18.バトルの中の、別のバトル

「運搬のクエスト? 運ぶだけってことですか?」

「そうさ」


 いつものクエスト受付所で、丸眼鏡のおばさんがボトルから酒をドボドボとグラスに注ぐ。ボトルには何か赤いものが沈んでいて、「果物だよ。酒に良い感じのフレーバーがつくのさ」とニンマリ教えてくれた。


「そんなクエストがあるんですね……めちゃくちゃ重い荷物とか?」

「アンタもバカだね、女子が運ぶんだよ、そんな重いはずないじゃないか」

 バカ呼ばわりされた……いや、言ってることもっともなんだけどさ……。


「軽いんだけど嵩張かさばる荷物を運んだり、モンスターがいる道を通ったりするんでパーティーに依頼するんだよ。今回は布の生地を何巻なんまきか、西の山を越えたところにある服屋に持って行ってほしいんだ」

「あ、なるほど。他のみんなにも問題ないか聞いてきます」


 アーネックに事前に聞かないと「ったく、勝手に決めんなよ」とか文句言いそうだしな。


「ところで、この受付所担当してる、もう一人の痩せたババアのことなんだけどね」

 出ました、おばさん同士の日替わり愚痴バトル。


「向こうから食事に誘ってきたんだよ。『酒が好きならどうですか』とか言ってさ」

「おお! いいじゃないですか、行ってくれば!」

「バカ、そんな二つ返事ができるか。それじゃ『向こうの方が相手を酒に誘う度量の広さがありますよ』ってすんなり認めるようなもんじゃないか」

「……いや、そこまで向こうが思ってるかは……」

 なぜ女性は幾つになっても深い深い心理戦を展開するんだろう。


「体調が芳しくないってことにして、少し待って返事することにしたよ。敵の出方を窺うとするかね」

「始めから敵認定するのやめませんか!」

 酒飲んでもっと仲良くしようよ!





「何回かこの山は越えてるけど、服屋なんてあったんだな。ニカリン、知ってた?」

「ううん。アーちゃんも初めてなんだ」


 太陽の高い晴天の下、登山が始まってすぐの、まだ大分なだらかな道。先頭を歩く2人の後ろでは、ナウリとオーミが「雨じゃなくて良かったね~」とのどかな景色を見つつ木の実を拾いながら歩いていた。


 山の若い緑が元気に風に揺れている。枝で幾つにも分かれた木洩れ日が腕を撫でて仄かに温もりを残した。


「タクトさん、無理はしないでね~」

 最後尾を振り返って気遣うナウリに、アーネックがキシシと意地悪に歯を見せる。


「大丈夫だって。男子の本領発揮だからな」

「あのな、途中からお前らも持てよ」

「はいはい、アタシ達だってそこまで鬼じゃないっての」



 それなりに重い生地を誰が持つかという話し合いの末、「みんなで分担して持とう」という俺の意見はアーネックの「いよっ! 男子!」という一言でなかったことにされ、俺は今、「彼女の買い物に付き合わされて購入したものをたくさん持たされる人」というひと昔前のコメディ映画の演出のごとく、麻で出来た大量の手提げ袋を両手に持っている。袋自体も結構重量あるぞこれ。ハイレムよ、早く紙袋を普及させるんだ。



「アーネック、その髪すごく似合ってるわね!」

「ありがと、オーミン!」


 オーミがアーネックの髪を優しく掴んだ。空気を含んだようにふわふわとカールした真っ白な髪は、まるでわたあめ。胸元くらいまで伸びていたその髪は、鎖骨の上くらいまで短くなっている。そっか、この前のクエストの後、髪切ったんだよな。


「ハリムさん、やっぱり上手だな。ボリューム多かったから、目立たないようにいてもらったんだ」

「え、そうなの? そんな風に見えないなあ」

「でしょ? タック、これがハリムさんの技術なんだよ」


 ハリムさんの素晴らしいハサミ使いと丁寧な頭皮マッサージについて聞いていると、ニッカやナウリも「うんうん、良い感じ」と混ざる。話が終わって山登り再開となってから、近くにいたナウリにひそひそと話してみる。



