第21話 ご令嬢の嗜み

 今、わたくしたちが立っているのは、サンチレイナ領の境界にある丘の上。


 これまで何度も死に戻ってきた経験から、間もなくここにフレデリックとリリアナがやってくることがわかっておりますわ。


 上手に誘導して殲滅姫ローラとぶつけられれば良いのですけど、これまで成功した試しはありません。それに今となっては殲滅姫ローラは、シュモネーの連れであり、我が家の客人となるわけですから、まぁ、ここは素直に出立するといたしましょう。


「シュモネー様、ローラ様、間もなくここに王国兵が大挙して押し寄せてきますわ。ここは早々に我が家へ向かうといたしましょう」


「それでよいのですか? 王国軍はあなたを追っているのでは?」


 シュモネーが小首を可愛く傾げて、そう尋ねてきました。


「構いませんわ。彼らが欲しているのはあくまで聖剣ハリアグリム。もし手に入れたいというのであれば、正式な手続きを経て我が侯爵家に申し入れれば良いこと」


「私なら力ずくで奪う。もしお姉さまのお役に立つなのなら、お前に力を貸してもいい」

 

 殲滅姫ローラが、その名にふさわしい物騒なご意見をくださいました。


「いいですかローラ様!」


 わたくしは殲滅姫ローラの顔の前に指を向けて左右に振りながら、令嬢としての嗜みを教えることにしましたの。


 本来であれば、殲滅姫に指を向けた瞬間【魔血の刃】で腕ごと落されてもおかしくありません。しかし、わたくしにはシュモネーというチートなNPCが味方についていますの。そのシュモネーを激しく慕う殲滅姫が、安易にわたくしに手を出すことはないはずですわ。


「ん!?」


 眉間の前に突き付けられたわたくしの指を見て、ローラの瞳が寄り目になりました。こうしてお間抜けな顔を見る限りは、お人形のように可愛らしい少女にしか見えませんわね。


「いいですか、ローラ様! 貴族令嬢たるもの、暴力は最後の手段ですわ! よろしいですか、貴方に最初にお教えする令嬢の心得は『物理は最後の手段』ですわ!」 

 そう言って、わたくしが指をくるくると廻すと、ローラの瞳が指先を追うようにくるくると回りました。


「ぶ、物理はさ、最後?」


 頭をくらくらさせながら、ローラがわたくしの言葉を復唱します。


「そうですわ! 令嬢たるものトラブルはなるべく華麗にスマートに解決するのが大事でしてよ。血や埃を巻き散らすのは最低の手段ですわ。そういうことが避けられない場合は、まず殿方にお任せするものでしてよ」


 シュモネーがジッとわたくしを見ているのに気が付きました。まさか「お前が言ううな」とか思ってたりしませんわよね。


「ローラさん、良かったですね! 早速、ご令嬢の嗜みを教えて貰えるなんて、とっても素晴らしいことですよ!」


 シュモネー、マジですの!?


 シュモネーから笑顔を向けられたローラは、顔をほんのりと紅く染めながら、元気一杯にわたくしの教えを繰り返しました。


「物理は最後の手段!」


「ローラさん、素敵です! なんだかご令嬢に一歩近づいたように見えますよ!」


「物理は最後の手段!」


「素敵です!」


「……」※わたくし(ジト目)


「ん!?」


 突然、ローラがわたくしに真剣な眼差しを向けてきました。


「アレクサ、遠くからこちらに何か向ってきてる……」

 

「それって大勢ですの?」


「うん。沢山の馬の足音が聞こえる。砂煙も見えるって眷属たちが言ってる」


 そう言えば、この周辺には殲滅姫の眷属が潜んでいるのでしたわ。


「きっとフレデリックたちですわ! さぁ、追いつかれる前にさっさと出発しましょう」


 そう言って準備を進めるわたくしの袖をローラが掴みました。


「ねぇ。あなたの領地に私の眷属を連れていっても良い?」


「で、出来ればご遠慮いただけきたいですわ」


 わたくしの返答を聞いたローラの目がスッと細められる。


 こ、怖いですの。


「え、えぇっと、その、魔族の皆さんのおもてなしについてはわたくしも家の者たちも、全く存じませんの。し、失礼があってはサンチレイナ家の沽券に関わりますわ。なので、まずはローラさんから! 貴方の令嬢教育をしている間に、色々と魔族について教えていただきたいと思いますのよ! わたくしは貴方の令嬢の先生! そして貴方はわたくしの魔族の先生ということですわ!」


 殲滅姫の真っ赤な瞳がキラリと光るのを見たわたくしは、沈着冷静大慌てで言い訳を考えて、超早口でまくし立てました。


「そう……そうね。アレクサの言う通りだわ」


 わたくしの袖からローラの手がそっと離れました。その瞳からは妖しい光が消え、普通の少女のような表情に戻りました。


 わたくしグッジョブですわ!


「よかったですね! ローラさん! 令嬢について学べるだけでなく、人間の方々に魔族のことを知ってもらう良い機会ができましたよ!」


 シュモネーがフォローを入れてくれたようですが、正直なところ、わたくしとしては魔族のことなんて攻略法以外は学びたくないですわ。


「ねぇ、アレクサ……」


「はい!? なんでしょうローラ様!?」


 ローラが再び目を妖しく輝かせて、わたくしに語り掛けてきました。


「眷属たちは私の城に帰すことにするわ。でも、その前に少しアイツらと遊ばせてあげても良い?」


 そう言ってローラは、フレデリックたちが近づいてきている方角を指差しました。


「もちろんですわ!」


 願ったり叶ったりですの! 


 殲滅姫ローラの眷属さんたちがフレデリックとリリアナと一緒に遊んでいる間に、わたくしたちはさっさとトンズラしますわよ!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る