#.5 教師として

 初めに入った時は思わず入る教室を間違えたかと疑った。僕が教室に足を踏み入れた時、生徒たちの視線が揃ってこちらに向いた。

 そう、20人全員の視線が。


 昨日は5人しか話を聞きそうになかったのに、今日は20人だ。

 僕の授業の評判がよかったのだろうか?

 ……ただ授業を受けるにしては空気が変だけど。


「おはよう、みんな今日はやる気だね」


 僕としては素直に僕の話を聞いてくれるこの状況は歓迎したいけどさ。

 まぁ、気にしても仕方かな。


「じゃあ、早速授業始めようか。今日のテーマは属性毎の性質と――」

「ん、どうした?」


 1人の男子生徒が手を挙げている。

 そちらを振り向くと、その男子生徒の青い瞳と目が合った。

 どうやら、ただのトイレに行きたいというわけでもなさそうだな。


「えっと、君の名前は――」

「ロディ=ルーニー」


 名簿の名前は全て把握してる。

 君がロディ=ルーニーね、覚えたよ。

 視線は僕から彼に移っていないのを鑑みると、妙な空気の原因は彼らの中では最初から共有されていたことなのだろう。


「今から授業したいんだけど……あっ、もしかして僕の自己紹介必要? 昨日寝てたよね?」

「いらねぇ」


 嫌な空気だな、本当に。

 ロディからはひりつくような冒険者時代に感じていた気迫に似た鋭い空気を肌で感じる。

 それに当てはめると、これは殺気だね。


「先生、アンタの力を見せてみろ」

「どういうこと?」


 何もしていないタイミングで、生徒による反抗が起きってマジですか?

 正直、それについては想定していなかった。

 僕の予想では僕が作ったクラスの空気に乗り切れなかった奴が何かしらの反抗をしてくる可能性はあると考えてたけど。


短絡展開コーディング【ブレイズ】」

「――っ!?」


 ロディの放った炎は小さく、しかし展開は早い。

 発生した炎が僕に向かって放たれた。

 回避はできない。

 僕は魔力を纏った手でその炎を振り払った。


「本気?」


 返事はない、だけど周囲の反応からわかることはある。

 こうなるとわかっていなかったであろう生徒の何人から動揺があった。

 全体から見てそれはごく一部、気休めみたいなものだけど。


「本気、みたいだな」


 今の一撃、僕が考えなしに回避していたら木で出来た校舎なんて下手したら燃える。

 最悪、消すのが遅れたら全焼だって有り得た。

 動揺していた人間の多くは授業を聞いていた人間というところに悪意を感じる。


 そういう事か……通りで今日はちゃんと僕を見るわけだ。

 そうだよな、君たちは知っていたんだ。

 これから面白いことが起きるぞ、って。

 なら、気になって寝てる暇なんて無いよな。


「どうした? 戦うのか、戦わないのか」


 ロディの目はどろりと澱んで見通せない。

 前へと進む熱のない僕が好きになれない目だ。


「君は僕と戦って何を成したい?」

「どうした、説教か?」

「いや、そうじゃないよ」


『貴方は魔術を使ってどんなことがしたいのですか?』


 難しいな、僕の言葉は先生みたいに響いてくれないらしい。


 少年時代にマクレーン先生に見つかってお説教された時、僕はマクレーン先生に何とか魔術を教えて貰いたくて懇願したことがある。

 それと今の状況はよく似ている。


 その時、僕がマクレーン先生の問いに対して答えた時の熱は僕の中にはもうない。先生が僕に尋ねた時、先生の中にはその熱はまだあったのだろうか?


