第10話 ハリアグリムの聖剣

 ハリアグリムは聖樹教会や他の宗派のみならず、世界樹の原神話から生まれた多くの宗教において聖人として敬われている方ですわ。


 神話時代と古代の狭間に生きた人であり、その人生のすべてを人々への善行に費やしたといわれています。個々の善行についても多くの逸話が残されていますわね。


 伝説では、ハリアグリムの死後、人々の幸せを守りたいという彼の切なる願いを聞き入れた聖樹がその魂を聖剣に変えたとされています。この伝説が真実であったかどうかはわかりませんが、前王国歴1300年、全盛時のハリアグリム教団が聖剣を聖樹より授かったと主張しましたの。


 その聖剣が本物だったのか実のところ不明なのですが、ハリアグリム教団は聖剣の力によって襲来してきた魔王を撃退し、ゴンドワルナ大陸を跋扈していた巨大な魔物を一掃したと歴史には記されておりますわ。


 もちろんこの大陸には未だ魔物はたくさんいますけれど、例えば現在では伝説上でしか存在しないギガントトロルのような、巨大で強力な魔物は聖剣によって討ち滅ぼされたと言われてますの。


 その後、聖剣はハリアグリム教団の消滅と共に行方がわからなくなってしまいましたわ。


「というわけで、これから神話武器『聖剣ハリアグリム』を手に入れにいきますわ!」


「えぇ!? また突然ですね」


「もちろんレイアも一緒に行ってくれますわよね? それにチャールズも。今回はとにかく手数が欲しいのですわ」


「ま、まぁ、行くことにはなると思いますが」


 レイアは赤らめた顔を見られないようにと伏せました。案の定、チャールズを同行させることでレイアのやる気も出てきたようですわ。


「それでは明後日に出発ですわ。教会への交渉はレイアにお任せいたしますわね」


「べつに構わないけど、アレクサはその間どうするの?」


「いろいろと準備があるのですわ」


 それから出発までの間、わたくしは階段を辛そうに上っていたおばあさんを背負って上まで昇り、馬車からゴミを投げ捨てた貴族にゴミを拾って戻し、街角で火打石を打っていた少女から売り物全部を大人買い、孤児院で子供たちに絵本を朗読し、戦傷者協会でお年寄りのご機嫌を伺い、路上賭博で親元の金を全部巻き上げて、これからは真っ当な仕事に就くように丁寧にアドバイスし、人買いに連れ去られそうになっていた少年少女たちを救出したりしていたのでした。


≪善行+2≫

≪善行+1≫

≪善行+5≫

≪善行+3≫

≪善行連続ボーナスが発生しました。善行×1.2≫

≪善行+1≫

……


「くふふ。善行値が面白いようにたまっていきますわ」


――――――

―――


 そして出発当日。わたしが厩舎に赴くとレイアとチャールズが馬車に荷物を積み込み終えたところでしたわ。


「なにかいろいろと善行を施していたようですが、貴方はいつもそうなのですか?」


「さすがアレクサだね。そういえば戦傷者協会のお爺さんたちから、またアレクサーヌの王国歌を聞かせて欲しいって伝言を頼まれたよ」


「うふふ。承りましてよ」


「そろそろ出発するとしましょう。それで? 目的地を教えてくださいませんでしたが、どちらに向かうのですか?」

 

 そう言いながらレイアが御者台に座って、馬の手綱を取りました。


「王家の谷ですわ」


「なに!? ま、まさかとは思いますが国王の許可を取ったりは……」


「してませんわ。だって知られるわけには参りませんもの」


 二人の顔が若干引き気味になりましたが問題ありませんわ。


「聖剣さえ手に入れてしまえば誰も何も言えなくなりますわよ。でもお二人には王家の谷へ行く前に立ち寄っていただきたいところがございますの」


 ハリアグリムの聖剣は王家の谷にある地下墳墓の最下層に眠っておりますわ。賢者王として名高いヒエロニムスが、死後も永遠に王国の繁栄を見守ろうと、自分の墓所に聖剣を納めたのだとされていますの。


 世界の人々の安寧を願ったハリアグリムの魂を、自らの王国のためだけに利用しようだなんて、この王国は昔からダメダメだったのかもしれませんわね。


 まぁ、わたくしも聖剣を入手して色々片付いた暁には、サンチレイナ家の繁栄のために寝室に飾っておこうとは思っているのですけれど。


「立ち寄るって、どこに向かえばいいんですか?」


 レイアが急かすように聞いてきますわ。あなたはもう想い人をゲットできたのですから、焦らなくても行き遅れたりしませんのに。何をそんなに急いているのかしら。


「カドミニウス山脈の麓にある隠れ里オークランドですわ」


「隠れ里って、道はわかるのかい? そこに一体どんな用が?」 


 レイアの隣に腰かけたチャールズが、わたくしの方を振り返って尋ねます。というかわたくしの答えなんてどうでもいいのがバレバレですわ。というのもすぐにチャールズの目線はレイアに向けられ、レイアといえば乙女の目でチャールズを見ているのですから。


 頬を赤らめるなチクショーですわ。二人の視線でどのような暗号通信が交わされているのか解読して、戦傷者協会で朗読してやりたいところですの。


「もちろん道はしっかりと覚えておりますわ。何をしに行くかというと……」


 わたくしが言葉を溜めたので二人の視線がこちらに向きました。


「正義の味方をしに行くのですわ」


「「?」」


 二人の目が点になりました。

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