第29話・帝都

 テイラー王国から、ムーア帝直轄領までの道のりは極めて安全だった。

 ムーア帝直轄領は、ムーア帝国の中心に位置するため、そこまでは魔物が入り込むことはできないのである。

 僕は、その直轄領までたどり着いたのだが、リリーも連れてきてしまった。リリーは奴隷だった少女に僕が付けた名前だ。

 彼女には名前がなかった。それは、リリーの迫害の強さを物語った。


 ムーア帝直轄領には、内地の王国には珍しく、冒険者ギルドが存在する。それは、ムーア帝直轄領にダンジョンが存在するからだ。

 ダンジョンとは、かつては地下牢獄を意味した単語であるが、現在ではその意味は風化している。代わりに、ダンジョンという言葉が意味するのは、地下迷宮である。この、ダンジョンには地上では見られない強力な魔物が徘徊している。


 閑話休題。


 ムーア帝直轄領に、冒険者ギルドが存在することは、僕にとって都合が良かった。冒険者ギルドは、冒険者にとって役所のようなものだ。冒険者ギルドは、冒険者とその家族に対しての支援制度をいくつも持っている。

「ムーア帝国冒険者本部へようこそ、ダンジョンアタックの申請ですか?」

 ダンジョンに潜ることを、ダンジョンアタックと呼ぶ。

 先も述べたとおり、ダンジョン内の魔物は強力で、ダンジョンアタックを行うにはSランクの冒険者である必要がある。


「いえ、この子を少しの間預かって欲しくて」

 リリーのことを言えた年齢ではないが、リリーはまだ子供だ。彼女をひとりきりにするのは、得策とは言えない。むしろ危険だ。彼女の容姿は、子供に特有の愛らしさを持っている。耳は、奇形と呼ばれていたが、それも含めて僕は彼女が可愛いと思っている。

 だが、奇形と呼ばれたり、好奇の目にさらされるのはよろしくないと思い彼女にはフードを被せている。

「失礼ですが、どういった関係でしょうか?」


 通常、僕の年齢で養子を持つのは法律的にかなり厳しい。受付嬢さんはそこを訝しんでいるのだ。

「僕はこういうもので、この子は僕の養子です」

 僕が冒険者証を提出すると、受付嬢さんは目を見開いた。

「し、失礼いたしました。サイス冒険伯様」

 僕はその言葉に首をかしげた。


「冒険伯?」

「はい、サイス様。冒険伯は、あなたのために新設された爵位です。正式に冒険伯位になられるのは叙爵後ですが、既に貴族として扱うよう皇帝陛下からのお達しです」

「なるほど、ところでこの子、リリーを少しの間預かってくれますか?」

「それは構いませんが、その子サイス様から離れるんですか?」


 それが一番の問題である。なにせテイラー王国からここまで、リリーはほとんどずっと僕の服を掴んでいた。食事と入浴や着替えの時以外一切手を離さなかったのである。

「リリー、少しだけここで待っていてくれるかい?」

 僕がリリーに尋ねると、リリーは首を横に振った。

「嫌!」

 リリーの返事は、予想通りだった。だが、帝宮にリリーを連れて行くわけには行かない。そもそも、帝宮に招待されているのは僕一人なのだ。


「リリー、どうしても君を連れて行くわけには行かないんだ」

「帰ってくる……? 絶対?」

 リリーの不安げな表情は、僕の心に刺さる。なんだかんだで、僕はきっと彼女のことを愛しているのだ。

「あぁ、絶対だ」

 その時、驚くべき出来事が起こった。

「ジハド」

 リリーがジハドを唱えたのだ。

 驚くところはそこだけではない。僕のステータスだ。


 ―――――――――――――――――

 レベル27

 HP67108864/67108864

 MP67108864/67108864

 筋力67108864

 魔力67108864

 素早さ67108864

 器用さ67108864

 スキル:天賦の才(大鎌)・天賦の才(創造魔法)

 称号:絶望喰らい

 ―――――――――――――――――

 レベルが二つも上がっている。

 本来、ジハドの効果はレベルを1上昇させるというものだ。リリーのジハドはその効果が倍だ。


「お守り」

 リリーは言った。僕が何があっても帰ってこれるように、僕にジハドをかけたのだ。

「帰ってきたら、お話しよう」

 リリーのジハドは僕にとってあまりに強力だ。だから、僕はリリーを冒険者として育てることを決意した。

「行ってらっしゃい」

 リリーはそう言いながら、僕から手を離す。

「うん、行ってきます」

 僕はそう言って帝宮に向かうのだった。

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