第29話 星辰の眷属

 孤児院の前で人を襲っていた化け物は、巨大なイカが立ち上がったような姿をしておりました。


 イカの頭に当たる部分には目のような器官がたくさんあって、その中の瞳がギョロギョロと動いて悍ましい事この上ないですわ。


 下半分には数多くの触手があって、それをうねうねさせて移動しておりますわ。胴に当たる部分からは節くれだった6本の腕が生えていて、それぞれの手には恐ろしく凶悪な爪がついておりましてよ。


 この化け物のことは、わたくしゲーム「殲滅の吸血姫」で存じておりますわ。ゲーム中では星辰の眷属と呼ばれていて、魔族とは一線を画す存在。妖異とも呼ばれる敵キャラですわ。


 ヨーロッパの中世をイメージしたゲームの世界観において、まるでSFに登場する宇宙人のような姿をした星辰の眷属には、前世のわたくしも違和感を持っていましたのよ。


 言葉を交わすことができる魔族と違って、あらゆる星辰の眷属は一切無言で襲ってきますの。ゲームでは、黙々と襲ってくる彼らがとても恐ろしく感じられましたわ。


 とはいえ、今のわたくしは聖剣ハリアグリムをゲットしておりますの。星辰の眷属など面倒な相手というだけで、まったく怖くありませんわ! 


 孤児院の前を通りがかった人を襲っていた星辰の眷属に、わたくしはそっと背後から近寄っていきました。この怪物の頭にある沢山の目は、背後には全くありませんので、接近するのは超余裕でしたわ。


 そして背後から怪物めがけて聖剣ハリアグリムを一閃。


「ソォォイッですのぉお!」

 

 スパッ!


 星辰の眷属の頭が真っ二つに切り裂かれました。

 

 ジュワワワァ!


 切り裂かれた星辰の眷属の身体が、黒い泡となって崩れ落ちていきましたわ。


 イカ怪人が完全に消滅するのを見届けることなく、わたくしは急いで孤児院の中に飛び込んで行きましたの。


「みなさま! ご無事でして!?」


 建物の中では、孤児院の子供たちと先生方が身を寄せ合って震えておりました。


「「「アレクサーヌ様!」」」


 わたくしに気が付いた子供たちが、一斉にわたくしに駆け寄ってきましたわ。


 わたくしは、子供たちの頭を撫でながら、安心させるように微笑みましたの。


 それにしても先程のような星辰の眷属が跋扈しているのであれば、ここは危険ですわ。


「みなさま! これから一緒に聖樹教会に向いましょう! 教会には化け物が近寄ってこないので安全ですわ!」


 あくまで「ゲームではそうだった」という話でしかありません。ですが、少なくとも教会の人間は魔族や魔物と戦う術を身につけておりますの。ここよりは間違いなく安全ですわ。


「アレクサーヌ様! あの化け物を倒したのはアレクサーヌ様なのですか!?」


 先生方がわたくしに尋ねてきました。


「そうですわ。ですが、ここで皆様を守り切るのは無理ですの。わたくしが先頭に立ちますので、急いで教会に向って欲しいのですわ!」


「わかりました! さぁ、みんな! アレクサーヌ様の後に続いて!」


 わたくしは聖剣ハリアグリムを構えたまま、孤児院のみなさまを先導して、聖樹教会へと歩き始めました。


 聖樹教会につくまでの30分間。わたくし、生まれてこの方、ここまで緊張したことはないと断言できるくらい緊張しましたわ。


 というのも、あのイカのような星辰の眷属は、危機になると仲間を呼ぶために鳴き声を出しますの。


 やっかいなことに、その鳴き声で引き寄せられるのはイカだけではなく、他の星辰の眷属も引き寄せられるのですわ。


 もし、そのような事態になってしまったら、とても孤児院のみなさまを守り切る自信がありませんの。


 ですが幸いなことに、聖樹教会に到着するまで、星辰の眷属に遭遇することはありませんでしたわ。


 孤児院の皆様と一緒に聖樹教会に到着したとき、わたくしたちを出迎えてくれたのはレイアとチャールズでした。


「お二人とも! ご無事でしたのね!」


 わたくしの声を聞いたレイアが駆け寄ってきて、わたくしの手を取りましたの。


「アレクサ! どうしてここに居るのです? あなたはサンチレイナ領に帰ったと聞いてました。それに後ろの人たちは……」


 挨拶も交わさぬうちに、彼女は色々と質問してきましたわ。


「レイア! 質問は後にして、とりあえず皆を中へ!」


 そう言ってチャールズが、孤児院のみなさまを教会の中へと誘導し始めました。


 わたくしはと言えば、取りも直さず世界樹の苗木ミスティリナの元へと赴き、跪いて祈りを捧げましたの。


「聖なる哉、聖なる哉、母なる大樹よ。救いの枝を以て我らを罪から救い給い、永久とこしえの祝福を授け給え」


 これで次に死んでしまったときは、ここから復活することができますわね。


 ふと気が付くと、レイアがわたくしの祈る様子を見ておりましたの。


「他の何をさておいても、先ずは聖樹への祈りに向かうその姿勢。アレクサ、貴方にはいつも関心させられます」


「長年の習慣で身に付いてしまっただけのことですわ。それよりも、今の王都はどうなっておりますの? 化け物が街中で人を襲っておりましたわよ」


 レイアが首を左右に振りました。


「わかりません。三日前に、王都をあの黒い雲が覆い、瘴気が街に溢れるようになりました。化け物が出現するようになったのは恐らく今日からだと思います」


 三日前と言えば、ローラがリリアナとフレデリックの首を落として、わたくしが討伐軍を突っ切った日ですわ。


 会話の途中で、孤児院の皆様を教会内に案内し終えたチャールズが戻ってまいりました。


「アレクサも見たかもしれないが、瘴気は王城から溢れ出て来ているんだ。王宮で何かが起こっている。だが、瘴気が酷くて誰も近づくことができないんだよ。城の中にいる王や侍従たちは、今頃どうなっていることか……」


 王城から瘴気が溢れ出てますの?


 そんなのゲームの中でもなかった事態ですわ。


 このときわたくしは、もはや前世のゲーム知識が役に立たない状況に立たされているということ思い知らされましたの。

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