【短編】噛まれると人間になるゾンビもの

一終一(にのまえしゅういち)

噛まれると人間になるゾンビもの

 その日、ゾンビ達の日常は崩れ去った。


 平和に徘徊していた彼らに突如ゾンビ型の生命体“人間”が襲い掛かってきたのだ。


 人間の恐るべき身体能力と噛まれたら人間になってしまうウイルスによってゾンビ達はなすすべなく蹂躙じゅうりんされていった。


 そんな中、わずかに残ったゾンビ達は複合商業施設“ショッピンググール”へと逃げ込んだのだった。


「これで全員か?」


 バツイチ子持ち、月に一回、娘に会うことが唯一楽しみな通称“主人公ゾンビ”が辺りを見回すと数体のゾンビが所在なさげにそわそわとしていた。


「お父さん、これからどうなるの?」


「心配するな。絶対にママのところに帰してやるからな」


 脳みそが見えている娘ゾンビの頭をそっと撫でる。すれ違う者がみな振り返るほどのゾン美少女だ。


「シット! どうなってやがる! なんなんだあいつらは!?」


 近くにいた普段は陽気なアフロのゾンビががなり立てた。


 その様子に意味深に腕を組んで壁にもたれている、通称“意味深ゾンビ”が答える。


「落ち着けボンバーヘッド。やつらは人間、別名“健康体”という名の化け物だ」


「健康体……なんておぞましい響きだ」


「健康体は飛んだり跳ねたり走ったり泳いだりと我々ゾンビより身体能力が高い」


「なんだって!? お母さんに、はしゃいじゃいけませんって教わらなかったのか!?」


「さらに土地や資源を略奪し、異端を排斥し、時には仲間同士で殺し合う凶暴性を持つ」


「化け物めっ! 俺達は仲良く徘徊しているだけだってのに!」


「さらにゾンビは生物を生で食すのに対し、人間は皮を剥ぎ、臓物をえぐり出し、残った肉塊を煮たり焼いたりして食い散らかすんだ」


「人間めっ! 死者に対する冒涜だッッ!」


「さらに腐った食べ物は食べない」


「腐ってからが本番だってのに!!」


「さらに糞尿を垂れ流しただけで怒られる」


「人間めっ! 自由にさせろ!」


「さらに男はおっぱいが好きだ」


「そこは一緒だ!!」


 絶望的な情報の数々にゾンビ達は皆一様に青い顔をしていた。いや、それは元々だった。


「そんな奴らどう倒せばいいんだよ!」


「大丈夫だ。奴らは不死身ではない。弱点がある。頭だ、頭を潰せば死ぬ。他にも体や足を潰せば殺せるとは限らないが時間は稼げるだろう」


「なんだ、案外倒せそうじゃん!」


「一匹ならな。残念だが奴らの最も恐ろしい特性は、群れで行動することだ。集団になることで気が大きくなりオラつくんだ」


「オラつく?」


「肩を怒らせながら歩き、道に広がり、正面から来た奴に噛みついてくる」


「うわぁ……こえー人間こえー!」


 ここで急展開。人間がバリケードを破り侵入してきた。


「いたぞウェーイ!」

「まぢゾンビいてウケる」

「俺らで救ってやろうぜ」


 スマホと呼ばれる武器を持つ人間にアフロゾンビが焦る。


「ひいぃ! バケモノォ!」


「マズイぞ! 今の奴らは同調圧力によって“ゾンビを人間にすることが正しい”と信じてしまっている!」


「ひいぃ! 個性のない奴らぁ!」


「いいから逃げろ! 個人情報を晒されるぞ!」


 スマホという兵器を使えば、簡単にあらゆる情報を共有され、ゾンビの屍生じんせいを潰すことも容易なのだ。


「うーうー」


 ゾンビ達はうーうー言いながら逃げだした。しかし、身体能力で上回る人間に追いつかれそうになる。


「仕方ありません。私が時間を稼ぎます」


 一匹のゾンビが立ち止まり、人間に振り返る。全身黒い服に逆十字のネックレスをした、通称“死父しんぷゾンビ”だ。菌融庁から天腐りして敏感企業の名誉アドバイザーとなるも、セクハラにより解雇。その後、更生して死父になったのだ。


