15.オシャレグループのトップ

「辛味草?」


 横を歩くニッカが「そうよ」と手をグーパーさせて揉む仕草をする。


「名前の通り、葉を揉むと辛味成分が出てくるんだ。料理に使うのが主だけど、薬に使うこともあるよ」

「へえ、激辛料理ってわけか」


 薬草摘みのクエストを選び、今は降り注ぐ陽光の下、緩やかな登り坂の草原を歩いている。遥か先の少し入り組んだ場所、モンスターも棲んでる場所に葉をつけているらしい。


「まあ、ちょっと歩く代わりに、発見しちゃえば楽だからさ。その分報奨金も少ないけど、アタシは結構好きなんだよね、薬草のクエスト」


 会話に混ざってきたアーネックが、首の後ろで手を組みながら俺の真横に並んだ。後ろにオーミとナウリも近づいてきて、仲良し5人組みたいになっている。



「そういえばオーミ、そんな柄の冒険服も売ってるんだな」

「ああ、これ?」


 紫の髪を手櫛でかしながら首の下に視線を落とすオーミ。白いTシャツに相当細身の黒のパンツ、そして丈の長い青系チェックのシャツワンピース。


「チェックの柄とかって確かに売ってるところ少ないかも。だから探すの大変なの。マジトで友達から色んなお店教えてもらってるわ」


 水筒の蓋を開けて水分補給しながら感心する。やっぱり情報収集って大事なんだな。



 と、アーネックが不意打ちで質問してきた。


「そういえばタック、ハーレム目指してるんだって?」

「ぶほっ! ぐはっ! げはっ!」

 ちくしょう、水が全部服にかかっちまった!


「なんで知ってんだよ、アーネック!」

「ナウリンからマジトで聞いたからな。『ハーレム作ろうとしてる面白い男子がいる』って」

「おいこら、ナウリ!」


 後ろにいたナウリは「間違ったことは言ってませんよ~?」と言わんばかりにヒヨヒヨと口笛を吹いている。漫画みたいなごまかし方だな。


「あ、これこれ。オーミンからも来てた。『誰かに服従するのとか興味あるんだよね、とか言ってみたらタクトも張り切っちゃうかもね』って書いてある」

「完全に変態扱いじゃん」

 オーミ、楽しそうにするな!


「いや、アーネック、これは誤解だからな」

「……アタシ、誰かに服従するのとか興味あるんだよね」

「このタイミングで言われても!」

 完全にウケ狙いだじゃん。



「本当は狙ってるんだろ? 素直になれって、タック」

「ぐぬぬ……あーもう分かったよ! 狙ってる! 俺はハーレムを狙ってるぞ! 元の世界で13歳から3~4年間も女子ひでりだったからな!」


 俺の宣言に、アーネックは「うっそ!」とぱっちりした目を大きく見開いた。


「そりゃあ大変だ。ナウリン達、よくコミュニケーション取れたね」


 バグった動画のように高速で頷き続ける3人。あれ、俺より向こうの方がねぎらわれてる。


「ニカリンもハーレムとかウケただろ」

「うん、面白い! なんとか頑張って狙ってほしいね!」


 完全に他人事のコメント。グッ……俺はこんな圧力には負けねえぞ! 男子校の女子飢えを舐めてもらっちゃ困る!


「オーミンは? コンダクターとして思うところないの?」

「そうね……誰かに服従するのとか、興味あるかな」

「使い回すな!」

 周りも笑うな! 多分何かのハラスメントだこれは!



「アーちゃん、その服可愛いね~」

「ホント? ありがと!」

 ナウリに褒められ、アーネックは小さくピースした。


 いや、でも本当に、特に白シャツの上から来てるベージュのカーディガンがさ……女子高生がブラウスの上から着てるみたいですごく良いんだよな……。「男子校の夢」そのものの格好をこうして目の前で見られてるの、眼福以外の何物でもないよ……。


「ナウリンのその服もいいじゃん、どこで買ったの?」


 そうなんですよ、ナウリの服も卑怯なんですよ! 胸元が開いたキャミソールみたいなの着てるから、その肌色の谷間が目についてしょうがない。その上からグレーのシャツを羽織って、下はフロントにボタンのついた緋色スカート。みんなオシャレだなあ。


「パーティ―受付所の南の方に、グラメさんって人がやってる武器鍛冶の店があるんだけどね、そこの奥さんが趣味で作ってたまに一緒に売ってるんだよ~」

「へえ、面白い! 今度みんなで行ってみようよ」

「いいね、行こう行こう!」


 こうして話を聞いているとよく分かる。追加メンバーなんてことは関係なく、今のこのグループの中心はアーネックだ。彼女が話題を提供したり話を振ったりすることで、話が膨らむし、笑いも起きている。疑いようもなく、輪の中心だった。



「なあ、ナウリ」

 アーネックが前に進み、ニッカ達と冒険靴の話をし始めたスキに話しかける。


「どうしたの、タクトさん?」


 ううん、今更だけど、こんな可愛い子にさん付けで呼ばれるってヤバいよね! 何かくすぐったいけどドキドキするよね!


