第2話

 予定より遅くなって実家に到着した。運転疲れした私はソファーに身体を投げ出した。あとから入ってくる妻と子供たち。出迎える2人に挨拶と、手みやげを差し出した妻が子供たちに挨拶を促す。鼓膜を裂かんばかりの「こんにちは」が響く。

「こんにちは。2人とも疲れたでしょう」

 どうぞお上がりと言ったが早いか、むてっぽうに靴を脱ぎ捨ててどたどたと上がる良太と知花。妻がそれを叱って靴を揃えさせる。

「ほんとにお恥ずかしい」

 と苦笑いを浮かべる妻に「子供は元気すぎるくらいでいい」と父が一笑する。

「ねえねえあれがお父さんのお父さんとお母さん?」

 2人のほうを指差して知花が尋ねる。それを見て「人に指差しちゃだめ」と良太は知花の腕をはたき落とした。

「そう。知花のおじいちゃんとおばあちゃんだよ」

「これ、手伝ってあげんかね」

 と母がきて私に言う。父がサンダルを履いて妻といっしょに車へ向かっているのが窓を横切るのが見えて、立ち上がることにした。


 翌朝、ずいぶん早く目を覚ました。ようやく景色がほのかに明るくなってきていた。妻と子らはまだ寝息をたてている。音を立てないようにして布団を抜けだした。

「おはよう、ずいぶん早いな」

 リビングには父が新聞をひらいていた。庭のほうから洗濯物を叩く音がするのは母だろう。

「うん、なんか目が覚めて」

「コーヒー飲むか」

「うん」

「もう出来てるだろう、俺の分も頼む」

「あいよ」

 カップを2つ出してポットから注ぎ、父のところに持っていく。

「サンキュサンキュ」

 新聞紙を畳んで一口すすり、テレビを点けた。私もすする。解説のない天気予報の音楽が流れている。私は二口目をすすり、父はまた新聞を広げた。私も父もこの場の話題を探して、沈黙が流れる。私たちは前からこうだった。

「ちょっと散歩してこようかな」

 と私は芝居じみて窓外に目をやる。

「うん、行って来い」

 私はまた一口すすって、机の上の父のコーヒーカップからのぼる湯気に、何ともなく目を落とした。

「どこ行くの」

 玄関を出ると、空の洗濯かごを脇にした母と鉢合った。

「ちょっと散歩」

「あんまり遠くまで行ったらいかんよ」

「はいはい」

 


 かわたれ時の景色でジョガーとすれ違いに挨拶して、軽トラックの尾灯が畑の間の未舗装路に折れて行くのが遠くに見えた。よく似た光景を見たな、と思い記憶を探れば、高校生のころ飼っていた犬を散歩させた光景だ。大学2年のときに死んだと聞いたときには、その死に立ち会えなかったことが悔やまれた。さっきの軽トラックが入っていった畑地の道もいっしょに歩いた記憶が残っていた。それらはこうして思い出されるまで忘れていたことだった。それが堰を切ったように思い出される。高校時代の友人や美術室の匂い、恋人の家、それから青々とした哲学。

 想起に駆られた私は峠を渡す陸橋まで来ていた。そこから見下ろす屋根の連なりに、小学生のころ仲の良かった友人の家も目に止まる。

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