 波乱万丈の人生、否、屍生じんせいを送ってきたゾンビだ。ちなみに趣味は株死期投資。菌と金が大好き。


「皆さんに死神の祝福あれ!!」


 叫びながら突撃する死父ゾンビ。が、無理に力を込めたせいで足が取れ、転倒した。


「ちょ、コケててウケるー!」

「SNSに上げようぜ」

「絶対バズる奴じゃん! ギャハハ!」


 死父ゾンビを笑い者にしながら動画撮影する心なき人間達。


「あいつら、コケたゾンビをあざ笑って……! なんて嫌な奴らだ!」


「これが社会の縮図さ」


「世知辛し!」


 何はともあれ、死父ゾンビを犠牲に数体のゾンビが逃亡に成功した。


「一階のスタッフ専用通路の先にある倉庫に今は閉鎖された旧地下水道への抜け道がある。そこを通れば海に出られるはずだ」


 言われた通り、通路を抜けると倉庫にたどり着いた。しかし、床にある地下へ通じる出入口は固く閉ざされていた。主人公ゾンビが爪で開こうと試みるが。


「ダメだ、指取れちゃう」


 ゾンビは、基本的にビンの蓋も開けられない悲しき生物なのだ。


「何かバールのようなものでもあれば良いのだが」


 それを聞いたアフロゾンビが口を挟む。


「そうだ、たしか近くに百菌ひゃっきんがあったよな? もしかしたら使える道具があるかも。俺が見てくるぜ」


 百菌とは、百菌一ショップの略である。常在菌を貨幣に使う菌本位制のゾンビ社会において懐(物理)に優しい良心的な店なのだ。


 アフロゾンビは、裏口から慎重に出て行った。


 それを背後で見ていたカップルのゾンビがヒソヒソと話していた。腐乱クな性格のダーリンゾンビとゾン美肌のハニーゾンビだ。


「おいハニー、あっちで腸内菌交換しようぜ」


「もーダーリンったら仕方ないなぁ。お腹グールグールしちゃうぞっ」


 ちょっと理解に苦しむ会話をしながらカップルゾンビは暗闇に消えていった。


「今の内にバリケードを作っておくか。それで少しは時間を稼げるだろう。おい、デカイの、手伝ってくれ」


「えぇ、僕ですかぁ!?」


 指名された体格の大きなゾンビ、通称“デブゾンビ”は、ゾンビーフカレーを食べながら露骨に嫌な顔をした。


「後でゾンビスケットやるから。頼む」


「よーし、頑張るぞぉ!」


 デブゾンビは単純だがいい奴だった。


 いくつかの出入口の前に棚や什器を倒して塞いでいく。


 裏口以外を完全に閉じた、ちょうどその時。


「悪い、待たせたな!」


 道具を探しに行っていたアフロゾンビが戻ってきた。


「バールは無かったけど、屍ーソーならあったぜ!」


 屍ーソーとはシーソー的な何かだ。


「でかした! 屍ーソーならヘンテコの原理で蓋を開くことが出来る!」


 ヘンテコの原理とはテコの原理的な何かだ。


「ふぅー、俺はちょいと休憩するぜ」


 アフロゾンビは、仕事を終え、汗を拭う。その様子を見ていた腐女子(物理)ゾンビが何かに気づいて口元を押さえる。


「……えっ、待って。なんでアナタそんなに肌に張りがあるの?」


 肌はツヤツヤ、筋肉ムキムキ、お目目パッチリになっていた。


「い、いやこれは……」


「アナタ、ケガを隠していたのね!」


「ち、違う! どこをケガしたか分からなかったんだよ!」


 ゾンビは基本ボロボロのため分からないのだ。


「黙りなさい! 誰か彼を殺して! 今なら頭が取れやすいから簡単よ!」


「ま、待って、た、助けてくれぇぇ! 人間になりたくないぃぃ!」


 突如、人間化が早まり、アフロは苦しそうに転がりのたうち回った。しばらくして動きが止まり、ゆっくり起き上がる。


「お、おい、スゲェよこれ……お前らも騙されたと思って人間になってみろって! デコピンしても指取れねぇんだぜ?」


