 文月さんがコテンと首をかしげて、ねえ、なんのこと? と言わんばかりの目で僕を見つめてくる。


 この純粋すぎる瞳から逃れることも、嘘をつくことも、僕には不可能だ。


 僕は文月さんの秘密を知ってしまった。文月さんも相当困ったことだろう。


 なら、文月さんばかりに恥をかかせるのは申し訳ないことだよね?


「えっと、ね? 僕、ライトノベルってのを書いているんだ」


 文月さんが目を丸くして、パチパチとまたたかせる。


「それを、新人賞っていうのに投稿していて……僕、作家を目指していて――」

「あのっ! 皇くんっ!」


 僕の話の途中で、文月さんが身を乗り出し、ぐいっと顔を近付けてきた。




「もしかして……皇くんって『三角四角』さんなのっ?」




「――――え?」

「いつもわたしの歌に感想くれるよねっ?」

「あの……」

「SNSでフォローしてくれてるよねっ?」

「――えっと」

「ラノベ作家志望の『三角四角』さんっ!」


 そう。実は、上月姫子さん――つまり、文月さん――と、僕――『三角四角@ラノベ作家志望』――は、SNS上でお互いをフォローしている。


 いわゆる相互フォローの関係だ。


 姫子さんは宣伝のため、SNSに動画へのリンクを張っていて、僕は動画がアップされるたびに感想を送っているんだ。


 何度かメッセージでやり取りをしたこともあるし、新人賞のことも話している。


 姫子さんからも応援のメッセージをもらっていて、だからこそ、文月さんが上月姫子さんだって知って、僕は心底驚いていたんだ。


「その……そ、そうです」


 僕が視線を逸らし髪の毛をねじねじしていると、空いていた僕の右手が文月さんの両手に握られた。


「嬉しいっ!」

「へぅっ!?」

「いつも、『今回もステキでした! とっても元気がでました!』とか『ロマンチックでした! 気がついたら涙が流れていました!』とか『姫子さんのおかげでまた頑張れます!』とか言ってくれてるよねっ?」

「う、うん」

「『姫子さんも頑張ってください!』とか『お身体にはくれぐれも気をつけて!』とか、わたしいつも元気をもらっていて――皇くんだったんだねっ!」

「う、うん」

「いつも嬉しかったの! 応援してくれて!」


 ス、スゴい勢いだなあ……僕が送ったメッセージ覚えててくれたんだ……嬉しいなあ。


 僕が静かに感動していると、


「皇くんっ」

「は、はいっ!」


 文月さんが、僕の手をキュウ、と包み込んだまま、さらに顔を近付けてきた。もう、おでことおでこがぶつかりそうだ。


 心臓が爆発しそうなくらい激しく脈打っている。頭のなかが沸騰しそうなくらい熱い。


 近い近い近い近いっ!!


 きっと、クラスメイトのみんなは凍りついているんだろうなあ。二学期からハブられたらどうしよう?


 そんなことを危惧きぐしていると、


「わたし、皇くんのライトノベル読みたいっ」


 文月さんが、キラキラ輝く瞳で、僕のことを見つめてきた。


「へぁっ!? だ、だけど、僕の作品はつたないものでして――」

「お願いっ! ずっと気になっていたのっ! 本になったら真っ先に読みたいって思っていたのっ!」

「た、たしかにそうおっしゃっていましたねっ! で、でもね? その――」

「――――ダメ、かな……?」


 文月さんの瞳に悲しげな色が滲んだ。


 眉が不安そうに歪んでいて、まるで捨てられた子犬みたいにしょんぼりとした様子をしている。


 いや……ダメだよ、その顔は。いくらなんでも強烈すぎる。反則だよ。


「ダ、ダメじゃ、ないです……」


 気付けば、僕は首を左右に振っていた。


 文月さんの顔に、ヒマワリのような明るい笑顔が咲く。


「じゃあ!」


 文月さんが僕の手を放して、制服である紺色スカートのポケットから、ピンクのスマホを取り出した。


 それを僕に見せながら、


「連絡先、交換しよっ?」

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