エピローグ 何年後かの話

第38話 唯一決まっていること

 愛実のお母さんから電話をもらった後、俺はすぐさま会社を飛び出した。


 タクシーを拾って、運転手のおじさんに愛実が入院している病院名を告げる。


「なるほど。つまりは私の腕の見せ所ってことですね」


 運転手のおじさんは車をガンガン飛ばしてくれる。どうしても出産には立ち会いたい。予定より二週間も早くこの日がやってくるなんて思わなかった。愛実のお母さんと、看護師になった莉子がついているとはいっても、やはり心配だ。


「あと五分で着きます」


「ありがとうございます」


 落ち着け俺。


 ふぅと息を吐き出すと、不意にあの日のできごとたちが順繰りによみがえってきた。


 あの時があったからこそ、俺たちは今、こうしていられる。


 ちなみに、愛実の母親とのわだかまりはすっかり解消していた。


 ゆちあが夜空に消えた日の夜、俺たちはすぐに愛実の母親のもとを訪ね、二人で頭を下げた。


 そこで愛実はしっかりと自分の夢を語っていたし、俺は俺で、きっちりとこれまでのことを謝罪し、これからのことについて熱弁した。


 それが愛実の母親に響いたのかどうかは今もわからない。


 だって、愛実の母親の態度が決定的に変わったのは、夢見くんが謝罪しに行った後だから。


 その時の様子を愛実は俺にこう語ってくれた。


「さっき夢見くんが来てね、土下座して、今までのこと全部お母さんに謝罪したの。俺が全部仕組んだんですって。で、それから私と智仁がどれだけ素敵な人間かをお母さんが『もういいわ』って呆れて笑い出すまで、永遠と語ってくれたの」


 俺は本当の夢見賢太郎に出会えた気がして、すごく嬉しくなった。


 そして、夢見くんの謝罪から一週間後。


「私も意地を張っていたのね。娘がそこにいるだけで嬉しかったのに、いつしかその気持ちを忘れてしまった。ごめんなさい。智仁くんにも酷いことを言ったわ」


 愛実の母親は、わざわざ俺の家にまで来て謝罪してくれた。その時のお義母さんの笑顔を俺は一生忘れない。


「着きましたよ!」


 病院のロータリーでタクシーが停車する。


 ああ、ようやく産まれるんだな。


 ずっとずっと、この瞬間を待っていた。


 待ち望んでいた。


「ありがとうございます! おつりはいいですから!」


 俺は財布から取り出していた五千円をポンとおいて、急いでタクシーを飛び出した。


「藤堂さん! こっちです!」


「はい!」


 俺の到着を病院のロビーで待ってくれていた年配の看護師さんの後を追って、愛実の元へ急ぐ。


 ああ、緊張してきた。


 産まれてくる赤ちゃんに、まずなんと声をかけよう。


 頑張ってくれている愛実に、なんと声をかけて励まそう。


 わからない。


 決まっていない。


 だけど、愛実がそばにいてほしいと言っていたのだから、俺は愛実のそばにいなきゃいけない。


 産まれてくる子供の名前だけは、もうすでに決まっているけどね。


「愛実!」


 分娩室に入った俺は、あの時俺たちの手を結んでくれた誰かのことを思い出しながら、愛実の手をぎゅっと握った。





 ~完~


 ゆちあたちの物語にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

 次回作でまたお会いしましょう。


 田中ケケ

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元カノが今更、しかも子連れで俺の元にやってきたんだが、まさか俺の子供なわけないよね? でもお父さんって呼ばれてるんですけど! 田中ケケ @hanabiyama

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