第2話

 家に着くまでの間に私は自分で頭の中を整理していた。多分、今日の事は資料のファイルを片付けるのに川辺に頼ったから怒ってるんだよね。歩くんは外出していた訳でもなく、棚の近くにいたのに。

 そうか……。ちゃんと頼れば良かったんだ。

 だけど、次に同じ事があった時、私は歩くんを頼れるだろうか?

 年上だから、先輩だから、……そんな事が私の行動を邪魔する。

 恋人としての時間を過ごす時もそうだ。

 年上らしく、毅然と振る舞わなきゃいけないと思って、歩くんに甘える事が出来ない。


「どうぞ、上がって」


 部屋の中に促し、何となく無言のまま手を洗い冷蔵庫から冷えた麦茶を出した。静かな部屋の中にコップに注ぐコポコポという呑気な音がやけに大きく響く。


「どうぞ」


 コトン、と置いたそれにお互い手を付ける事なく、コップはすぐに汗をかきはじめた。


「ごめんなさい。ヤキモチなんて、みっともないですよね」


 先程よりも冷静になったのか歩くんが謝る。


「ううん、私も歩くんを頼らなくてごめんね」

「もっと頼ってください、甘えてください。じゃないと……」

「じゃないと?」

「不安になります。彩葉は何でもそつなくこなすし、たまに僕はいらないんじゃないかって思ってしまう……」

「そんな事ないよ」


 隣の彼を見上げれば、彼は私を見下ろす。


「私が甘えるのが下手なだけ。だけど本当はね、すごく甘えたかった。いい歳して恥ずかしいと思って出来なかったの」

「いい歳って……、そんな事気にしないでください。そんな事言ったら僕なんかまだまだ全然子どもで、大人げなくて、包容力なんて皆無で、ほんと情けない……」


 肩を落とし項垂れる歩くんを包むように抱き締める。


「そんな事ない。歩くんはしっかりしてて頼りになるよ」

「彩葉……」


 ゆっくり抱き締め返してくれる温かな手を背中に感じて、私は勇気を出す。


「歩くん、キスしよ?」


 私のおねだりの声に歩くんの腕の力が強まる。苦しいくらいに強くなるほど、私の中にある甘えたい気持ちが膨らんでいく。


「歩くん」


 待ちきれないキスを求めるように顔を上げ自分から彼の唇を食みに行く。遠慮がちに少し離れると、追い掛けるように歩くんの唇が私に触れた。


「ふふっ」


 嬉しさに笑みが溢れるとまた強く抱き締められ、首筋を吸われる。


「ちょっとダメだよ、……ん、跡つけないで……」

「ダメです、ちゃんとマーキングしておかないと川辺主任が近付いてくるから」

「そ、んな……」


 そんな事しなくても大丈夫だよ。だって私は歩くんしか目に入ってないもの。

 私が胸の内を開放する前に首筋には赤い独占の花が咲いていた。



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