第28話・禁制品

 テイラー王国は、観光にも適していた。

 マーチャンダイジングを中心に栄えた国だけあって、その町並みには目を惹かれところがこれでもかと言うほどあった。

 だが、そんな街並みの中で、僕はふと違和感を覚えた。

 ただの痕跡だ。だが、この街には似つかわしくないものだった。

 屈んで、その痕跡を指で触り、匂いを嗅いだところでそれがなんの痕跡かはっきりした。


「鉄粉だ……」

 金属というのはそれぞれ独特な匂いを持っている。特に鉄の匂いは、冒険者である僕だからこそ分かりやすい。

 冒険者の多くは武器として鋼鉄製のものを使う。特に使い古された武器は、その鉄の独特の匂いを強くしていく。それが、僕が鉄の匂いだけは間違えない理由だ。

 鉄粉の痕跡はもう少し道路の中央寄りの位置ならさほど珍しくはない。馬車の車輪は木材で作られ、その表面に鉄を付ける。だが、馬車が通るにしてはその痕跡は道路の端に寄りすぎていたし、それにまばらだった。


 僕はその鉄粉の痕跡を追っていく。

 痕跡は、少し裏路地に入った場所に続いていた。

「ビビアン装具店……」

 この街では最も多い、アクセサリーなどを売る店だ。

 僕はとりあえず中に入ることにした。


「いらっしゃい、ビビアンには綺麗な装飾品は、かっこいいアクセサリーが揃ってるよ!」

 店員さんは、かなりの量のアクセサリーをつけた、パンクな人だった。

 そして、店の奥には扉がある。鉄粉の痕跡は、そのに続いていた。

「裏の商品を見せてくれますか?」

 だから僕は、カマをかけた。


「なんだ、坊ちゃんそっちの趣味か!?」

 かかった。

 そして、この人は多分店主だ。

 店主が、僕を奥の部屋に通す。すると、そこには足を鎖で繋がれた人たちがいた。

 着飾ってはいるものの、これは奴隷だ。

 何かしらの禁制品であることは予想していたが、それが人であることまでは想像できなかった。いや、痕跡が鉄粉である時点で、それに僕は気付くべきだったのだ。

「奥の女はやめとけ、奇形だ」

 店主が言う。

「どう奇形なんですか?」


 僕が聞くと、店主はその奥の女性、いや少女に近寄り、フードを無理やり剥がした。

「見ろ、耳が四つもありやがる」

 確かに、耳が四つあった。二つは僕たち普通の人間の耳。そして、残る二つが頭上の獣の耳だ。

 僕は確かに、それに驚いた。そんな人の話は聞いたことがなかったから。

「あーあ、なんでこんなん買っちまったかなぁ……おらっ!」

 そう言って店主が少女を殴りつけようとした腕を、僕は掴んで止めた。


「彼女を買いましょう……」

 それは、落としてしまった包丁に、咄嗟に手を伸ばすような、危険な反応だった。

「そりゃありがたいね、なんせ奇形だから、気持ち悪がって誰も買いやしねぇ」

 一万ビター、それが少女の人生に付けられた値段だった。それは僕からして見たら恐ろしく安い値段で、だけどこのムーア帝国の貧民からしたら一年分の生活費だ。


 しかし、このままでは僕は犯罪者になってしまう。それを避けるためには、このまま憲兵の詰所に行くしかない。

 だから僕は憲兵の詰所にやってきた。

「犯罪の摘発にきました」

 僕が言うと、憲兵の一人が即座に書類を取り出した。

「内容をお聞かせ願いますか?」

「奴隷販売店を見つけました。名前はビビアン装具店。そしてこの子は、そこの奴隷です。主人から暴力を受けそうになったので買ってしまいました」


 奴隷は犯罪奴隷以外全て禁止されている。犯罪奴隷は鉱山で終身刑であり、売買されることはない。よって、奴隷販売はれっきとした犯罪だ。だが、購入は保護目的のみ、犯罪ではなくなる。その際、購入した奴隷は憲兵によって奴隷紋の祓呪を行う必要がある。

「では、祓呪を行います」

 そう言うと憲兵さんは僕の目の前で奴隷紋を祓った。


 憲兵所には最低一人以上、信仰系の術師が必要だ。その理由が、これである。他にも、犯罪に呪術系の術師が絡んでいること多い。それに対応するのが、信仰系術師の憲兵である。


「さぁ、これで君は自由の身だよ」

 だが、ままある話なのだ。違法奴隷が、保護目的の購入者から離れないというケースは。その場合、保護目的の購入者と、憲兵、元奴隷本人の三者の合意をもって、保護目的の購入者が里親になることができる。

 この奴隷もそうだった。僕の服を掴んで離さなかった。

「君はもう奴隷じゃありません。冒険者候補生にだってなれますよ」

 僕が言うと、奴隷の少女は小さな声で言った。

「サイス……私の、救い」

 何故だか少女は僕の名前を知っていた。


 そして、少女の言葉に文法と呼べるものはなかった。

 そこから推察できるのは、彼女は幼児期に言葉を学ぶことすらできなかったということだ。

「こうなってしまっては仕方ありませんね。身分証をお願いいたします。」

「わかりました」

 僕は身分証として、冒険者証を提出した。

「さ、サイス様!? 救世のサイス様ですか!?」

 憲兵は僕のことを知っていた。ムーア帝国、皇帝直轄領に近いこの王国はどうやら情報が早いようだ。


「えっと、多分そのサイスです」

 だけど、なんだか気恥ずかしくなる。

「わかりました。月に一度、この子に対する暴力がないか実態を調査させていただきます。その上で、その上でこの子の里親となりますか?」

「はい」

 こうして僕は、テイラー王国で奴隷の里親となったのだった。

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