 嬉しそうに指をピンピンするアフロゾンビ。髪も焦げたブロッコリーのようにフサフサになっていた。


「こいつはもうダメだ、自分の意思を持たない無個性人間になってやがる!」


「人間サイコー!」


 元アフロゾンビが襲いかかってくる。その時。


「よし、蓋が開いたぞ! 急げ!」


 全員地下通路へ向け、うーうー走り出す。


 だが、カップルゾンビは互いに腸を結んでいたため、逃げ遅れ噛まれてしまった。


「た、助け——」


「いやあああ! 私のゾン美肌がぁぁ!」


 カビの生えた食パンのような肌が、綺麗なモチ肌に変わっていく。


 人間になった二人が見つめ合う。


「あれ、ダーリンって思ったよりカッコよくないのね」


「ハニーこそ壁に叩きつけたパイのようにブサイクだね」


「なんですってぇ!」


「なんだよ!」


 元カップルゾンビは破局した。視力が上がったことで見た目を重視するようになったのだ。


 一方、デブゾンビも逃げ遅れ、噛まれてしまう。


「ぐ、ぐぎゃああああ! せめてカレーを食ってからにしてくれぇ!」


 願い虚しく健全なぽっちゃり体型になった彼は刺激臭に鼻を押さえる。


「なんだこの腐った食べ物は!?」


 今までこんなゴミを食っていたと思うと吐き気がする。


「うえぇ、今度から食事は残しまくって、捨てちまおっーと」


 元デブゾンビは食べ物を粗末にする嫌な人間になってしまった。


 その様子を見ていた腐女子(物理)ゾンビも噛まれ、腐女子お姉さんになっていた。


「え、待って。アフロ×デブまじ尊い……」


 腐女子は腐女子になった(哲学)。


 残ったゾンビは三匹。主人公ゾンビと娘、それと意味深ゾンビだ。彼らはうーうー言いながら旧地下水道を足早に進んでいた。


「そういえば、アンタ何でそんなに人間に詳しいんだ?」


 主人公ゾンビが意味深ゾンビに問いかけた。


「フッ……気付いたか。そう、お前の考えている通り私が黒幕だったのだ!!」


「え、そうなのか?」


 主人公ゾンビは純粋に疑問を口にしただけだったのだがどうやら早とちりしてしまっていた。


 意味深ゾンビ痛恨のミス。少し耳が赤くなるが大きな咳払いをひとつして、何事もなかったように話を進める。


「ふ、ふん計算通りだ。と、ここでさらにネタばらし。実は人間を創り出したのは——ゾンビだったのだ!!」


「な、なんだって!?」


「考えたことはないか? 自由に走ったり跳んだり電気の紐でシャドーボクシング出来たらいいのにと!」


「ッ……確かにノールックで後ろからくる紐を避けたかった! だけど頭を早く動かすと最悪取れちゃうから出来なかった!!」


「そうだろうそうだろう! お前と同じことを考えたとある一匹のゾンビが人間に変える兵器、ヒューマンウイルスを作ったのさ!!」


「な、なんだって!?」


 あまりの驚きに絶望的な表情になる。いや、それは元々だった。


「そんな……俺達ゾンビが人間なんてモンスターを作ってしまったのか」


「もう分かったろう? お前も人間になれば楽になれるぞ。さぁ、この注射を打つんだ」


 意味深ゾンビは、ヒューマンウイルスが入った注射器を取り出した。


「断る! 俺達ゾンビはお前達のような悪魔にならない! たとえ走ったり泳いだりできなくても俺達は相互不干渉だから関係ないんだ!」


「ふん、まるで隣人と交流しない都会人のようだな! このコンクリートジャングル野郎め!」


 いまいちピンとこないやり取りを終えたと同時に意味深ゾンビは注射器を自分に刺した。


「おおぉぉ……これこれぇ……!」


 モザイク処理したくなるような絶頂顔を浮かべ、意味深ゾンビは意味深おじさんへと変貌した。