「ぶっちゃけて聞くけどさ、アーネックってリーダーみたいなもんなのか?」

「え? うん、まあそうだね~。学校のときからだよ」


 それがどうしたの~、という表情で首を傾げる。


「いや、そしたらさ、お前ら……その……なんて言っていいか分からないんだけど……序列的なものがあるのか?」

「序列? うん、あると言えばあるけど……でもタクトさん、別にアーちゃんがクラス全員を独裁的にべてたってことじゃないよ?」

「そ、そうなのか?」


 俺のリアクションに、「武力行使じゃないんだから、ふふっ」と口に手を当てるナウリ。


「あのね、女子のグループって基本的に幾つかのパターンに分かれるでしょ?」

「初めて聞いた」


「やっぱり知らなかったんだ。女子とうまく交われないオーラ出てるってニッちゃんが言ってるのも分かるね~」

「そんなオーラ出てんの!」

 消し方教えて! 今すぐ!


「んっと……例えば、すっごくオシャレ好きで一番目立つグループ、お堅い真面目なグループ、お芝居とか音楽とか趣味命なグループ、みたいなのかな」

「あっ、それなら何となく分かる」


 男子校でも運動部・文化部とか趣味である程度分かれてるもんな。趣味命ってのはオタクグループみたいなヤツか。


「で、ワタシは一応、オシャレグループに入ってたんだ~。ヒエラルキーで言えば、うん、まあオシャレが一番上っていうのは想像つくでしょ?」

「ホントにヒエラルキーってあるんだ……しかもナウリにそこに入ってたのか」


 照れをごまかすように「えへへ、ギリギリね」と自分の腕を軽く叩くナウリ。グレーのシャツの中に追い風が潜って、袖がぼうっと膨らむ。


「でね、そのオシャレグループのリーダーがアーちゃんなの」

「すごいじゃん! トップ中のトップじゃん!」

「そうだよ、簡単に話しかけていい人じゃないんだから。頭が高いよ~」

「普通に話させてくれよ」

 クエストやりづらいわ。


「リーダーって言っても、別に他の人パシリにするとかじゃないし、普段は普通に仲良しだよ~。いつも話題の中心にいるし、何かあったときに意見まとめたり、カフェ巡りみたいなイベント企画したりしてくれるんだよね」

「ほああ、そうなのかあ」

 未知なる世界を垣間見てるなあ。


「クラスの40人中、オシャレグループにいたのは7~8人だったけど、アーちゃんは3年間ずっとリーダーだったもの。一緒に仕事できて嬉しいよ~」


 揉み手するときのように両手を重ね合わせ、恋する乙女のごとき憧憬の眼差しを見せるナウリ。クッ、それは本来俺が向けられるべき表情なんだぞ……!


「まあ、そういうわけであんまり気にしないでいいと思うよ~」

「ん、分かった」


 彼女は速足で3人の輪に追いつき、「ワタシも混ぜて~」と入っていった。

 仲が良いんなら、特に心配することもないか。



「ねえねえオーミちゃん、終わってから行くカフェ、どこにする?」

「ううん、どうしよっか。ニッちゃんは良いところ知ってる?」


「んー……あ、この前、自家製のプリンが美味しいところ見つけたよ。あんまり甘すぎなくてビターだから、アーネックちゃんも好きかも」

「あープリンかー。ごめんニカリン、アタシ今日はスイーツはいいかなあ」

「そっか、それなら別のところにしよっか」



 仲が良いんなら、特に心配することもない……



「そういえばオーミン、最近も紅茶飲んでるのか?」

「ううん、最近はブラックコーヒーよく飲んでるの。ちょっと苦いけど香りがしっかり分かるし」

「おっ、アタシも最近ブラック飲むよ。なんだよ、キャラ被ってんじゃん」

「あらら、被っちゃった。じゃあ久しぶりに紅茶ファンに戻っちゃおうかな」



 仲が良いんなら、特に心配することも……



「ナウリンは行きたいお店ないの?」

「ううん……あ、ハーブティーのところ……はアーちゃん苦手だったよね。ハッカやミント系が苦手なんだっけ?」

「お、よく覚えてるじゃん! そうそう、フルーツっぽい風味なら大丈夫!」

「そっか、じゃあその辺りの種類が多い店思い出すよ~」


 仲が良いんなら、特に心配……心配するよ!



 なんかもう空気が! 何となく空気が! グループの間にやんわり漂うリーダーへの気遣いが!



「タックは飲み物は何が好きなんだ?」


 俺の方を振り向くアーネック。よし、ちょっと流れに乗ってやれ。


「いや、それが俺もブラックコーヒーなんだよね。気が合うなあ」

「ふうん、そうなんだあ」

「……うん、そうなんだあ」


 男はスルーなんだな!

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