第21話・思い出の欠片

 僕が王都に来たことには、僕にとってもメリットのある話だった。それは、情報だ。僕は二つの情報を求めている。一つは、僕が強くなる方法。もう一つが、神の子についての情報だ。だから僕は、風変わりな依頼を掲示板で探すのが日課になっていた。

 Sランク冒険者向けの依頼はそうそう発生しない。僕が受けるべき依頼はAランクの比較的高難度のものだろう。


 僕が掲示板を眺めていると、僕の後ろから声が上がる。

「アーロ……アーロよね」

 その声は僕に向けられているようで、僕は思わず振り返った。

「やっぱり、アーロだった……」

「おい、ミア! その子がお前の探していた……?」

「そう、私の子供。アーロよ」

「でも、その子サイスって名前のSランク冒険者と特徴が一致するぞ」

 僕は途端に一人の女の人に抱きしめられ、彼女のパーティメンバーに囲まれてしまう。


「えっ、どなたですか!?」

 僕は驚き声を上げて包容に抵抗した。

 とはいえ、悪意は感じられなかったから、怪我をさせないように注意を払いながらの抵抗だ。

「人違いじゃないか? ミア」

 ミアと呼ばれた人のパーティメンバーの一人、背の高い青年が言った。

 ミアと呼ばれた人は、僕の顔をじっくりと眺めて言った。


「間違いない、私がアーロを間違えるはずがない」

 何故だか、ミアと呼ばれたこの人に僕は懐かしさを感じる。どこか優しくて、大切なそんななにかだ。

「ごめんなさい、僕には一年以上前の記憶がないんです」

 だから、素直に話すことにしてみた。

 一年より前、それは僕にとってもはや未知だ。僕が思い出せる記憶は冒険者候補生としての死ぬより辛い日々と、龍の霹靂がくれた幸せだった数日間だけだ。


「そんな……」

 ミアさんの表情は、暗く沈んでいく。彼女が落ち込む原因を作ったのは、きっと僕だ。

 ミアさんはきっと僕と親しかった人だ。それなのに、僕はミアさんを忘れてしまった。こんな人のことだ、思い出しても彼女との記憶にだけは辛いことなんてないはずだ。

「僕はSランク冒険者サイスです。あなたたちのことも、教えてください」


 まずは背の高い青年だった。

「僕の名はレオ、見ての通り剣士だ」

 レオさんは軽量の片手剣を装備した剣士で、おそらくスピード重視で戦う人だろう。

「俺はディラン、斧使いの戦士だ!」

 次は見事なヒゲの戦士だった。ディランさんは右手に戦斧、左手に盾を持つ重厚な戦士だ。

「ごめんなさい……。私はミア、術師で、あなたの母親です」

 最後にはミアさんが自己紹介をした。先にレオさんとディランさんが自己紹介したのはミアさんが立ち直る時間を稼ぐためだろう。


 ミアさん自己紹介が僕の疑問にストンと解を落とした。懐かしさは、きっと母親だからだろうと。

 それでも、ミアさんをお母さんと呼ぶ気にはなれなかった。僕は、その呼び方すら忘れてしまっていたから。

「僕は、自分の母親ですら忘れてしまうなんて……」

 我ながらバカな話だと思う。


 だけど、ミアさんは忘れた僕のことなんてとっくに許していた。

「悪いのは私。こんなに長いあいだ見つけてあげられなくてごめんなさい」

 優しい声だった、だけど僕にそんな言葉が遠くに思えた。

 僕の記憶は、冒険者候補生だった頃から始まっている。その前なんて、なかったようにしか思えない。

 それがミアさんにはとても残酷なことだと分かっていても、彼女を母と呼ぶ気にはなれなかった。


「ごめんなさい、ミアさん……」

「そう……よね……。ごめんなさい!」

 母とわかってなおも名前で呼ぶ僕を見て、ミアさんはついに泣き出してしまう。

 泣き出して、どこかへ走り去ってしまう。

 僕が彼女を母と呼ぶには思い出が足りない。

 だけど、僕はひとりで生きて行けてしまう。それが、僕がただの子供に戻ることを拒んでしまう。

「ミア!」

 レオさんが、ミアさんを追いかけようとして、それをディランさんが止めた。

「一人にしてやれ」

 ディランさんは感情的な人だ。それだけに、他人の感情に対しても敏い人だった。


「すまねぇな、サイス。あいつはこの一年、ずっとお前を探してたんだ。来る日も来る日もだ。俺は感じたよ、あいつがお前のこと心から愛してるってな。だから、お前の気が向いたらでいい。いつか、もう一度あいつを母ちゃんって呼んでやっちゃくれねぇか?」

 ディランさんは、優しい声で言った。

 だけど、僕は黙っていた。

「気が向いたらでいいからよ」

 そう言ってディランさんはレオさんを連れて、僕の前から姿を消した。

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