「やっぱり髪切ったら話題に出した方がいいんだな。男子はあんまりそういうのなかったけど」


 その一言にナウリは、とんでもないニュースを聞いてしまったかのように顔を引きらせる。


「タクトさん……髪切った女子を褒めないっていうのは『私の首を刎ね飛ばして頂いて構いません』って言ってるようなものだよ」

「そこまでかよ」

 万死に値するレベルじゃん。


「ヘアスタイル変えたら、そりゃ気付いて褒めてほしいよ~。でも会っていきなり褒めるにもわざとらしいと思う。だから少し間を開けてからね。あと色合いとか切り方とか、あんまり男子が細かいポイント褒めると『どんだけ見てるのよ。ちょっと気持ち悪いんですけど』ってなるから、ある程度ざっくりね~」

「その気遣いとマナーがもう」

 どこかにマニュアル売ってませんか。




「おっ、ダンスグラスだ!」


 先頭のアーネックが立ち止まった。何か敵に違いないと走って追いつくと、目線の先には、根っこが足状になっている背の高い草が6匹、トテトテと歩いている。


「なんか可愛い!」

 ニッカが「踊ってるみたいに見えるよね」と相槌を打って弓矢を取りだした。


「攻撃の気配に気付くとすぐ向かってくるから要注意だな。みんな、葉から猛毒の液を出すから、まずは葉から処理して」


 言い終わるが早いか、アーネックが1匹の目の前まで近づき、槍の超高速の一突きを食らわせる。フォン、と空気の揺れる音が走り、見事に葉だけがバサリと切れた。



「すごいな! よし、俺もやってみよう!」


 もう1匹の前で俺も剣を構え、「せいっ!」と突いてみる。が、力みすぎたのか曲がってしまい、照準が外れた。


「タック、練習も無しにいきなりできる技じゃないぞ。女子の生態がわかってないのにハーレム作ったり出来ないのと一緒だ」

「例えに悪意を感じる!」

 足りないのか! やっぱり理解が足りないのか!


「こっちも1匹倒したわ」

「ワタシも炎で焼いたよ~」


 オーミが靴に付いた土を払い、ナウリは水晶のブレスレットを労うように撫でている。


 残り3匹になったところで俺も汚名返上で2回突きを繰り出してみたが、ボウリングの球が曲がるかのごとくまっすぐに突けず、見事にどちらも外す。「ドンマイ」と軽く慰められながら、結局アーネックとニッカが1匹ずつ倒してしまった。俺の剣士としてのアイデンティティーが。



「はあ、俺も敵を倒せるようになりたいぜ」

「何回か戦っていけばいつかは倒せるわよ、きっと」


 そう言ってオーミは、最後の1匹の葉を弾き飛ばす勢いで後ろ回し蹴りをお見舞いする。


 が、その時。


「危なっ!」


 小休止していて一瞬反応が遅れたアーネックが危うく向かってくる足にぶつかりそうになり、慌てて飛び退いた。


「おい、オーミ。急に技出すなよ。当たるかと思っただろ」

「ごめんごめん。でもあそこでアーネックに声かけたらダンスグラスに気付かれちゃうでしょ? 構えとか動き見て先読みしてよ」


 アーネックはキッと眉をつり上げる。


「そんなに格闘技に詳しくないっての。後ろにいる人のことも注意してやってくれ」

「分かったわよ、なるべくそうする。でもアーネックも戦闘中は他の人との間合いに気を付けた方がいいわ」


 ナウリとニッカの目が泳いでいる。あれ? これなんかマズくない? オーミも結構怒ってない?


「大体、先読みしたってすぐ動けないこともあるじゃんね」


 小さい声で、でも確実に相手に聞こえる声でアーネックが呟く。それを聞いたオーミも、独り言のように彼女に視線を合わさずに返す。


「そんな動きにくそうな冒険靴履いてるからよ」


 僅かにヒールがついていて、先端もやや尖っている靴。確かに少し歩きづらそうではある。


「どう見ても山道の移動には向かないタイプだしね」


 その途端、アーネックは、オーミに興味を無くしたような表情になり、おざなりの謝罪を吐き出した。


「はいはい、すみませんでした。靴が悪かったかもね」


 そして進行方向の登り道にくるりと向きを変え、スタスタと歩き出す。

 リーダーとのケンカ、不和、反撃。俺はイヤな予感がして、慌てて後を追った。


「おい、アーネック。一応聞くけど、みんなに命令して、全員でオーミのこと無視したりしないだろうな」

「は?」


 リーダーが力を振るったら、それこそ簡単にハブれてしまう。


「大丈夫だよ、タック。そんなことしない」

「いや、それならいいんだけど……」


 そしてそれが全くよくなかったことを、俺はすぐに知ることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る