 まぁ、それは今は関係のない話だ。

 ここに立っているのは偉大なマクレーン先生ではない、僕だ。


「そうだな、君は何を思って魔術を使っている?」


 君は何を思ってそこに立っている? どうして、魔術学院にいるのか、どうして魔術を習いたいのか。

『魔術とは用いるものの意志と意味に委ねられることを忘れることなかれ』

 マクレーン先生の有名な言葉だ。


「そんなこと考えるもんじゃないだろ」

「そうかな? 僕はそうは思わない」


 魔術なんてものはあくまで目的を成すための手段の1つに過ぎない。

 どういえば良いんだろうか……あぁ、教師って理想像ってものがさ、どうしても対話とかそういう方向になっちゃうんだよ。


「魔術っていうのは、道具だ」


 僕の理想だから、出来たら良かったけど上手くはいかないらしい。


「よし、決めた」


 僕が教えたことがあるのなんて聞き分けのいい妹みたいな子と素直な後輩だけだからね、経験不足というやつだ。


「力をもって在り方を示そう。君みたいな子には多分その方がいいんだろうな」


 言葉は後で幾らでも重ねよう。

 僕に出来ることなんて詰まればそういうことになる。


「でも、どうする? まさか、ここでやるわけないよね、さすがにそれは僕も責任取れないけど?」

「それならいい場所があるよ」


 茶髪に天パの男子生徒が飄々とした口振りで僕とロディの話の間に割って入った。


「君は?」

「僕の名前はティム=ソーンさ、よろしくアルフォンス先生」


 ソーン、ソーン……あぁ、あのの息子か。


「僕が第2競技場使わせて貰えるように申請しておいたよ」

「準備いいね……しかも、授業中によく取れたね?」


 僕が来てから昨日の今日だ。授業中に生徒個人に競技場の貸し出し? 幾ら、校長の息子だからって好き勝手やってくれるよ。









「結構広いな、第2競技場って」


 オーソドックスな円形の闘技場に広さとしては十分。観客席に座る他の生徒を巻き込むようなことはなさそうだ。


 それに攻撃用魔術の仕込みはなさそう、かな。


「合図はティムが声を上げたら開始だ」

「いいよ」


 剣は……使わなくてもいいか、下手に近距離を仕掛けても傷付けるだけって考えたらやらない方が丁度いい。

 僕の勝利条件は

 傷付けない、殺さない、力を見せつけて

 余裕を持って、勝利する

 中々にハード。

 その上、使える魔法は縛り付き。


 でも、それが出来なきゃここではやっていけないかな、もしこれで根を上げるようなら……自主退職かな。


『始め!』


短絡展開コーディング【アークブレイズ】ッ!」


 円形の炎が僕の周囲を包むようにして逃げ場を覆う。短絡展開が魔法陣の発生がないことを利用した奇襲。


短絡展開コーディング《スパークルレイン》!」


 そうして、短絡展開を用いた息をつかせぬ連続攻撃。ボールほどの火の玉が雨のようにして上空から降り注ぐ。

 逃げ場少ない僕に対し上空という唯一の逃げ道が塞がれると僕の取れる選択肢はかなり絞られた。


短絡展開コーディング【スノーベール】」


 その結果、僕は雪のように薄い氷の膜のようなものを張ることによってその炎の玉を防ぐ。


「今だっ! 短絡展開コーディング【アブレーションブラスト】!」


 読んでいたのか、近付いてきたロディは酷く大きな熱線を放つことで僕の防御を突き破りそれと同時に自分が突っ込むことで奇襲を仕掛けてきた。

 体勢を立て直せない程の怒涛の攻撃には違いない。突っ込んできたロディの手にはどこから取り出したのか、短剣が握られている。


「――ぐぅ」


 だけど、僕と彼では年季が違う。

 その一撃を僕は腕で軽く払い。

 返す掌で軽く顔を打ち付けた。

 頭を叩かれて、後ろに体勢を崩してすっ転んだロディはそのまま倒れると腕を支えにして薙ぐようにして、蹴りを放つ。

 それを僕は後ろに引いて軽く躱した。


「ぐ…っ!」


 そのまま踏み込んで、手を踏みつけるとロディから苦悶の声が上がるが、そんなことはどうでもいい。

 危ないから短剣を落とさせると適当にリングの端の方まで蹴飛ばした。


「あぁ、言ってなかったかもしれないけど、僕は体術もある程度出来るんだ」


 剣術を習う時に格闘戦を想定されて仕込まれたんでね。

 そんな余裕ぶった態度でいるが、すっ転んだロディの姿を見下ろしていても中々に学生の枠を逸脱した強さをもつ生徒を見て末恐ろしいな、という感想を抱く。


 まだ、魔法陣形成学基礎を習うような段階の1年生が短絡展開を応用した乱打戦?

 年齢詐称してないか、実は留年したりしてる可能性だってあるかもしれない。

 少なくとも、僕中での比較対象が昔見た魔術学院の学生しかいない。

 だけど、彼らと比べても頭一つ抜けている強さだ。


魔法陣ライブラリー――――展開オープン【アイシクルキャスケット】」


 ま、それは後で聞くとしようか。

 氷で出来た四角の棺が彼を閉じ込めると、僕は観客席の方に振り向いて審判に声をかける。


「ねえ、これで僕の勝ちでいいよね?」

「それはどうでしょうか、先生?」

「えっ、いや終わったよ」


 現に完全に閉じ込めたし、彼があの完全封鎖された空間で魔術を使えるわけが無い。

 氷棺の中にある魔素は全て僕が掌握している。


 それを超える干渉が出来ない限り壊せるわけが――。


「――ガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!」

「――マジ、でっ!?」


 思いっきり振りかぶられた拳の力を受け流しきれずにリングの反対側まで弾き飛ばされた。

 氷棺を見るに、あれは完全に力技だ。


「ティムだっけ? 君、何か知ってるな?」

「戦い中に余所見をするのは危険じゃないですかね、先生」


 思わず舌打ちしたくなるのが、そんなことしている暇もなくロディに向き直ると、彼からは黒いオーラのようなものが見える。


短絡展開コーディング【アイシクルウォール】」


 黒いオーラが彼を強化しているのか、さっきよりも段違いで速い踏み込みをかわすために足場兼ロディと僕の間の壁を隔てる氷の壁を足元に作り出した。


 まるで獣のように叫ぶロディの姿は僕の知る闇魔術の気配にそっくりだ。


「まだ終わりませんよ、第2ラウンドですアルフォンス先生」

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