「くっ、死春期の娘の前で18菌の顔を見せやがって!」


 主人公ゾンビはとりあえず殴りかかることにした。


「うおおおおおお!」


 だが、難なくかわされる。


「ふははは!! なんだそのウスノロパンチは! 目をつぶってても当たらんよ! そらこっちだ! あんよがじょーず! あんよがじょーず!」


 意味深おじさんは、手を叩きながら主人公ゾンビと一定距離を保ち、カバディでもするように周囲をぐるぐる回っている。


「ちきしょう! なんて性格の悪さだ! 人間って本当にクズだな!」


「はい、クズでーす!! ギャハハのハー! ……さて、このまま人間に変えたいところだが、あいにく私は潔癖症でな。噛み付きたくないのだ。おい、出て来い!」


 後ろからぞろぞろと手下の人間が出てくる。


「さぁ、奴をやれ!」


 だが予想に反して誰も動かない。


「どうした!? 早く嚙みつけ!」


「やっぱよー、人間になりたくないっつー奴を無理やり変えるのってダメじゃね?」

「そうだそうだー」

「そうだそうだー」


 予想外の反応に焦る意味深おじさん。


「くっ、どういう事だ!?」


「どうやら上手くいったようですね」


 一匹のゾンビが人混みから前に出てきた。


 そいつは——死父ゾンビだった。


「アンタ無事だったのか!?」


「ええ、ウイルスが全身に回る前に腕を切り離して感染を免れました。ついでに人間を扇動して過激派から事なかれ主義に変えときました」


「すごい! どうやったんだ!?」


「金を握らせました」


「クレバー!」


 意味深おじさんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「ちっ、バカ共が。仕方ない、私は奴の倍の金を払おう!」


「あーん? なら即金で払いな!」


「くっ、電子マネーでいいか?」


「あーん? 現ナマに決まってんだろ」


「今時現金だと!? ちっ、これだから田舎もんは!!」


 意味深おじさんが悪態をついている隙を狙い、主人公ゾンビは体液を吐きかけた。


「ひぃぃ! 汚いぃ!」


 腐ったものは汚い。人間の常識だ。


 怯んだところに渾身のタックルをお見舞いする。尻もちをつく意味深おじさん。


「くっ、この程度で勝てるとでも——がはっ!」


 突如、足が腐っていく。足にはゾンビウイルスの入った注射が刺さっていた。


「お前がゾンビになっていたから必ずゾンビになる薬も持っていると思ったのさ!」


「お、おのれぇぇ!」


 逃げようと試みるがうまくいかない。


「くたばりな」


 主人公ゾンビの拳が顔面に叩き込まれた。


 首がもげ、転がっていく。ついでに主人公ゾンビの腕も取れてしまった。


 何はともあれ、娘を連れて急いでショッピンググールを脱出。


 主人公ゾンビと娘ゾンビは放置してあったボートに乗り、海へ。岸を見ると人間達がスマホ片手にこちらを撮影していた。


「なんて非常識な奴らだ。ああならなくてよかった」


「ねぇパパ」


「どうした?」


 妙にハキハキとした声が聞こえて振り返ると——人間になった娘がいた。


「あのね、人間になろ?」


 娘は主人公ゾンビの首元へ噛みついた。


「な、なにを——う、うわぁぁぁぁぁぁ!」


 すぐに髪はフサフサ、血液はサラサラになった。さらに千切れた腕も生え、健康的に。


 完全に人間になった主人公おじさんは、爽やかな笑顔で立ち上がる。


「これが人間か! 凄いぞ! 急いでママも変えてやろう!」


「うん! 人間サイコー!」


 その後、ゾンビは淘汰され、人間という化け物だけが残った。

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